第31話 鼻先の人参
ダンエクのダンジョンには宝箱がでることがある。
宝箱の中身には装備品や素材、マジックアイテム、ダンジョン通貨、確率は低いが宝箱でしか得られないレアアイテムが入っていることもあり、プレイヤー達は競って宝箱を探し求めていた。
その宝箱にはいくつか規則性がある。
・一度開けると一定時間後に消滅し、別の場所に再ポップする。
・宝箱にはレアリティー(※1)があり、階層が深いほどレアリティーが高くなる。
・鍵や罠が掛かっていることがある。
この階にある[木の宝箱]ならカギも掛かっていないため、対応する鍵やスキルは必要ない。だが中層以降の宝箱には爆発トラップが付いていたり、下手なフロアボスよりも強いミミックが偽装していたりするため開けるだけでも結構なスリルだ。
深層に至ってはトラップが即死級なんてざら。酷いものになると巨大爆発が起きて一帯全てが吹き飛ぶようなものもある。解除も難しく、宝箱に対応する鍵やスキルが求められるため、開けられるプレイヤーは一部しかいなかった。
――そして話は通路前に戻る。
本来、7層に宝箱はポップしない仕様であったのだが、DLCにより追加MAP内に配置されるようになったのは知っている。そして目の前には宝箱に座るように腰を掛けて俯いているスケルトン。しかし――
(おかしいぞ……)
このエリアにポップする宝箱は[木の宝箱]のはずなのに、あそこにあるのはどう見ても光沢のある金属製の箱だ。しかもレリーフで模様まで描かれている。それにあのスケルトンも妙だ。
今まで戦ったスケルトンは防具を着ておらず武器と盾のみだったが、コイツは細かい装飾が施されたチェインメイルや兜を着こみ、骨の色もなんだか黒っぽく、おまけに角まで生えている。一目でそこらのスケルトンとは違うというのが分かる。恐らくネームドモンスター(※2)だろう。見た目的に角を除けば何時ぞやのダンジョン攻略中継で見たカオスソルジャーに近い。
休止状態なのかピクリとも動かず、強さまでは断定できない。名前だけでも見たかったが《簡易鑑定》を使えばこちらに気づいてしまい、戦闘になってしまうだろう。
ウェポンスキルを使ってくる可能性もあり、ゲーム知識の無い妹に使われたら危険だ。
「(アイツはモンスターレベル9以上ありそうだ。ここは引いてゴーレムでレベルを上げてからのほうがいい)」
「も……もしかしたら宝箱消えちゃうかもしれないでしょっ!」
鼻先に人参をぶら下げられた馬のようになっている妹に、宝箱は開けない限り消えることはないと何とか説得する。問題はここに誰か来た場合だが、わざわざ落とし穴に降りて横穴を調べる冒険者なんているだろうか。いや、ここまで来たとしても宝箱はリポップするのだ。命が懸かってる状況で無理することはない。
ゲーム知識に無い、未知なるモンスターと戦う場合は出来得る限り慎重にいかなければならない。特にネームドモンスターなどは最悪”フロアボス級”という可能性もあるのだから。
「(うぅ……じゃぁまたアレ取りに来てくれる?)」
「(レベル上がったらな。だから今は我慢しろ)」
しぶしぶだが撤退の了承を得たので中庭のゴーレムを倒しに行くとする。妹は名残惜しそうに何度も振り返るが、命あっての物種なので今は諦めてほしい。
途中、通路の脇にある小さな窓から中庭を覗いてみると……いたいた。ウッドゴーレムだ。
中庭は草が所々生えているが綺麗なものだ。誰かが草刈りしてるとかではなく、そういう地形なんだろう。そんな中にゴーレムが足を引きずるように佇(たたず)んでいる。大きさは2.5mほどだろうか。しかし手足は太く、重さは1トン近くあるだろう。
持ってきた双眼鏡でゴーレムを観察する。
