第132話 凄腕の剣士

「もうこんな時間だ」


 パンを飲み込みながら太い腕を制服に通し、通学の準備を急ぐ。ここ最近は一人登校が続いていたのだけど、今日は久々にカヲルと一緒に登校することになっている。というのも、例の闘技場爆発事件――原因はアーサーの魔法だが――でカヲルの朝練が中止となったためだ。

 

 全身鏡に大きく映る太鼓腹を引っ込めながらベルトをきつく締めていると軽快なチャイムが鳴る。急いで教科書でいっぱいになったカバンを手に取り、軋む階段をドダドタと降りていけば、その先には姿勢正しく凛とした姿の少女が立っていた。

 

「おば様は……いないのね。お店も閉まっているし」

「あぁ。親父と一緒に商品の仕入れに出かけてるからな、午前中だけ店は休みだ」

「……そういえば新商品が人気と聞いているけれど、その仕入れかしら」


 新商品。成海家の一階部分を店舗として開いている『雑貨ショップ ナルミ』では、回復ポーションやダンジョンで拾った武具を修理して並べており、かなりの人気商品となっている。特にポーションは棚に並べれば即日に全部売れるくらいだ。

 

 また最近では大量に手に入れたミスリル合金を、カヲルの親父さんが経営している『早瀬金具店』に安く回し加工してもらっている。それをウチの棚に置いているのだが、予想以上の売れ行きで利益率も高く、マニアの間でも高値で取引されているほどまでになってきている。徐々に新規の客も増えてきており、もはや2号店も夢ではない。

 

「お父さんも仕事が増えて感謝していたわ……それじゃ時間もないし行きましょう」

「あぁ」


 そう返事しながら、カヲルの表情をそっとうかがってみる。数日前の決闘で酷い目に遭っていたから心配していたのだけど、特に変わったようには見えない。まずは一安心と言っていいだろう。


 それに近頃はこうしてたわいもない会話をしてくれることが増えたのは良い兆候ではなかろうか。少し前までは話など一切振らず一目散に学校に向かおうとしていたのだけど、俺に向ける目つきもほんの少しだけ柔らかくなってきている。


 この調子でもう少し踏み込んで距離を縮めたい気に駆られるが、それはカヲルにとって負担になる。今は少しずつでも信頼を取り戻していくことを心掛けるべきだろう。

 

 

 

 玄関に鍵をかけて少し前を歩く少女の、やや後ろのポジションを取ろうと歩みを進める。


 すでに夏に入っていて朝だというのに日差しは強く、風もないので汗がにじみ出てくる。一人ならすぐに気が滅入るところだが、今日は美人幼馴染と一緒の登校。むしろ清々しい。

 

 そんな思いで気分良く少女の後ろを歩いていると、どうしたことか歩く速度を落として俺の隣に並んできたではないか。聞きたいことでもあるのかもしれない。

 

「闘技場が壊れた話は……新田さんから聞いてる?」

「……いや。何かあったのか」


 何かと思えば。俺にその話を振る理由とは何か。真意が分からないのでとりあえずトボけてみると、カヲルは少し考え込むような仕草をした後に話を続ける。

 

「教室でも新田さんといるところをよく見るから……ダンジョンも一緒に潜っているようだし、てっきりパーティーを組んでいるものと思っていたけど、違うのかしら」

「……お情けで連れていってもらってるだけだ。でも俺だって多少は強くなったんだぜ」


 カヲルは入学当初から、俺がレベルを上げられているか気にかけてくれている。それは心配だから、というよりも幼馴染としての責任感とか義務感のようなものだろう。だとしても俺のことで気をつかわせてしまうのは心苦しい。それなりにレベルが上がり、狩りもできるようになったと多少は言っておきたい。

 

 ここでちょっと前のカヲルなら俺の言葉に疑いの眼差しを向けてきたものだが――

 

