第133話 成海華乃はまた新たな奥義を覚えた

『良い景色だよ! 華乃ちゃん、見て』

「わぁ、本当に綺麗! 遠くまで見渡せますね、お姉さまっ!」


 陽光を反射するピカピカの全身鎧を着た天摩さんが振り返って後ろを指さすと、その隣を寄り添うように歩いていた華乃も後ろの景色に目を輝かせる。俺も立ち止まって見てみれば、青く高い空とサバンナがどこまでも広がっていた。

 

 ここはダンジョン22階にそびえ立つ、山の中腹。この階も21階と同様に、草原の合間に樹木がまばらにあるサバンナMAPとなっているのだが、違うのはMAP中央に高さ1500m程の山がぽつんと単独で存在していること。俺達は今、その山を登っている。

 

 山のふもとではやや汗ばむくらいの気温だったものの、それなりに標高の高いところまで登ってきたせいか涼しいくらいにまで下がっている。肉体強化のおかげでそこそこ急な山道も楽に登れるため、程よい運動をしている感覚で気持ちが良い。

 

 先頭を歩く天摩さんと華乃はハイキング感覚でハイテンションになっているが、それとは対照的に、俺のすぐ前を歩く黒髪ロングのメイド、黒崎さんは柳眉を下げて浮かない顔をしている。山頂の方角を見ると何度目かのため息をつき、俺の肩にしがみついている白い八本脚生物に問いかける。

 

「アーサー様……この先は凶悪なフロアボス……“獣王”の縄張りとなっていますが、本当に立ち入って大丈夫なんでしょうか」

「……キィ? キィ!」


 黒崎さんの問いに、心配するなとでも言うように白い蜘蛛アーサーが前脚を叩き合わせて返事をする。ちなみに本体は“魔人の制約”のせいでこのエリアに入ることが許されず、現在は人間の頭くらいの大きさの蜘蛛アラクネ憑依ひょういしている。この小さな姿でもレベル30後半くらいのパワーと速度を有し、アラクネのスキルもいくつか使えるので22階で戦う分にはまったく問題はない。

 

 すると後方で一人で歩いていた久我さんが音もなく俺の隣に立ち、会話に入ってくる。

 

「……この山のフロアボスは有名。大きな体躯たいくで疾風のように素早く、巨大な牙と爪で多くの冒険者を葬ってきた。なのにその自信……何か対策はあるの……?」


 真顔ではあるが、楽なフロアボス対策があるのかと興味を隠しきれないご様子。

 

 今日の彼女はいつものラフな服装ではなく、上半身は金属製のガントレットと肩当、腰下は牛魔の革で作られた短めのキュロット、膝までカバーするグリーブブーツという完全武装となっている。ちなみに、へそ出しルックである。

 

 ゲーム時代の久我さんも戦闘時にはよくこの恰好をしていたので、何というか既視感と嬉しさがこみ上げてくるぜ。それはともかく――

 

「ここのフロアボスはノンアクティブモンスターだからね、手を出さなければ襲ってこないんだ。もちろん秘策も用意してあるから戦闘になっても安心していいよ。もしものときはアーサーもいるしね」

「あの悪名高い獣王がノンアクティブモンスターとは……にわかに信じがたいですが」


 大丈夫だからと言っても疑いの眼差しを突き刺してくる黒崎さんと、早くその秘策とやらを全て吐いてしまえと目で訴えてくる久我さん。

 

 澄み渡る空を見ればどこまでも高く、眼下には絶景が広がっており、空気も美味しい。その上、ダンジョン内だというのにここらはフロアボスの縄張りが近いので一般モンスターはポップしない。せっかくこんなのんびりできるところに来たのなら楽しんで歩かないと損である。

 

 

 

 7合目くらいまで登った頃だろうか。山道の周囲は樹木がところ狭しと生えているものの、前方に開けた平らな場所が見えてきた。奥にはどこが水源だか分からない滝が水しぶきを上げており、虹がかかっている。

  

『ここが……成海クンの言っていた場所なの? 凄く幻想的な場所だけど』

「綺麗な蝶々! あれってモンスターだったりするのかな」


 滝つぼ付近には水蓮すいれんのような花が咲いていて、その周囲を鮮やかな青色の蝶がひらひらと舞っている。喜び勇んで探索しに行こうとする天摩さんと華乃だが、その前に俺達が来た目的をおさらいしておきたい。

