第30話 ゴーレムの鼓動
落とし穴の底にあった横穴を奥へと行く。少し進むとボコボコした岩肌から石壁の通路に変わっていることから、ここが単なる横穴ではないと分かる。
真っ暗のため持ってきた懐中電灯を点ける。ひんやりとした風が奥からゆっくりと吹きつけてくるのでどこかと繋がっているのだろう。
そこからさらに数分も進まないうちに通路は高さ5mほどの回廊となった。壁にはいくつも棺桶が収っている。カタコンベのような地下墓所といえばいいか。少し進む度に回廊が何度も折れ曲がっている形状になっているため、気を付けていないと方角が分からなくなる。こういう時には腕端末のオートマップ機能が便利だ。
空気もより冷たくなってきた。パーカーを羽織り足音を響かせないよう慎重に歩いていると、数十m前方からカタカタという音が聞こえた。妹が息を潜め、物陰からこっそり顔を出して何がいるのかを確認する。
「(骨が動いてるよ)」
「(あぁ、スケルトンだ。俺に任せろ)」
スケルトンはその名の通り、骨だけの人型アンデッドモンスター。11層からはアンデッドが多いMAPになるので珍しくもないモンスターなのだが、DLC「ゴーレムの鼓動」により弱体バージョンのスケルトンがここ、7階にもでるようになった。
ヤツは骨だけなので小太刀の刺突攻撃は効果が薄く、大きめの剣を持っている俺がやったほうがいいだろう。まだこちらに気づいていない。反撃すら許さず一撃でスケルトンを沈めようと距離を詰める。
しかしスケルトンも広域の感知能力を持っているのか、真後ろにもかかわらず瞬時にこちらに気づき、予想以上の反応と初速でこちらに疾駆してくる。
互いの距離が急速に縮まり相打ちになりかけたため、一度スケルトンの袈裟懸けを剣で受けて切り返すように狙い変える……が思ったより攻撃は重く、手に衝撃が走る。
「ぐっ……おらぁっ!」
トゥキックであばらを何本か蹴り飛ばす。バランスを崩したところで頭蓋へ向けて力任せに剣を振り下ろすと頭蓋骨はバラバラとなる。一部の骨はカタカタと音を立てて振動していたものの、やがて動かなくなり魔石と化した。
安全靴の手加減なしトゥキックは結構な威力が出るな。
「ふぅ……思ったより速度とパワーがあったな……たしかモンスターレベル8だったか」
「スケルトンってあんな素早いんだ。骨だけなのにっ」
骨だけで身軽なせいかスケルトンの初動は早く、そのくせパワーもあるため、武器を受け止めたときの運動エネルギーは想像以上のものがあった。関節可動域を超えて攻撃を仕掛けてくるため人を相手取るのと違い、攻撃パターンも非常に読みにくい。魔力を使った感知能力も広く、魔力遮断スキルがない序盤では先手を取るのは難しいか。
ダンエクでもスケルトンは単なる雑魚モンスターとは見られていなかったが、実際に相手にするとモンスターレベル8とは思えないほどの強さを感じる。ゴーレム狩りのついでにスケルトンも狩ろうかと思っていたが、こんなのを複数を相手取るのは骨が折れそうなのでゴーレムだけに狙いを絞ったほうが良さそうだ。
魔力感知能力があるアンデッド相手と連戦するなら、魔力遮断スキルかアンデッド特効の武器を手に入れてからにしよう。
懐中電灯の灯りを頼りにゆっくりと確かめるように尚も進む。暗闇の中の移動には指向性のある懐中電灯は便利だが、戦闘時には広域を照らせるランプ型の照明も持っておいたほうが良いな。
スケルトン数体と交戦しつつ、カタコンベの回廊を道なりジグザグと歩き、ようやく上へと昇る階段を発見。モンスターがいないか音を立てず注意しながら上ると、礼拝堂のような場所に出る。
中の状態はかなり悪い。天井の一部が崩れ、支柱は何本か折れていて瓦礫が散乱。壁は内側も蔦が生い茂っている。祭壇のようなものの上には神を祀ったものはなく、ショーケースのような入れ物だけがある。聖遺物信仰だろうか。
その他には小部屋が2つほどあったがモンスターはいないようだ。
「それじゃ休憩タイムにするか。茣蓙を出してくれ」
「は~い」
ここまで長く歩いてきたので、物音には警戒はしながらも休憩にすることにした。華乃が茣蓙を敷いている間に、俺はリュックから水筒とお菓子を取り出す。ポテチの袋を開けると半分ほど砕けていた。スケルトンとの戦闘のせいか。次持ってくるときは砕けないお菓子にするとしよう。
スポーツドリンクをごくりと一飲みし、ほっと一息。
ここはすでにDLC「ゴーレムの鼓動」で追加されたエリア。つまりこの世界は、少なくとも転移前の状態と同じ最新DLCまで内包している世界だということが確定した。
カンストレベルは90。育成方針は物理か魔法かの特化型で育てるのではなく、万能型で強くなったほうが良いということか。