「背中に石が刺さってるけど……あれが核だよね」
非常にゆっくりにしか動いていないので強さを過小評価しそうになるが、あいつの怖い所はパワーだ。
「そうだ。あいつの攻撃は重いから受けるなよ。全て躱すんだ」
「大丈夫、心配性だな~。ちゃっちゃとレベルあげちゃお~」
ゴーレムは全方位の生命感知タイプ(※3)のため一定距離に近づけばたとえ背後を取ろうと感知されてしまう。奇襲攻撃は不可能だ。
「最初は俺が引き付け役やるから、核は頼む」
「背中の核を取ればいいんだよね」
「取るのは強くなってからいつでもできる。ゴーレムの動きを見ながら壊すことを優先しろ」
いまいち分かってなさそうな気がするが……そんじゃやるとしますか。
武器を手に取りゴーレムに30mほどまで近づくとくるりとこちらの方を向いて、何かの大きなモーターが動いたような低い音が響き始める。車輪でも出てきそうな音だ。
「かかってこいデカブツ!」
ウッドゴーレムはモンスターレベルは9だが、初速が遅いせいで移動速度はスケルトンのほうが余程速く感じる。が、それも近づくまで。思ったよりもパンチのリーチ長く、しかも速い。
「うおぉっ。パンチ速えぇ!」
「これは貰ったぁぁ! ふんぬぉー!」
ウッドゴーレムのパンチを避けるにも一発ごとに大迫力の風切り音があるため肝が冷える。そんなパンチを連発してくることがあるため、一瞬たりとも気を抜けない。
片や妹のほうはカブを引き抜くようにゴーレムの背中に両足を付けて核を引っこ抜こうとするが、ガッチリ固定されているため引き抜けず、振り回されてしまう。
「武器をっ叩きつけてっ……うぉあぶねぇ……根元から折るんだよ! というか、壊せよっ!」
「だってぇ~もったいないでしょ~」
ウッドゴーレムの轟音パンチを避ける度に玉ヒュンのような嫌な感覚を味わう。汗も噴き出るがこれは冷や汗だ。お兄ちゃんとしては早くしてほしいよ。
それから1分ほどの時間を汗だくになりながらパンチを躱す時間が続く。ゴンッゴンッとゴーレムの核に小太刀の峰を何度も叩きつけやっと折ることに成功。ゴーレムはその場で崩れ落ちるように地面に倒れ、そのまま魔石になった。
ここのゴーレムはポップ間隔が短いためすぐに出現する。休憩するにも一度離れておいたほうがいい。
「はぁはぁ……おいっ、無理に取ろうとしてそんな時間掛けてたら……にーちゃんが死んじゃうだろうがっ!」
「でもこれみて~♪ いくらで売れるかな~♪」
手に持ったゴーレムの核を傾け眺めている、ご機嫌な様子の妹。いくら壊せと言ってもお宝を諦められないよう。仕方なく30秒だけ時間猶予を与え、それでも無理なら壊す方向で話を纏める。
「ぶ~ぶ~」
「ぶーぶーじゃない。お前にもレベル8になったら引き付け役やってもらうからな」
「え~しょうがないなぁ」
妹の能天気な頭に無性にチョップしたくなるが、ここで拗ねられても効率が悪くなるだけだ。そんなことを話していると、地面からにゅっと黒い霧が生えるように出現。クエストモンスターだからか、そこらのモンスターとは霧の出現の仕方が違うようだ。
初戦の高速パンチを躱すのに疲弊したためすぐには戦わず10分ほど休憩。2体目のゴーレムからはゴーレムの核を折るコツを掴んだのか30秒以内で核を引っこ抜き倒すことができた。とはいえ全力疾走するのと同じくらい疲れるので休憩は取らねばならない。
「鉈か手斧持ってきたら良かったな~。小太刀は斬るのはいいんだけど、折る方向に上手く力を乗せにくいんだよね」
スケルトン戦を考えても小太刀はダメだったか。今では妹もそれなりに力があるし手斧二刀流でも試させるか。