 

 持ってきた荷物と肩に張り付いているアーサーを地面に置き、説明するので集まってくれと声をかける。すると皆は三者三様の表情で俺の前に腰を下ろす。

 

「それじゃ説明します。まず俺達がここに来た理由だけど――」

「はいはーい! 拠点・・を作りにきたんだよねっ!」

『でもさ、資材なんて持ってきてないよね。もしかしてこの辺りの木で作るつもりなの?』


 拠点を作りに来たと華乃が元気よく手を挙げて答えると、天摩さんは首を傾げながら周囲の木々を指差し、あれらで作るのかと聞いてくる。この辺りの樹木は広葉樹が多く建築の資材には向かないし、それ以前に乾燥していない木材を使っても歪んだりカビたりと酷いことになるだけである。

 

 そう答えつつ話を進めようとすると、すかさず不満顔を隠さないメイドが手を挙げて抗議じみた意見を述べてくる。


「アーサー様も拠点を作ると仰っていましたが、ダンジョン内での拠点建築など大規模攻略クランくらいでないと割に合いません。我らのような少人数では不可能……とは言いませんが、非常に非効率的だと判断します」

「私もそう思う……だけど颯太のことだから、きっと何かあるはず」


 建築資材は持ってくるにしても集めるにしても大きな労力がかかり、たとえ拠点を作れたとしてもすぐにダンジョンに吸収されてしまう。それを防ぐためにはゴーレムの核を資材に埋め込む必要があるのだが、そのゴーレムの核はかなり高価。大規模攻略クランならともかく、こんな少人数でそれだけの資金と労力をかける価値があるのか、と黒崎さんがを抗議の目を向けてくる。もっともな疑問である。

 

 それでも久我さんは俺の余裕の態度を見て何か隠していると疑うが……まぁその通りなんだけどね。

 

「とりあえず建築方法に関しては後ほど説明するとしてだ。ここに拠点を作る理由だけど、まず俺達が今後の狩りするのに拠点が欲しかったこと。その条件として適性狩場である23階に近いこと。誰も来ない場所であること、などがあるな」


 強力なスキルを持つモンスターが多くなる20階以降においては、ゲートから遠い狩場に行く場合には危険が高くなり、否が応でも慎重に進むため時間がかかってしまう。今回のようにアーサーがガードとして来てくれるなら問題ないのだけど、アーサーは“魔人の制約”を解除するために15階のモグラ叩きに勤しんでいるから毎回というわけにはいかない。まぁ天摩さんが来るなら毎回ついてきてくれるんだろうけど。

  

 そう言って拠点を作る理由を並べるものの、黒崎さんの不満は収まらない。

 

「百歩譲ってこの場に拠点を作れたとしましょう。ですが、ここはすでに悪名高きフロアボスの縄張り。今こうしている間にも鉢合わせる可能性は十二分にあります。アーサー様がいるのでこの場は何とかなるかもしれませんが、いないときにはどうなさるつもりですか」

 

 そう。ここはすでにフロアボスの領域だ。冒険者の間では“獣王”とも呼ばれ、名のある攻略クランでも倒すことは難しいと恐れられている悪名高いモンスターである。しかし、こいつのせいでこの一帯は一般モンスターが一切ポップせず、おまけに一般冒険者も近寄ることはないのでダンジョンにあるまじき平穏なエリアとなっているのだ。

 

「キィ~、キィ!」

「何でしょうかアーサー様……もしものときはボクにまかせておけ……と仰っているのですか?」


 前脚四本を巧みに使ってジェスチャーしながらキィキィと言うだけの蜘蛛アラクネの言葉を、何故か翻訳できてしまう黒崎さん。いつも一緒にいる天摩さんですら、どうして分かるのだと驚いている。とりあえず、ここのフロアボスについては色々と誤情報が出回っているようなので正しておいたほうがいいだろう。


「さっきも言いましたが、フロアボスについてはこちらから手を出さなければ攻撃してこないので大丈夫ですよ。倒すにしても秘策がありますので問題ありません」

「……そう、それは楽しみ。ここのフロアボスからは貴重なドロップアイテムが取れると聞いている。この革装備も久しぶりにアップグレードできそうね……」

 

