第37話 すべては計画通りに


 青い躯体はまるで波打つ海原のように美しのに、身体中に風を纏い鋭い爪は空気さえも引き裂こうとしている。

さらに額にはめ込まれている青い宝珠が、異様な魔力を放っていた。


「宝珠が……黒くなりかけてる?」

《主人殿、青龍はウロボロスの魔力にかなり汚染されている》

《あれはヤバいぞ。あそこまで穢れて正気に戻れんのか?》


 玄武と白虎の話でなんとなく理解した。今までみたいに簡単ではないらしい。


「セレナとサクラは青龍の気をそらしてくれ。僕はなんとか青龍の背中に乗ってみる。試したい魔法があるんだ」

「わかった、補助と回復は任せて。これでも聖女なんだから」

「では、私は囮役だ。ふふふ、思う存分暴れてやるぞ」


 青龍の雄叫びが水面を震わせた。僕たちを敵と認識したのか明らかな敵意をもって向かってくる。


「玄武、白虎、頼む!」


 玄武を胸ポケットから出して、白虎は僕の方からヒラリと飛びおりた。次の瞬間にはふたりとももとの大きさになって、青龍の攻撃に備える。


聖白の結界ホワイトバリア!!」


 セレナが結界を張ったと同時に、青龍から放たれた風魔法の刃が僕たちに降り注いだ。

 その一撃でセレナの結界にヒビが入っていく。セレナの額に浮かぶ汗が流れ落ちた。


「私の結界に一撃でここまでダメージを与えるなんて……!」

「次がくる! ここから出るから後は頼む!」


 スルリと結界を抜け出して、サクラさんが風を切り裂くように大剣を振った。


「地に堕ちろ、絶空ぜっくう!!」


 サクラさんの身長と変わらないくらいの大剣を軽々と振りまわし、魔力が載った斬撃は青龍の攻撃をけちらした。普通なら機動力が落ちるものなのに、小柄な体は羽でも生えているかのようにヒラヒラと舞っている。さすが青龍の守人だ。


「玄武は青龍の攻撃を相殺しつつポジションを取ってくれ。白虎は僕を乗せて機会を伺う。いくぞ!」


 青龍は風属性の魔法を使い、常に空を飛んでいる。

 僕の青魔法は触れないと発動しない。そのために接触できる高さまで引きずり下ろす必要があった。


 サクラさんと玄武の攻撃で風魔法を防いで、白虎が青龍の頭上からから雷魔法を放つ。青龍はジワジワと高度を下げながらも、風の刃であたりを切り刻んだ。


『ギャアアアァァァアアッ!!』


 白虎が放った雷魔法の直撃を受けた青龍が、ガクンと高度を落とした。


「白虎!!」


 僕を乗せた白虎は雷光の速さで駆け抜ける。玄武の甲羅も駆け上がり、そのまま空へと高く高く飛び上がった。

 青龍の頭上で飛び降りてその勢いのまま、目の前にあった白銀の立髪にしがみついた。


「やった! 捕まえた!!  意識断絶ブラックアウト!!」


 両手の魔法陣からありったけの魔力を注ぎこむ。白虎を一撃で沈めた倍の魔力を叩き込むと、ようやく風魔法がやんだ。それと同時に浮力を失った巨体は真っ逆さまに滝壺へ落ちていく。


「ゔっわあああ——!!」


 振り落とされないようにしがみつきつつ、なんとか使い切った魔力を回復させた。


強制魔力解放フォストマジック!」

「ハイヒール!」


 今度は青龍の魔力の流れを回復させるために青魔法を使う。


強制魔力解放フォストマジック! 起きろ! 青龍!!」


 ふわりと優しい風が頬を撫でた。

 急降下はとまり、青龍の周りを優しい風が包んでいる。


 正気に戻ったかと思い、落ちにくそうな場所まで移動することにした。頭から二本の角が生えていて、それに掴まれば安定しそうだ。角に手をかけて様子を伺うもピクリとも動かない。


「青龍……?」


 硬く閉じられた瞳がカッと開いた。

 深紅の瞳。それは魔物と同じ瞳の色だ。


 ——まだ正気に戻っていない!? そんな、二倍の魔力を流したのに!!


『ギャアアァァオオオッ!!』


 青龍の苦しそうな雄叫びが響き渡る。

 なんとなくだけど、青龍が苦しんでいるのがわかった。

 どうしたら元に戻るのか、必死に考える。


 可能性があるのは、カリンの呪いを解くために三日前に開発したばかりの青魔法だ。実際に使ってないから一か八かの賭けになるけど、やってみるしかない。

 僕は青龍の魔力の流れを感じ取った。細かく丁寧に、その癖を読み取っていく。


『グギャアアァァオオオッ!!』


 苦痛に耐えかねた青龍が、突然暴走しはじめた。

 ものすごいスピードで空を駆け巡っている。暴れくねりながら進んでいるのは王都の方角だ。遠くに街影が見えた。

 振り落とされそうになりながら、角を通して魔力のよどみを調べ尽くす。


「スキャン完了!  強制魔力復旧リターンマジック!!」


 対象の魔力の癖を読み取りよどんだ流れを探しだして、僕の魔力で強制的に流れを変える青魔法だ。

 淡い青い光が青龍と僕を包み込んで、キラキラと光っている。頭から順番にゆっくりとよどみをからめとって、僕の魔力を使って霧散させていく。尾の先まで僕の魔力がいきわたり、やっと青龍は暴走をとめた。