その後もたっぷり休憩を挟みつつウッドゴーレムを5体ほど倒したところで華乃のレベルが8になる。元々クエストモンスターなので経験値量は多く、その上、格上相手による経験値ボーナスも入るためレベルが上がるのも早い。
「やった~! じゃ次からは交互でやる?」
「はぁ……はぁ……にーちゃんはもう疲れちゃったよ……今日は帰ろう」
「えぇ~。じゃぁ明日またやろっか」
ゴーレムは二人で戦うなら確実に急所を狙えるため実に美味しい敵だった。ゲームの時もゴーレムは浅層でのレベル上げにおいて美味しい敵という情報が出回っていたが、その辺りのゲーム知識はこちらでも使えそうだ。
しかし妹のダンジョン順応力も思ったより高い。この分ならあと2カ月くらいでレベル15くらいまでいけそうか。普通に食事制限しながらレベル上げしていればダイエットにもなるし、気を引き締めて頑張ろう。
*・・*・・*・・*・・*・・*
本日の授業が終わり、ホームルームで連絡事項を淡々と説明している村井先生。どう考えてもこのEクラスには問題があるだろうと思うのだが、その事には全く触れず、気付く様子もないような態度で教室を後にする。
ホームルームが終わると同時にDクラスの何人かが教室に入ってきて部活の手伝いにクラスメイトの何人か連れて行こうとする。どうやら俺は雑魚認定されているようで、雑用目的にすら使えないと判断されて連れて行こうとはしない。それはラッキーなのか悲しむべきなのか。
まぁ今日も妹とゴーレム退治の予定だし、変に目を付けられて引っ張りまわされるよりはいいか。
「おい赤城よぉ、ぼーっとしてないで今日も手伝えや」
「……あ、あぁ……」
首根っこを掴まれて教室の外へ連れていかれる赤城君。どうみてもイジメだろうに、先生は見て見ぬふり。クラスメイト達もDクラスに反抗する気力を折られているためか、目を合わせようとする人すら少ない惨状だ。
Eクラス随一の実力者――と思われている――の赤城君を、一方的な蹂躙とも呼べる暴力でもって黙らせた刈谷。3年早くダンジョンに潜れたというアドバンテージは想像を超えるほどの差があるのだと理解させられ、Eクラス全体がどうしようもない暗鬱とした雰囲気に飲まれている。
現時点では俺が何言っても状況を変えられないだろう。もし何かをやるとしても刈谷の背後にいる輩をあぶり出すなりして、とっちめる他ない。刈谷はあくまで操り人形なのだから。直接的に指示しているのはBクラスを支配下に置いている”アイツ”なんだろうけど。
しかし連れていかれるときの赤城君の目は死んではいなかった。ダンジョンダイブで頑張って見返すつもりなのだろう。三条さんやカヲル、立木君もフォローに付いているしそこまで心配する必要もないのかもしれない。
Dクラスの何人かの生徒は赤城君を連れ去った後も我が物顔でEクラスに居座る。
「そういや俺の兄貴がカラーズの下部組織のパーティーに呼ばれてさ」
「カラーズの!? すっげぇ!」
「間仲君のお兄さん、“ソレル”のメンバーだったよね」
「すごーい!」
アイツは……確か校門で菊口さんを吹っ飛ばしたヤツだ。後々調べるつもりだったが、間仲というのか。覚えておこう。
その間仲が大声で雑談を始めたので耳をそばだててみると、カラーズ傘下のクランパーティーに参加できるとか。そして何人も大物冒険者も来るとか言っている。
カラーズといえば先日リッチを攻略しテレビ効果もあって人気上昇中のダンジョン攻略クランだが“ソレル”というクランはカラーズの二次団体のさらに下部、いわゆる三次団体の組織らしい。
たとえ三次団体でも有名クランの下部組織なら冒険者学校OBやそれなりに成功した冒険者が在籍しているようで、クランレベルはそこらの一般的なクランより余程高いと、間仲が身振り手振り話している。