(実装されているであろうクエストアイテム、ユニークアイテム(※1)も早めに回収しておいたほうがいいか)
赤城君が手に入れた[スタティックソード]もそうだが、クエストアイテムは強力な効果が付いたものが多い。試しに俺も[スタティックソード]を入手できるかクエストを発生させようとしたものの失敗に終わった。こういったユニークアイテムは早い者勝ちとなるため他プレイヤーとの争奪戦になってしまうことも判明した。
(情報が手に入ったら入ったで考えることは多いな……)
妹のほうは礼拝堂に興味津々なようで、棒菓子を齧りながら祭壇や壁をフラフラと見て回っている。その様子をぼ~っと見ていたら、蔦が生い茂っていたほうの壁に何かを発見したのか、こっちに来いと手を振ってきた。
「ねぇねぇ。このウネウネした変な模様ってゲートだよね」
「……確かに、これはゲートだな」
蔦を刈り取って全体を見てみる。紛れもなくゲートの魔法陣だ。
通常、ゲート部屋は5の倍数の階に設置されているが、クエストやイベントがある階にも設置されていることもある。ここもそういった場所の1つなのだろう。
DLC「ゴーレムの鼓動」が実装されたときの俺はすでに上級者で、追加MAP探索も60階以上の深層の部分しか潜っていなかった。そのため7階の追加MAPはそれほど詳しくないのだ。ここに来るまで2時間近く掛かるので、見つけられたのはラッキーといえる。
「それじゃ一応魔力の登録をしておくか。華乃まで登録すると5階にいけなくなるし、俺だけのほうがいいかもな」
「うん、ママのパワーレベリングもしたいしね~」
荷物をリュックにしまいゲートの登録を終えてから外に出ると、朽ちた石造りの建物が周囲にいくつもある寂れた場所に出る。どれも緑の蔦や樹木に覆われていて、しばらくすれば崩れ落ちそうだ。
空は薄暗く、しかし歩く分には全く問題ないほどの光量はある。
「ここにゴーレムがでるの?」
「目的のゴーレムはもう少し先の建物の中に出るはずだ。それより付近のモンスターには注意しろよ」
ここは廃墟MAPで、ポップするモンスターはスケルトンのみだったと思うが、何せ記憶が曖昧。物理無効のゴーストやレイスはでないはずだが……見かけた場合は魔法攻撃手段がないため即逃げる決断をしなくてはならない。
「魔法って私も使えるようになるのかな」
「ジョブチェンジすればな。それ以外だと魔法が付与された武器を手に入れればダメージは通るぞ……って早速スケルトンのお出ましだ。一緒にやるか」
「挟み撃ちしよっ」
今度のスケルトンは剣と盾持ちだ。こちらを発見すると脇目も振らず猛ダッシュで迫ってくる。俺が最初の一撃を受け止めると同時に妹は背後に回り込み、盾を持ったほうの肘の関節に逆手で攻撃を加える。
「簡単に関節が外れるねっ」
「いいぞっ」
外れた関節の先が盾ごと地面に落ちる。バランスを崩したスケルトンは脅威と感じた妹の方へくるりと振り向き、剣を振り下ろそうとする――が、ガラ空きとなった背後に横薙ぎを入れて上半身を吹き飛ばす。
「まだカタカタと動いてるな」
「はいよっと」
間を詰めた妹がサッカーボールのように頭を蹴り飛ばすと動かなくなり魔石となった。
「華乃ちゃん……? なんだか凄い戦闘慣れしてるけど……どったの」
「そう? 時代劇を結構みてたからかな~」
時代劇の殺陣を見てれば戦闘技術が上がる……なんてある訳がない。いや、上がるかもしれないが、それは日ごろから鍛錬し研究している武術研究家の人だけだろう。まさか陰でこっそり研究していたのだろうか。そういえば最近、武術スクールに通ったとか言ってたっけ。
ちょこまかと動くのが好きなヤツだなとは思ってたが、お兄ちゃんビックリだよ。というかこの運動神経で見た目も可愛い女の子が、運動もダメで見た目もアレなブタオと実の兄妹だというのがビックリだ。
スケルトンと交戦しながら寂れた荒野を尚も南へ移動し続けると、なだらかな丘の上に一際大きな壁が見えてきた。高さが10m以上もある壁が、横方向にも100m以上続いている。丘の下からでは壁の中にある建物は一部しか見えない。あれが目的地の城塞だ。
設定としてはゴーレム研究をしていた城主に何かがあってこの一帯が滅んでしまい、そのままになっているという背景があったようななかったような。【機甲士】になるならこの城塞関連のクエストアイテムを集めなくてはならないが、生憎ゲームのときは【機甲士】に興味なかったので一度もやったことはない。
さて、中はどうなっているのか。
「でっかーい。砦? お城かな」
「城塞だな。あの中にゴーレムがポップするんだが、作戦を言うぞ」
この城塞にポップするゴーレムはウッドゴーレム。モンスターレベル9の中ボス的な存在だ。倒しても5分でポップするので独占できるならレベル上げにはもってこいのモンスターである。