 使い込まれた牛魔の革製キュロットとブーツの傷んだ箇所を撫でて、早くもお別れを告げる久我さん。25階前後で取れる牛魔の革は魔法耐性もあり、レベル20前後の冒険者には人気の防具素材なのだが、ここのフロアボスはそれよりも高いランクの毛皮を落とす。その価値も相当なものらしく、お宝の臭いをかぎ取った華乃がひっそりと目を輝かせている。

 

「さてとそれじゃあ……建築するなら、あそこがいいか」


 この場所は開けているといっても山の中腹。大きな石ころが転がっていたり斜面も多く、ある程度は整地が必要かなと思ったが、一か所だけ建てられそうな場所があることに気づく。地面の様子を調べるために歩いていくと、天摩さん達も何があるのかと興味津々についてくる。

 

『ここに建てるの? あっ、もしかして……魔法で建てるとか』

「さすがお姉さまですっ。じゃっじゃじゃーん、ここで私の出番!」


 奇妙にくるくる回りながら得意げな顔で躍り出てくる華乃。まさか本当に魔法で建てるとは思っていなかったのか、天摩さんが困惑しながら俺の方を見て説明を求めてくる。黒崎さんと久我さんもさっさと吐けと睨む圧をさらに高めているけど、今まで黙っていたのはサプライズを演出したかっただけなので悪気はないのだ。

 

「華乃、MPは満タンだな」

「ばっちりだよっ、ここに来るまで何にもスキル使わなかったしね!」


 腕を揺らめかせながら、華乃がいつでも準備OKだと気炎を吐く。それならば早速やってもらおう。危ないから皆は離れているようにと言ってから、GOサインを出す。

 

「カラフルな屋根に、カワイイ小窓よ! 内装もリッチで良い感じのぉ~……まとめてドーン! 《ゴーレムキャッスル》!」


 謎な詠唱が終わるのを合図に、一気に放出された華乃の魔力が紫電となって体を取り巻き、釣られて周囲の空気も渦を巻いて吹き荒れる。


 これほどの魔力量が必要なスキルなど他の上級ジョブでも例がなく、目を白黒させた黒崎さんが天摩さんの前に出て身構えている。アーサーは俺の肩にしがみつきながら白く丸い腹でリズムを取ってノリノリだ。

 

 次第に暴風は静まり今度は地割れのような音が鳴り始めたと思ったら、華乃の前方にある地面から謎の構造物が勢いよく突き出してくる。砂利や小石が振りまかれ、いつもは眠そうな目をしている久我さんも腕で顔をガードしながらひと時も逃すまいと真剣に見ている。

 

 そこに現れたのは――家だ。

 

 子供が描いたような三角形の屋根に、まん丸い窓と扉が付いた簡単な構造。平屋で大きさも4m四方ほどしかないので、家と言うより小屋に近い。


「……はぁふぅ……もうだめぇ……MPドリンクぷりーず……」


 華乃は全MPを使い果たしたのかその場でパタリと倒れ込み、MPポーションをだしてくれと震えた手を伸ばしてくる。まぁ今の華乃ならこのくらいの大きさが限界か。


『えっ……えっ? 家なの? ちょっとどうなってるのか見てみたいんだけど』

「お、お嬢様っ、まだ近寄ってはなりませんっ!」


 突然現れた家に興味津々な天摩さんが早速前に出ようとするが、まだあれが何なのか分かっておらず近寄るべきではないと黒崎さんが体を張って抑え込もうとする。しかし天摩さんの歩みには思いのほかパワーがあるようで引きずられてしまっている。

 

 先ほど華乃が使ったのは【機甲士】という上級ジョブが覚える《ゴーレムキャッスル》というスキル。俺がこっちの世界に飛ばされて真っ先に覚えたかったものだが、華乃がいち早く習得したのだ。

 

 つぎ込んだMP量により大きさと構造が変化するというダンエクの中では珍しい建築スキルなのだが、華乃の最大MP量はまだ多くはないので4m四方ほどの小さな家しか建てることができない。

 

「窓と屋根はイメージできたから成功したけどぉ、内装は無理だったかも」

 

 甘酸っぱいMPポーションを飲みながらしょんぼりと項垂うなだれる華乃であるが、実は凄いことをやってのけている。本来このスキルで家を建てるともっと四角く地味な形の小屋になるのだが、華乃が建てたのはカラフルな瓦屋根に洒落た木製の扉、壁はレンガ調の可愛らしい家。何と使用者が詠唱中にイメージすることにより建物の外観や内装を変えられることが判明したのだ。

 