カラーズのような最前線攻略クランはいきなり入れる訳ではなく、下部組織で強くなって活躍し名を上げていけば、より上位のクランへ移籍できるシステムを取っている。最上位クランに入りたければ、まずその下部組織に入ることが必要。例外として他の最上位クランから最上位クランへの移籍もあるようだが、ダンジョン攻略情報の流出が懸念されるため、攻略クラン同士の移籍は滅多にあることではないそうだ。
「田里さんもカラーズのメンバーもマジ凄かった~」
「俺も何度も録画見直してるわ。さっすが最強ジョブ【侍】だな」
「国から叙勲されるくらいのクラン作って活躍しないと【侍】にはなれないらしいぜ」
確かにカラーズのあの戦いでの気迫は凄かった。自分の全てを賭して挑んでいる姿は画面越しだというのに未だに強烈な印象を残している。一流の冒険者というものに憧れるのも分かるな。
冒険者学校の大部分の生徒は、第一志望が冒険者大学に行って官僚になることだ。冒険者大学に行けないなら次点として普通の大学に進学するというのが一般的だが、有名クランに行けるならそちらを望むという生徒も多い。下部組織であれど有名クラン関連の話は注目を集める話題なのだ。DクラスどころかEクラスの生徒達もそば耳を立てていることからも関心の高さが窺える。
俺は……大学は前の世界で行ったし、冒険者大学進学は考えていない。進学せず冒険者志望かな。そして強くなったら信頼できる仲間とクランを作ってみるのもいいかもしれない。ゲームと違ってこちらの世界ではどれくらい攻略していけるのかは分からないが、たとえフロアボス相手でも俺ならやりようはあるはずだ。
クランをどう作ろうかとかそんな青写真を考えつつ、Dクラスの教室へ行って簡単な掃除とゴミ捨てという名の雑用をそそくさと済ませて教室を後にする。向かう先は工房だ。ゴーレム対策に手斧をいくつかレンタルしたい。
レンタルできる武器はほとんどが鋼製だ。より硬いステンレスや軽いチタン製も一応レンタルは可能ではあるものの、学校の工房では加工が難しいせいか、そういった金属の武器は数も種類も少ない。工房側だってそんな加工のし難いモノを作るくらいならキレ味や耐久性を高めたダンジョン素材の武器を作ったほうがマシだろう。
とはいえ強いモンスターの爪や牙、魔法金属などダンジョン素材製の武器は、ネット通販やオークション、冒険者ギルドの売買所を見ても100万円以上するわけで、高価すぎてレンタルはできない。結局、工房に並ぶのは鋼製の武器ばかりになる。
10階前後のモンスターまでなら鋼製のレンタル武器でもいいが、その10階の到達がもう目の前に見えている。それ以上の武器が欲しいなら自分で買うなり材料を揃えるしかない。命が懸かっている以上は武器や防具に惜しまない方がいいのは分かっているが……高校生に金なんてある訳がなく、金策に迫られているというのが現状だ。
それでもいくつか金策手段は考えてある。その時になるまでじっくりと準備を整えておこう。
(※1)宝箱のレアリティー
宝箱の材質によりレアリティーがあり、木→銅→銀→金→ミスリル→オリハルコン→アダマンタイトの順で高くなる。通常、20階前後までの宝箱の材質は木製。
(※2)ネームドモンスター
ゲームワールドで一体しか出ないような特殊なモンスター。こういったモンスターはボス級の強さであることが多く、固有の名前が付いている。
(※3)生命感知タイプ
生命力を感知するタイプ。視覚には左右されないが、アンデッドのように生命力が無いものは感知できない。通常のモンスターは目でみえる範囲を感知する視覚感知タイプである。
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