第34話 計り知れない強さ

「グオォオォオオォオオオオッ!!!」」


 城主の間にいるスケルトンを扉の隙間から《簡易鑑定》していた市渡が扉諸共はじけ飛び、中から徒ならぬ気配を放つスケルトンが出てきた。


 何事かと瞬時に《簡易鑑定》を行う。



<名前> ヴォルゲムート (ユニークボス)

<種族> スケルトンノーブル 【シャドウウォーカー】

<強さ> 計り知れない強さ

<所持スキル数> 4



 ヴォルゲムート。ユニークボスか……って、おいおいおいおい! 強さが計り知れないということは最低でも俺のレベルより+6以上、つまりレベル14以上ってことじゃないか! 


 ……それよりも、種族の後ろにあるジョブが【シャドウウォーカー】というのは非常に不味い。一部の強力なモンスターは冒険者と同じようにジョブに就いている場合がある。そこは目を瞑るとして、問題はそのジョブが上級ジョブだということ。上級ジョブは最低でもレベル20からしかなれず、それはモンスターでも同じ。


 つまり。コイツは最低でもレベル20以上という事実が発覚する――




「【シャドウウォーカー】ってなんだ!?」

「なんでこんなヤツが7階にいる! やべーぞ!」


 ヴォルゲムートが低く唸るような咆哮を上げると、黒くて重く、そして爛れたような《オーラ》が吹き上がる。眩暈がするほどの凄まじい圧だ。


 最悪でもフロアボス程度の強さと想定していたが、そんなのが比ではないほどのヤバい奴だ。これはすぐにでも撤退しなければならない。

 

 吹き飛ばされた市渡の状況をちらりと目視する。鎌形の刀剣――ファルシオンだろうか――に貫かれ、口から赤黒い血を流しピクリとも動かない。即死だ。


「華乃っ! 退散するぞっ」

「う……うん……キャアッ!」


 逃げようとしたそのとき。なんと間仲が華乃の足を切りやがった。


「ワリぃな、アイツ相手じゃ逃げ切れないかもしれないからさ」

「全員がここで死ぬのはな。必要な犠牲だと思ってくれ。あばヨ」


 脱兎のごとく通路を駆け去る間仲と秋久に、目の奥を赤黒く明滅させながらこちらを振り向く金属製の重装備をしたスケルトン。


「おにぃ……逃げてっ!」


 足を切られ、じんわりと血を流す妹が懇願するように俺に言う。


 華乃よ……そんな顔をするな。長年ずっと一人だった俺に、家族という温かさを教えてくれたお前には感謝しているんだ。置いていくつもりなんて死んでもない。


 そしてブタオも安心しろ。お前の大事な妹は必ず守ってやる。お前は俺で、俺はお前なのだから。少しは俺を信じろ。




 こちらが逃げないと分かったのか、ゆっくりと歩いてくる……いや、あの歩みは絶対に逃がさないという自信の現れだろう。既に【シャドウウォーカー】の移動系スキル《シャドウステップ》が発動しており、足元に残像が揺らめいている。


 俺も妹をかばうように前に出る。華乃の足を切りやがったアイツらは後できっちりブチ殺すとして……




「……おい、骨くず。その余裕じみた態度をすぐに圧し折ってやるよ」




 *・・*・・*・・*・・*・・*




 ダンエクではモンスターを倒すと経験値が手に入り、その経験値が一定量に達するとレベルが上がる”レベル制システム”を取っている。


 レベルが上がればステータスが上昇する。レベルを1上げたところでステータス上昇幅は1や2程度でしかなく、数値上は然程強くなったようには思えない。が、HP、MP、STR、INT、反応速度、動体視力など、あらゆる方面でステータスが上昇するため、少しの上昇値だったとしても戦闘能力において大きなアドバンテージを得られる。


 プレイヤースキルを磨けば強くなるのは間違いないが、それよりもレベルを上げたほうが強くなると言われるのはこのためだ。

 


 では、自分よりもレベルが高い相手と戦うにはどうすればいいのか。


 通常、レベルが1~3程度高い相手ならば、装備やスキルが同条件でも運や戦闘知識、プレイヤースキルがあれば十分勝てる範囲内だ。ジョブ特性やスキルの初動を知っているか。攻撃モーションの隙を突けるか。スキルチェインやフェイクスキルを使いこなしているか。これらができるなら勝率は大きく高まるだろう。


