第46話 朱雀の暴走
眼下には砂漠地帯が広がっている。
南の国サウザンアレスはオアシスに王都を構える、砂漠の国だ。どこまでも続く亜麻色の大地には、熱く乾いた風が吹き抜けている。
「わぁ、砂漠の国だね! おに……クラ、クラウス」
慣れないせいで、僕の名前はゴニョゴニョと小声になっていた。
聖獣たちは気を遣ってくれたのか、ずっとおとなしくしている。あとで何かご褒美をあげなければ。
「うん、僕も初めて見た。サウザンアレスはカスティル家のルキさんが守人だって言ってたな」
「赤い髪と瞳だからすぐわかるとも言ってたね?」
「そうだな……でも先に朱雀を正気に戻さないとマズいだろうな」
「お……クラウスは、朱雀の場所わかるの?」
だんだん僕の名前呼びに慣れてきたみたいだ。いい傾向だ。
魔力感知をしてみると、ウロボロスの魔力をまとった魔物のような気配を空に感じた。多分これで間違いないだろう。
もうひとつ、強い魔力を感じる。もしかしたら守人のルキさんかもしれない。そのルキさんと思われる魔力が、急激に弱くなっていく。
なにかがあった。瞬間的にそう思った。
「青龍! 朱雀のところまで飛ばしてくれ! カリン、しっかり角に掴まれ!! 振り落とされるから!」
「わ、わかった!!」
弱くなっていく魔力を感知しながら、僕たちに青魔法をかけた。
本気で空を飛ぶ青龍の背中で、僕はジッと前方を見据えている。
見えてきたのは空に浮かぶ、黒い塊だ。魔力の気配からして朱雀に間違いない。
でも戻ってきた記憶の中の朱雀は、紅蓮の炎のような真っ赤な羽で羽ばたいていた。いま目の前に浮かんでいるのは、黒い羽をまとい黒炎を吐き出していて、まるで様子が違う。
もうひとつの魔力の気配を追うと、赤髪の青年が結界を張って朱雀の攻撃を一身に受けていた。多分あれがルキさんだ。大きなダメージを受けたのか、右半身は黒焦げになっていて息も荒い。
「青龍、最初にあの青年を助ける。玄武と白虎は朱雀の気を引いてほしい」
《うん! わかった!》
《主人殿、承知した》
《おう、任せとけ!》
玄武と白虎は青龍の背中から下すと、瞬間的にもとの大きさに戻る。玄武は凍てつく息吹を吐いて朱雀の黒炎を遮った。白虎は天空から雷魔法を放って、赤髪の青年から朱雀を引き離す。
疾風の速さで朱雀の眼前を通り抜けて、真紅の槍を持つボロボロの赤髪の青年を拾い上げた。
「メガヒール! ルキさん! 朱雀の守人のルキさんですね!?」
思ったよりも重症で、すぐさま大回復の治癒魔法をかけた。黒焦げになった火傷の跡は、残らず綺麗に回復していく。その効果に治癒魔法をかけられた本人が一番驚いていた。
「えっ……たった一回の治癒魔法で全快……したのか? あ、いや、ありがとう。助かった」
「僕はクラウス・フィンレイです。遅くなってすみません」
「クラウス様! やっとお会いできました! ルキ・カスティルにございます。申し訳ありません、守人の役目を果たせず……」
守人の役目なら、ちゃんと果たしていた。なぜ、たったひとりで暴れる朱雀に立ち向かっていたのか。さらにその先にある街影をみて理解した。
身を呈して朱雀の標的になり、ほかに被害がいかないようにしていたんだ。あんなにボロボロになりながら。
「いえ、ルキさんは自ら標的となってちゃんと役目を果たしてくれました。大変な目にあわせたのは僕です。カリンの解呪を優先したからです。本当に申し訳ないです。そしてたったひとりで耐えてくださってありがとうございます」
僕は頭を下げた。それしかできない自分が情けない。
それなのにルキさんは燃えるような赤い瞳をわずかに見開いて、ニカッと笑いかけてくれた。
「クラウス様……ははっ、こんな一瞬でそこまで理解されましたか。心からお仕えできる方でよかった。ルキ・カスティルはクラウス様の手足となって働きましょう。如何様にもお使いください」