「新田さんと大宮さんほどの人が手伝うのは、颯太に見込みがあるからだと思うの。彼女たちは、ちゃんと能力を見た上で適切なアドバイスをしてくれるから……本当に頑張っているようね」


 ほんのりとほほ笑みながら褒めてくれるのが、こそばゆい。まぁ俺も頑張ってはいるのだけど、ここ最近は月嶋のせいで準備に時間を取られてレベル上げの時間が取れていない。夏休みになれば数日がかりのダンジョンダイブもできるようになるし、やっておきたいこともたくさんある。今からいくつかプランを考えておくかね。

 

「そっちは調子はどうなんだ。随分と頑張ってたのは知ってるけど」

「……あまりよくはないわ。冒険者学校に入って少しはできるものだと思っていたのだけど……こういうの、井の中の蛙っていうのね」


 そう言い終えるとやや暗い表情で、ふぅと息を吐くカヲル。中学時代には剣道で全国大会の優勝経験もある。冒険者学校に入ってもやっていける自信は十分にあったのだが、技術以前にレベルを上げないことには上位クラスと戦いようもなく、その技術さえも本物の冒険者の前には赤子同然だったと気づかされたと言う。

 

(技術は十分にあるんだけどな)

 

 カヲルの剣は強敵相手でも十分に通用する。今は地道に鍛錬し、経験を積んでいくことが最善――ということを俺はプレイヤーだから分かっているが、本人は不安なのだろう。

 

「レベルならサツキが手伝ってくれるさ。技術や知識ならリサも相当な――」

「その新田さんだけど。彼女の知り合いに細身の……そうね、颯太と同じくらいの身長の男の人を知らない? 凄腕の剣士なの」


 話をさえぎって質問してくるカヲル。普段はあまり主張せず、静かに聞きに回るタイプなので余計に何かがあると分かる。こうして横に並んでいるのも、きっとそれを聞きたかったからだろう。

 

(さて、何といえばいいか)

 

 きっと剣士って俺のことなんだろうが、そういえば剣を教えて欲しいとリサが言ってたな。どうして俺の剣に興味が湧いたのか少し探ってみるか。

 

「え~と、どんな感じに凄腕だったの?」

「一度だけ見る機会があったのだけど……何というか“型”が無いの。何にも縛られず自由自在の見事な剣さばきだったわ」


 剣士の様子を思い出そうと立ち止まり、両手を胸に当てて遠くを見る仕草をする。その表情は何やらうっすらと興奮気味だ。


(型……か。確かにカヲルから見ればおかしな剣に見えて当然だ)


 冒険者が使う剣術には大抵“型”がある。古来より命のやり取りにおいて結果を残してきた古武道剣術や西欧剣術など元々あった剣術を参考にし、対モンスター戦や対人戦に応用して活かそうとするのが冒険者の定石だからだ。逆に、構えや剣筋、立ち回りを見れば元となった剣術が何であるかを推測できる。


 一方、俺の剣に型などはない。なぜなら既存の剣術など参考にせず、死にながら行き当たりばったりで覚えた我流の剣だからだ。

 

 とはいえだ。膨大な数の死を経て、数多のプレイヤーの癖や傾向を調べ上げ、全てのジョブとスキルに対応し、最適化させた対人特化の剣である。どこぞのPvPクランと入り乱れて戦うのなら滅法使えると自負している。


「それで……その。剣を教えてもらいたくて……でも新田さんは会わせるのは消極的みたいなの。颯太が知っていたら直接お願いしに行こうと思うのだけど……本当に知らない?」


 カヲルはブタオの嫉妬や癇癪かんしゃくを警戒して恐る恐る聞いてくるが、内なるブタオマインドもまた複雑なご様子。おかげで俺まで落ち着かない気持ちになってしまう。ブタオに言っておくが、お前と俺は同一人物で一心同体。嫉妬する意味など何もないぞ。

 

 ――それはさておいて、カヲルが俺の剣を習得するにおいて大きな問題がいくつかある。

 