 下を見ればいつの間にか王都まで戻ってきていた。街の上空でドデカイ龍が暴れていたからか、下はものすごい騒ぎになっている。正直、そこまで気を配る余裕はなかった。


「青龍、もう大丈夫だ。終わったよ」

《主人さま……間違いなく、我が主人さまだ!》


 パチっと開いた瞳は、目の覚めるようなサファイアブルーだ。額の宝珠も黒く染まっていた部分は綺麗になくなり海のように青く輝いている。


「はー、間に合ってよかった。僕はクラウス・フィンレイだ。よろしくね」

《主人さまっ……会いたかった! 知らないうちに、宝珠まで黒くなってて……取り込まれるところだったんだ!》


 透き通るような青い瞳から、ポロポロと大粒の涙を流している。今度の聖獣は泣き上戸らしい。


「うん、わかってる。よく頑張ったな、もう大丈夫だよ。それより青龍。ちょうどいいから、このまま目の前の城に降りようか」

《主人さまっ……!》


 あー、さらに号泣させてしまった。

 王都の中央にある王城には国王がいるし、このまま次の作戦に進んでも問題ないか。


 僕と青龍はそっと中庭に降り立つ。最後にふわりと優しい風がふたりを包んで消えた。

 そこへぞろぞろと王城の兵士たちが詰め掛ける。僕はみんなに教えてもらった通りに、胸を張って堂々と一歩踏み出した。


「僕が魔皇帝マジック・エンペラークラウス・フィンレイだ。暴れていた青龍を正気に戻してきた。あわせて国王に確認したいことがある」


 兵士隊たちは慌てふためき、何人かがあちこち走り回っていた。やがて城の中から赤いマントを羽織った、華やかなキモノをまとった男が出てきた。

 男は鋭く僕の顔を見て、ふっと表情をやわらげて膝をついた。


「大聖女様からいただいた親書にあった通り、魔皇帝マジック・エンペラー様であるとこの目でしかと確認しました。私はこの国の将軍を努めまするアイゼン・クロードと申します。周知がいき届かず御無礼を働きましたこと、お許しいただきたく存じます」

「それは構わない。突然押しかけたのはこちらだ。では国王に会わせてもらえるか?」

「クラウス様、もちろんでございます。今頃陛下にも知らせが届いている頃でございましょう。私がご案内いたします」


 そうして僕は計画通り国王に謁見することができた。

 慣れない言葉遣いで胃がキリキリしてるけど、顔に出さないように必死に堪えた。

 ちなみにこういう態度も、この十日間の訓練の賜物だった。



     * * *



「ウルセル、どうだ? クラウス様は無事か?」


 俺とシューヤ、リハク王子は王城を見下ろせる物見台で今日の作戦の進行状況を確認していた。これまで街のあちこちに散らばっていた同士を集めて、クーデターの準備を密かに進めてきたがいよいよ大詰めだ。


「おおー、クラウスがめちゃくちゃ目立ってんな」


 俺は王都の上空を縦横無尽に暴れまわる青い龍と、その上に乗って見事に手綱をとっているように見える青年を遠方までよく見えるという魔道具で眺めていた。

 痺れを切らしたシューヤが魔道具を奪いとる。


「だからクラウス様はどうなってるんだ!? ……あ、大丈夫みたいだな」


 シューヤはクラウスのことになると冷静さを欠くほど心酔している。初めて出会った時に、コテンパンにやられたのが効いてるらしい。幼なじみとも言えるシューヤの意外な一面を知って笑えた。


「これなら父上の気もそちらに逸れますし、やりやすくなりますね」


 東の国リンネンルドの第一王子リハクだ。この十日ほどよく一緒に行動してたが、呆れるほどサクラに惚れ込んでる。俺が同じ状況だったらとっくの昔に王城を消し飛ばしてるなーと思うから、忍耐強いと男だと思った。


「それで、リハク王子についてくる奴らは準備できてんのか?」

「ええ、ちょっと想像と違いましたが、クラウス様が王城に到着するのが合図だと伝えてあります」

「あれだけリハク王子を慕っているなら心強いですね。なるべく無血交代したいとは思いますが」


 もともとのリハク王子の支持者がほとんどだが、王子の行動を見ていて奮い立った者もいた。

 他国から来た女性、妻を心から愛してる者、これから娘が成人する者も支持してくれている。みんな自身や愛する者たちを、女だからと蔑まれた経験があった。


 このクソみたいな価値観を変えたいと強く願っている。


「んー、国王が変に粘らなけりゃ、すぐに決着つくんだけどなあ」

「その時は父上の首を取ります。それはオレがやります。さあ、いきましょう!」


 覚悟を決めたリハク王子のアメジストの瞳が、王城を睨みつけていた。


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