「では、敬語と様付けはやめてください。それから朱雀を正気に戻すので、カリンと一緒にフォローしてほしいです」
「ふっ、本当にウルセルの言った通りだな。ああ、わかったよ。ただ、名前だけは私の敬意を表したいから勘弁してくれ」
どうやら事前にウルセルさんが話してくれたみたいだ。話が早くて助かる。まあ、名前くらいなら、シューヤさんもいつのまにか元に戻ってたしいいかと思った。認めたくないけど、だいぶ慣れてきたし。
「……わかりました」
「でもこんなに暴れてる朱雀を、どうやって正気に戻すの?」
カリンがこんな風に全面的に聞いてくるのは珍しいけど、それだけ特殊な状況だ。空を飛ぶ朱雀が暴れていて、触れることすら叶わない。近寄ろうにも、黒炎を吐きまくっているので危険すぎる。
「うーん、遠隔で魔法陣を出す。その間は無防備になるから、朱雀の攻撃を防いでほしい」
さすがにあの黒炎を食らったら動けなくなる。ルキさんですら結界を張るのがやっとだった。
朱雀の宝珠を見ると、全部真っ黒に染まっている。青龍よりもウロボロスの魔力が浸透しているみたいだ。
「じゃぁ、お願いします」
そう言って砂漠の大地に足をつけた。
カリンとルキさんは僕の前に出て、朱雀からの攻撃に備える。白虎の雷魔法が朱雀に直撃して、地面スレスレまで落ちてきた。
朱雀に右手を向けて、宝珠の上に魔法陣を構築していく。
玄武が落ちてきた朱雀を氷の檻に閉じ込めた。それでも暴れ狂う朱雀は黒炎を吐き出して抵抗している。
僕に向けられて吐き出された黒炎は、カリンとルキさんによってかき消された。
黒く染まった宝珠の上に、金色の魔法陣を構築させて準備は整った。
ようやく青魔法が使える。集中して一気に魔力の流れを掴んだ。
「スキャン完了、
金色の魔法陣が輝き、朱雀の躯体が淡く青い光に包まれる。
魔法陣の周りから、黒い粒子が空に溶けるように消えていった。
「すごい……! これがクラウス様の魔法か! なにをやってもダメだったのに……」
ルキさんが、半ば呆然としながら感嘆していた。それにカリンがドヤ顔で便乗する。
「そうなんです! ちなみにあれは青魔法と言って、独学で研究を重ねたものなんです!」
「……みんながフォローしてくれたから、この魔法が使えたんです。僕ひとりじゃこんなにスムーズにできてません」
独学なのは間違いないけど、そんなに誉め殺しにしないで。頼むから。
ソワソワしながら、朱雀の様子を注意深く見ていた。すでに体のほとんどはもとの紅蓮の炎のような鮮烈な赤色に戻っている。
残るは宝珠だ。ここが一番難しい。
遠隔よりも直接触れた方が、効果も高いし魔力を操作しやすいので朱雀の目の前に立った。しまったな、宝珠の上じゃなくて背中とかにしておけばよかった。だけどここが一番効率がよかったんだからしかたない。
「朱雀が正気に戻ったら僕は気絶するかもしれません。その時は適当にどこかで寝かせておいてください」
「えっ、ああ、わかった」
ルキさんは困惑しつつも頷いてくれる。カリンは不安気に僕を見つめていた。
「大丈夫だ、心配ないよ」
カリンに安心させるように優しく微笑んで、朱雀の宝珠の上で光を放つ魔法陣に手を乗せる。魔力を直接流し込んで、ウロボロスの魔力をからめ取っていった。
もう少しで終わるかと思った。
宝珠の八割くらいが鮮やかな真紅の輝きを取り戻していた。
でもセントフォリアの上空にあった黒い霧が、周辺の国々をも覆い隠そうと広がってきた。それに呼応するように、宝珠に残っていたウロボロスの魔力は暴走して、黒い霧があふれ出てくる。
「これっ、ヤバいな……!」
黒い霧は取り囲むようにまとわりついて、僕を暗黒の世界に取り込む。視界を遮られてカリンたちがどうなっているのか、まったくわからない。
「クラウス!!」
————遠くでカリンの呼ぶ声が聞こえた。
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