 まず前提として俺の剣は、ダンエクの知識と山ほどいたプレイヤーの上に成り立つ。

 

 様々なジョブのプレイヤー達と対戦し、数えきれないほどの死を経験して覚えたものなので、俺が何故そう動くのかをカヲルが納得できるかは不明だ。「こういうジョブの相手にはこういう戦術を使ってくることが多いので、こう立ち回ると勝率が高くなる」と言ったところで、ダンエクの知識も経験もないカヲルが素直に頷けるものだろうか。

 

 たとえ頷けたところで、これまでの剣道の経験を活かせるのかも怪しい。今は自信をなくしているようだが、カヲルの剣はレベルを上げて経験を積めば強者相手でも十分に通用する。その未来を俺は知っている。それなのにめちゃくちゃな型の剣を覚えた俺が出しゃばって悪影響を与えてしまったら……目も当てられない。


 なのでカヲルのためにもここは反対しておくほうがいいだろう。

 

「でもリサは日本剣術も詳しいし、剣の実力も相当なもんだって聞いてるぞ。型がない剣士から学ぶよりも、カヲルの剣道経験を活かしてもらえる人に教えてもらったほうが良いんじゃないのか」

「……もちろん彼女からも教わるつもりよ。新田さんはまだ何か実力を隠しているようだし……だけど――」


 ――あの自由な剣が目に焼き付いて離れないの。そう言って一歩踏み込み、手刀を振いながら何かの斬撃戦を想定した動きを見せる。もしかしたら俺とヴァルキュリア・スクルドとの戦いを再現しているのだろうか。合間にくるりと回ったりするのでスカートの中が見えそうになり、内なるブタオと一緒にどきまぎしてしまう。


 カヲルは最後に横なぎを放つと一度動きを止めて振り返り、本当にこの剣に心当たりはないのかと俺の目を覗き込むように見つめてくる。近くで見る綺麗な幼馴染の瞳に再びどきまぎしながら、それをごまかすように見えてきた闘技場を指差す。


「ゴホン、そんな剣士は知らないってば。それよりあれを見ろよ。派手に壊れてるな」

「……そうね。あそこで調べている人達は誰かしら」


 無理に話を変えられ、カヲルはため息のように軽く息を吐いてから壊れた闘技場に視線を移す。周囲には外壁が散乱して進入禁止のロープが張られており、生徒達の人だかりができていた。

 

 ゆっくりと歩いて近づき様子を見てみる。

 

 中の瓦礫がれきなどはまだ撤去されておらず、地面にできたクレーターも手つかずのままだ。その中央付近ではスーツを来た数人が長細い機器――恐らく魔力濃度計――を持ちながら立ち話をしている。何が起きたのかを検分しているのだろう。

 

 あいつらは何者なのか。どの程度まで把握できているのか。色々と気になるのでこっそりと人だかりに交じり情報収集したいところだが、カヲルはここにいたくないようで移動を急かしてくる。

 

「颯太、急ぎましょう。ゆっくりと歩いてきたからもうあまり時間がないわ」


 確かにチャイムまで時間はそれほどないし、カヲルも決闘の当事者なのでここに長居しないほうがいいか。横目で闘技場の残骸を見ながら俺もここを後にすることにした。

 

 


 Eクラスの教室に入り、最後方にある自分の席に座って一息つく。ここ最近は第二剣術部による暴力事件があったり月嶋対策の準備に追われたりで、学校にいても緊張が続いていた。こうして心を休められるのはいつぶりだろうか。

 

 しかしながら、背もたれに寄りかかってゆっくりと周りを眺めているのは俺くらいで、クラスメイト達は窓際に集まって話し込んでいる。というか教室全体がザワついている。


「でかい爆弾が爆発したんだってば、お前知らねーの?」

「私は攻略クランが戦ったって聞いたわよ。相当の実力者同士だったみたい」

「なんでわざわざ攻略クランが学校の闘技場を使うんだよ、俺は凶悪モンスターが現れたって聞いたぞ」

「え~、モンスター?」


 休日が終わって登校してみれば国が威信をかけて作った建物が粉々に破壊されていた。しかも原因は不明。そんなホットな話題に食いつかないほうが逆に怪しいくらいである。だが耳を澄ませてみても月嶋との決闘で壊れたという情報は聞こえてこない。