 レベル差が5もあるとステータス差も大きくなり、まともに攻撃を打ち合うのは難しくなる。刈谷イベントでの刈谷と赤城君のレベル差も丁度このくらいだったのでかなり厳しい差というのが分かるだろう。それでも良装備を揃えていたり、プレイヤースキル次第ではまだ勝てる可能性はある。


 だがレベル差が10ともなれば絶望的とも言える戦闘能力の差がでてくる。


 ゲーム時代に装備やスキルを統一し、レベル差による戦闘能力の差がどれくらいあるか実験をしてみたクランがあった。そのとき自分よりレベル10上の相手と互角に戦うには、自分と同じ強さを十人揃えなければならないということが分かった。逆に言えばレベル10差とは、十人揃えないと勝てないくらいの能力差があるということだ。


 実際にはレベル10も上だと扱える装備やスキルにも差がでてくるため、戦闘能力の差はより大きくなる他ない。そんな相手と一対一で勝つことは至難の業であるが、出来得る限りの準備とあらゆる手段を用いて対策すれば勝つ可能性がないわけではない。奇跡的な低確率になるが。


 レベル20差ならどうか。


 上記の実験結果から百人揃えれば互角になるように思えるが、実際には何人揃えても勝つことはできなかった。百人いても、千人いてもレベル20上の相手には攻撃が全く通らず、反対に攻撃されれば一撃の下で複数人が蒸発するという一方的な戦いになってしまう。要約すれば、一人でレベル20上の相手に勝つ可能性は”ゼロ”ということになる。




 ――以上の事を踏まえ、目の前の敵を倒すにはどうすればいいか。


 俺のレベルは8。未だ【ニュービー】のためジョブ特性(※1)はなく、所持スキルも《大食漢》と《簡易鑑定》のみ。どちらも戦闘力を上げるようなスキルではない。それどころか《大食漢》に至ってはSTR-30%、AGI半減というデバフ効果まである。


 対するヴォルゲムート。モンスターレベルは少なく見積もっても20以上。【シャドウウォーカー】のジョブ特性で移動速度と反応速度も上昇している。あのファルシオンと鎧も何らかのバフが掛かっているのか、怪しい光を放っている。


 さらに、ヴォルゲムートは【シャドウウォーカー】のスキル《シャドウステップ》を発動させている。スキル効果は5分間、加速力とAGIに+50%ボーナス、残像効果で視認されにくくなり回避率も30%アップという神スキル。コイツが使えば100mを楽々5秒切るくらいの速度は出るだろう。


 俺の装備といえば学校からレンタルしてきた何の付与もされていない鋼の手斧。果たしてこれでダメージが通るのか。そも、こちらの攻撃がまともに当たるのか。


 逆にまともに攻撃を受けてしまえば魔狼の防具を着ているとはいえ、一撃の下に胴体を真っ二つにされかねない。相手の攻撃力とこちらの防御力に差がありすぎる。


 背後には妹が足を切られ動けないでいる。すぐに止血処置と《小回復》をしたので大丈夫とは思うが、妹を抱えてゲートまで逃げきるのはまず無理だろう。


 ならば、腹を括って戦うしか道は無い。

 

 こちらにも奥の手はある。それを使えばこの身も徒では済まないかもしれないが、何もしなければ俺も妹も死ぬだけだ。


 何かあった時のためにリュックに入れてあった[MP回復ポーション(小)]を3本取り出し、腰のポーチにセットする。




「グォォォ……」


 しかし、なんだか妙な奴だ。


 俺が知っている大抵のスケルトンは獲物を見つければ何も考えず速攻してくる奴らばっかだった。しかしコイツはすぐには襲ってこず、ゆっくりとこちらに歩み、10mほど手前で足を止めてこちらを見定めている。いや、しているのか。


 骨の上に薄っぺらい乾いた皮が張り付いているだけなのに笑っているのがよく分かる。そこらあたりもユニークボスたる所以なのか。知性と――嗜虐性が垣間見える。

 

 四方へ振りまく醜悪な《オーラ》もここに来るまでのモンスターとは別格。ビリビリと内臓を掴み締め上げるような圧迫を与えてくる。こいつに比べればオークロードすら赤子のようだ。


「逃げて。無理よ……おにぃ……」


 愛い奴だ。自分の怪我のせいで俺を巻き込んでいると感じるのは心苦しかろう。だが心配するな。


「準備時間をくれるってのなら素直に頂くぜぇ」




“元プレイヤーにだけ与えられたチート”ってやつを見せてやろうじゃないか。






(※1)ジョブ特性

就いているジョブによりステータスなどに恩恵を受けられることがある。ただし【ニュービー】には無い。

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