 実験で最初に試みたときには家があまりにも貧相すぎると駄々を捏ねて、二度目は絶対に可愛い家にするのだと鼻息荒くやってみたら、本当に外装がイメージ通りに可愛くなったという経緯があった。これはダンエクのときにはできなかった仕様である。


 なら、イメージをどんどん膨らましていくとどこまでも豪華な家が作れるのかといえば、それは難しいだろう。小さな家ならともかく巨大建築の内装までイメージするなど脳のキャパが足りるわけがないからだ。もっとも脳ミソを強化するヤバいスキルもあるのでそれを併用するという手もあるが……ま、実験を繰り返しながら追々考えていけばいいか。



 皆が家の前で動けずにいる中、蜘蛛アーサーがキィキィとリズム良く鳴きながら勝手にドアを開けて入っていく。続いて我に返った久我さんがまるで敵のアジトに侵入するかのように壁に背中を預けて中をそっと覗いた――と思ったら転がり込むように入っていく。うむ、元気があってよろしい。

 

「じゃあ俺達も入りましょうか、見た通り中もそれほど広くないと思うけど」

「それより先に説明を求めます! というか小僧ッ! 常識ってもんが――」

『いいんだよ黒崎。ウチはもうね、ワクワクとドキドキが止まらないの』


 理由なんてどうだっていい。ウチは今、大いなる神秘を体験しているの。細かいことなんか後回しだ、とくねくねしながら困惑するメイドの手を引いて天摩さんが入っていく。さて中はどうなっているのか。

 


 ドアをくぐると外よりは若干薄暗いものの、天井に吊り下げられた眩しいほどのランタンが室内を明るく照らしていた。部屋の隅には大きなベッドと古びた木のテーブルが置いてあるだけだ。華乃はイメージが足りなかったと言ってたが、その場合はダンエクのデフォルトと同じで土壁と古びた木材の床の質素な内装になるようだ。


「材料もなく瞬時に家を建てるなんて。これもスキルだというの」

「一見みすぼらしいですが床や壁は……頑丈のようですね。素材も思ったよりも悪くなさそうです」


 久我さんと黒崎さんの二人が壁や床をべたべたと触りながら調べ始める。俺も気になったので細かく調べてみれば、見た目は綺麗ではないもののしっかりとした木材と石材が使われていることが分かる。だが広さは8畳ほどのワンルーム。5人と一匹が伸び伸びするには、やや狭いな。

 

 もっと魔力をつぎ込めば部屋数や階層を増やしたり、風呂場やキッチンなども追加されるはずだが、そこまでやるには今の数倍ほどのMPが必要となる。今後はレベルを上げて最大MPを増やすのは当然として、MP装備も優先して手に入れておきたい。

 

 

 しばらく思い思いに調べていると、床に膝をついて丹念に調べていたメイドが突然むくりと起き上がり、険しい表情で俺の方に向き直る。

 

「予想外の手段で拠点を作ったことには驚きました……が、まだ問題があります。本当に、本当に大丈夫なんですね?」

「――キィ! キィ!」


 黒崎さんが普段は見られないような緊張感のある視線で問いかけてくる。ベッドの上で華乃とひっくり返って遊んでいた蜘蛛アーサーもくるりと反転し、あらぬ方向を見てキィキィと鳴き始めた。あぁ、分かってるさ。アイツが来たんだろう。


「……山頂方向から来てる」


 久我さんが床に耳を付けて、何かが山頂方向から猛烈な速度で近づいてきていると警告する。その方角は急斜面で樹木が大量に生えていたはず。恐らくその密林の中を縫うように駆け抜けているのだろうが、それだけでもそいつの異様さが分かる。

 

 メイドが手早く防具を装着し、裾の広いスカートから巨大な剣を取り出しているかたわら、華乃と天摩さん、アーサーは家に唯一ついている丸い小窓に張り付いて顔を覗かせる。

 

「うわっ、凄く大きいよ!」

「キィ?」

『白いキツネ……ネコ? あれが有名な“獣王”なのかな。あんなにもふもふしてるんだね』


 窓の向こうにつむじ風のようなものが吹いたと思ったら、次の瞬間には5mはあろうかという白く巨大なモンスターが現れた。ここに来るまでに相手してきたモンスターとは魔力の量も質も別格。金色の目で、じっとこちらを見ているが――

 

(あれ……俺の思っていたのと違うぞ?)

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