 

 反対の廊下側では赤城や立木君、磨島達が集まっている。リサも呼ばれ立木君と真剣な眼差しで話し込んでいるのが気になるが、クラスカーストぶっちぎり最底辺の俺があの集団に交じることは確実に不可能。仕方がないのでちらちらと横目で観察していると、おさげを揺らし、にっこりと笑みを浮かべた少女が近づいてきたではないか。うむ、今日も今日とて可愛らしい。


「おはようソウタ。ずいぶんと話題になってるよねっ、でも真相は程遠いみたいだけど」

「おはようサツキ。まぁ会長が頑張ったんだろうね」


 サツキも気になって情報収集していたようだが、俺と月嶋が戦って壊れた――などという真実に迫った噂をしている人は皆無だったとのこと。となれば相良が口止めを頑張ったのだろう。そのために契約書まで書かせていたしな。

 

 ただ、あそこまで派手に破壊してしまえば国家機関や学校運営陣の調査員が出張ってくるのは当然なわけで――あのスーツを着た人達は恐らくそうだろうが――あのとき闘技場にいた全員がその追及をかわせるとは思えない。近いうちに月嶋まで調査の手が及ぶと考えたほうがいいだろう。また面倒臭いことになりそうだ。

 

 どうすればいいかサツキと小声で軽く相談していると、仲むつまじく腕を組んだ男女が入ってきてEクラスの教室が瞬時に静まり返る。覇気のない顔の月嶋と……輝く銀髪をなびかせた世良さんである。


「……お前はくっつきすぎなんだよ。もう少し離れろ」

「まぁ、お恥ずかしがらずに、ダ~リン♪」

 

 世良さんは学年首席であり大貴族の嫡女でもあり、おまけに次世代の聖女とも呼ばれる稀代の才女。中学時代でも数々の伝説を作り上げているので、上級生や高校から入学したEクラスの生徒であっても必ず聞き及ぶほど抜群の知名度を誇る。

 

 そんな超大物がEクラスの生徒に言い寄っている姿を見て、ある者は口をあんぐりと開け、ある者は息を呑み、またある者は目を見開いたままフリーズする。


「手作りのお弁当を持ってきましたので、お昼休みにまた迎えにあがります。生徒会についてのご相談もそのときに……それではしばしのお別れです」

 

 クラスメイト達の突き刺すような視線などお構いなしに用件を言うと、花の咲くような笑顔を向けてふわりと身を翻し、教室から去っていってしまう。

 

 その後はクラスメイト達が寄ってたかって質問攻めだ。世良さんとはどうやって知り合ったのか。どうしてあれほど親しい関係になっているのか。生徒会の相談とは何か。興奮したクラスメイトとは対照的に月嶋は実に面倒くさそうに質問に答えている。


 そんな余裕ある態度を見ていると嫉妬で叫びながら教室を走り回りたい気持ちに駆られてしまう。ブタオがカヲルに執着していた気持ちが今、ようやく理解できたが、ここで理性を手放すわけにはいかない。深呼吸して何とか落ち着こう……ひっひっふー。

 

「ちょっ、ソウタ。目が血走ってて怖いってばっ」

 

 本格的にゲームストーリーがおかしくなってきやがった。赤城君にすらストーリー終盤まで「ダーリン♪」などと呼ぶことはなかったというのに、何たることか。やはりあの時、完全に息の根を止めておけば……いや、今からでも遅くはないのでは……

 

 隣で引き気味のサツキをよそに、鬱々した気持ちで一日を過ごす羽目になる俺であった。

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