第150話 着せ替え人形

 自分の部屋なので断りの必要もなく入っていく。

 行先を間違えたのかと心配になるが、廊下で止まっているわけにもいかないので続けて入った。

 殿下は手前のソファーに腰深く座る。

 そして息で求めていたのかと思うほどに、深い深いため息を吐いた。



「つっ…………かれた……」

「お疲れ様です」



 とりあえず入った扉の近くで、そう声をかけた。

 上半身さえもずり落ちて、気だるげな眼でこちらを見てくる。

 手で「こっちこい」「そっち座れ」と合図され、言われたとおりに向かい側に座った。



「あの」

「まあ、ちょっと休憩だ。兄上との会話は緊張して疲れる」

「殿下も緊張するんですね」

「あの人の前で変なこと言うと良い様に使われてしまうからな」



 両膝に両肘を乗せて、頭を下げる。

 背を丸めて疲労の塊がのしかかっているようだ。

 ただ座って何もできず、さてどうしようかと思っていたところ。

 自発的に頭が上がった。



「それはそうと」

「あ、はい」

「今回の舞踏会について話そうと思う」



 話し終えてから衣裳部屋に案内する、と。

 今更ながら、王様が亡くなったのは紛れもない事実。

 三兄弟含め、宰相や偉い人たちが奔走し、情報規制や必要な手続きに追われていたそう。

 勝手な想像で王様がそんなに何かに関わっていたとは思えないのだが、それでもこの国の一番上の人だ。

 名前だけでも十分な効力を持っている。

 なるべく秘密裏に色々と手続していたそうで、まあ大変だろうなと想像がつく。



「シオンは元気ですか?」

「疲れてはいるが、体調は崩していないと思うぞ。学校には間に合うだろう」



 長期休みになってからほとんど会っていなかったのだが、元気ならよかった。

 子どもとは言え、この国の第三王子。

 一般の子どもよりも責任を負うことは多いだろう。

 この世界では貴族がいるから、近い立場の人たちはいるだろうが。



「それでだ」

「はい」

「招待予定の貴族はゼの王族関係者、ウとドゥの貴族の極一部だ。仮面舞踏会だから招待客自体は覚える必要はないんだがな。おそらくだが、ヒスイの同級生のロアは来るだろう」

「じゃあ会ってしまうかもしれないんですね」

「正体の指摘はしないというルールだから、まさかないとは思うんだがな。一応、見かけたら距離をとった方が良いだろう」



 ドゥはロタエさんの位。

 ウはロアさんとマリーさんの位だ。

 ロタエさんはともかく、同級生二人は私が参列していることに気が付いたら疑問に思うはずだ。

 『間抜け』だし。

 ロアさんに至っては『寄生虫』と蔑む相手が自身と同じ場に『間抜け』がいるなんて……見つかったら吠えてきそうだ。



「正体を隠しているとはいっても、相手は貴族ばかりだ。マナーについては?」

「お城で生活させていただいたときに。ですが自信はないです……」

「じゃあそれについても対応しよう。兄上の招待客という立場であるし、やっておいて損はないしな」

「うわあ、ありがとうございます」

「うわあって」



 軽い笑い声が部屋に響いて、少し安心した。

 落ち込んだ空気は微弱ながらも晴れたようだ。



「じゃあ、行こうか。衣裳部屋に案内する」



 重さの消えた腰を上げ、歩き出したと思ったら手を差し出される。

 察しはついたが、今までにされたことがない動作に一瞬体が怯む。

 ちらりと手の差出人を見ると、裏なんてない春の陽気のような笑顔で、ただただ私のことを待っていた。



「……っ」



 息を飲み、手に手を重ねる。

 優しく握られ、体が引き上げられる。

 勢いはなく、自然と両足に体重が乗って、いつの間にか立っていた。



「ヒスイには何色が似合うかな」

「え」



 殿下が選ぶの?

 妙にわくわくした背中を見ながら、お城の中を移動した。

 衣裳部屋と案内されたそこは、部屋の四辺は一か所を除いて全てクローゼット。

 限られた一か所は姿見となっている、まさに衣装を決めるための部屋。

 メイドさんと、淑女が一人。



「髪がグリーンならばイエロー系がお勧めです」

「淡い色が良いと思う。そうだな。クリーム、ライトブルー、パープル、イエローグリーンはどうだ」

「悩ましいですね。着てみていただきましょうか」

「となると、とりあえず……六着だな」

「着替えている間にアクセサリーや髪型などを。普段下ろされているのでしたらアップにするのも印象が変わってよろしいかと」

「む。見たい。が、肌の露出が増えるのはなあ」

「あらあら」



 ここでは『着せ替え人形』に徹することになった。

 コルセットなんてものを初めて付けたけど、あれ付けたまま立ち話とか食事とかしてるのは苦行だと思う。

 逆転の発想であれ付けてればダイエットになるかな。

 ……体に悪いかな。

 結局十着以上のドレスを着て、しかし決まらず、また後日となった。

 仮面舞踏会自体が三日後。猶予という猶予はない。

 明日は今日の続きのドレス選びと小物合わせ。

 それとマナー講座。

 お城と寮は近いとはいえ、通うのは足が重かった。

 行きは精神的に、帰りは肉体的に。

 すでに長期休暇の最終週。

 遊べなくなってしまったことをライラさんに謝罪し、ナオさんが帰ってきていないことを聞いた。

 連絡は来ているそうなのでそこまでの心配はしていないと。

 予定通り、休みのうちには帰ると言っていると。

 傷心旅行のようなものだろうか。

 そして、仮面舞踏会の当日。

 準備を終えた。

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