普通に攻撃を与え続ければいずれ動かなくなるが、柔らかめの木でできているとはいえ驚異的な耐久力を誇る。そんなことをやっていたら倒すのに時間が掛かってしまうし体力も持たない。火属性攻撃があれば正面からでもいけるのだが今は除外だ。
「ゴーレムの核?」
「そこを攻撃して破壊すれば簡単に倒せる美味しいモンスターなんだよ」
ゴーレムには背中に水晶でできた核が埋まっている。核を壊さずに抜き取ると【機甲士】になるためのクエストアイテム、[ウッドゴーレムの核]が手に入る訳だが、当然難易度は高い。今のレベルでは無理することもないので壊す方向で行くと伝える。
ゴーレムの移動速度自体は遅いが旋回能力は高い。ソロではゴーレムの背後を取るのは難しいため無類の強敵になるが、二人ならどちらかが引き付ければもう一人はバックアタックができるため、カモともいえるモンスターに成り下がるのだ。
「取れたら売れるんだっけ?」
「10階の店でな。でも無理はするなよ、レベルが上がってからでも取りに来れる」
どうにも金目のモノに気を取られる悪い癖があるな……しかし俺も今は金欠。宝探しから始めるか。
「ゴーレムは後にして、先に宝箱を探し行くとするか。誰も来ていないなら城館内のどこかに1つあるはず」
「おぉ~! ど、どんなのが入ってるの?」
「それは開けてからのお楽しみ」
いつぞやのお宝ソングを口ずさみながら坂道を上り城館前へたどり着く。正面には巨大な扉が付いた玄関があり、すでに開いているので問題なく入る。中庭のような開けた場所の中央付近にゴーレムがいるので、そこには近づかず、まずは城館内へ。
平たい石を積み上げて作られた城館内の状態は一部の壁が崩れていたり木製の床が所々腐っていて穴が開いているものの、それほど悪い状態ではない。風通しがいいせいか空気も淀んではいない。何も嵌っていない窓は小さいため薄暗く、足元に気を付けながら廊下を奥へと進む。
「罠とかないの?」
「トラップは無い。罠付き宝箱がでるのも11階以降だから安心して開けていいぞ。ただ大きな音は立てないように注意しろよ」
「はぁ~い」
城館の中にもスケルトンがいたと思うので、できれば奇襲で倒していきたい。小部屋を探索しながら通路を進むと。
「(あっ、いたいた。スケルトン……2体)」
「(1体は奇襲で倒して、2体目は普通に倒すぞ)」
一定の巡回ルートを徘徊するタイプのようだ。スケルトンの魔力探知は壁越しにはできないため、1体目に角待ち奇襲を仕掛ける作戦でいく。
巡回ルートを見極めて角で待っているとカタカタと足跡の音が近づく。
「オラァッ!」
「もう1体も来たよっ!」
剣と盾をもったスケルトンの頭頂から一撃で叩き潰す。その音に気付いたもう1体のスケルトンが手斧を振り上げ猛ダッシュで走ってくる。
こちらも二人で攻撃を仕掛けようと角から飛び出すが、スケルトンは妹へ攻撃を仕掛けたため俺は背後へ回り込み切り返しを狙う……が斧で受け止めやがった。読まれてた?
攻撃ターゲットが俺に移ったのを見た妹がすかさず攻撃を仕掛ける。
「V字スラーッシュ!」
特撮番組の主人公が使うスキル名を叫びながら、両手に持った小太刀でVの字に振り下ろす。コココンッと小気味のいい音で何本かのアバラを吹き飛ばされたスケルトン。バランスが崩れたところを二人でタコ殴りにし、魔石となった。
通路の最奥には城主の部屋であろう豪奢な――朽ちかけてはいるが――扉がある。
「この先は城主の部屋だな……何かいるかもしれん」
「でもお宝ありそうじゃない?」
一応行ってみるか。
音を立てず扉をほんの少しだけ開き、中を覗く。今までの寂れた部屋とは違い、高そうな赤い絨毯に家具が見える。その奥に豪奢な肘掛け椅子に座ったスケルトンがいた。
「(あれは……レアモンスターだな……人間種のスケルトンではない?)」
今までのスケルトンは普通の人間種のスケルトンで、防具は装備しておらず剥き出しの骨のみ。モンスターレベルも8だった。ところがこいつは金属製のアーマーを着こんでいて、額から真っ直ぐの角が1本生えている。ダンエクではお馴染みの魔人や悪魔系ではない。何の種族だろうか。
モンスターレベルも8より上だろう。戦うのはまずいな。
「(おにぃ! あのスケルトンの足元っ!)」
足元にはレリーフ模様が描かれた金属製の宝箱があった。
(※1)ユニークアイテム
ゲームのワールドで1個しかないアイテム。クエストで手に入れる場合、そのクエストは1回しか発生しないため早い者勝ちとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。