第149話 ご案内
王様が亡くなったという話を聞いてから、初めてお城に入った。
物々しい雰囲気の中、第一王子であるカト殿下からもらった案内状を手に、案内役の兵士さんの後ろを身を縮こませて着いて行く。
今までお城に行くときはカミルさんやアオイさんやロタエさんがいてくれたけど、全く知らない人とというのは初めてで緊張する。
案内されていく場所のおおよその予想を片隅に、慣れない景色を見ながら歩く。
早く着いてほしいような。着いてほしくないような……。
フクザツ。
「こちらです」
「あ、ありがとうございます……」
歩くたびにガシャガシャと重そうな音を立てる甲冑を着て、こちらに見向きもせず言い放つ。
あまり歓迎はされていないような対応。
まあ、それはそれでいいけれど。
ドアをノックすると、聞き覚えのある声が入室を許可してくれた。
「失礼いたします」
「失礼、します」
「やあ、来たね。『五番』の『ヒスイ』くん」
執務用の机だろうか、両手を空で頬杖を突き、知っている人と似た笑顔をこちらに向けてくる。
敵意はないような、そんな、甘く酔いそうな雰囲気。
むしろ危険だと、頭の中がチカチカと警告を光らせているような感覚がする。
扉の正面にカト殿下。
その横にずれた位置に、コウ殿下がいる。
ソファーを挟んだ位置で、私は扉の前から動かないでいる。
「案内ご苦労。下がっていいよ。では早速、話をしようか」
兵士は一礼して扉を閉めて行った。
手招きされた私はソファー、を素通りし、カト様の目の前までゆっくり進む。
足は鉛のように重い。
横に据えたままのコウ殿下は、目つきを鋭くして、私ではなくカト殿下を見ているようだ。
「これを」
「……これは……」
「招待状だよ」
「招待状……」
復唱してばかりな私はまさに『人形』だろう。
しかし、それしかできないほどに何のことだかわからない。
察しの悪い『人形』。
廃棄処分でもされるだろうか。
開けて読めと促され、封を開ける。
封筒よりも一回り小さい招待カードが入っているだけの、シンプルなモノ。
片面には『ヒスイ』という宛名。
裏面には、場所と、注意事項。
「『仮面舞踏会』、ですか」
「そうだ。それと書いてある通り、他言をしてはいけないよ」
ここに来るきっかけとなった案内状にも、『仮面舞踏会』と書かれていた。
何のことやらと思ったが、本当にやるようだ。
目が文字に釘付けになる。
王様である父が亡くなったのに、なぜこの人はにこやかに、華やかなパーティーを開こうと言うのか。
「なぜ舞踏会を開くのか、という質問についてだけど」
「っ」
「陛下が亡くなったことを伝えるためだよ」
心の内を読まれたかのようなタイミングに、身の毛がよだつ。
鳥肌が立つ。
寒気がする。
長所だと言い張るように表情には現れていないのが幸いだ。
「亡くなったことを告げるのは慎重さが必要だ。国民の不安を煽らないよう、かつ他国へ油断を見せないように。だから最初は信用のできる者たちにだけ打ち明ける。仮面舞踏会にすることによって、パーティーの後も他言しにくいようにするんだよ」
偏見だろうか。
懇切丁寧に教えてくれているようで、頭の足りない『人形』にも理解できるように話されている。
でもおかげでよくわかった。
お互いも不明瞭な状況で信用できる人にだけ告げて、他言を防ぐということと。
打ち明けられた人は、これから振られる仕事が王様がいない前提で振られているものだと理解して動くことができる。
王様が亡くなった事実を知らない人間と差をつけることで、優越感を与える。
出世欲がある人間ならば張り切るだろう。
王政が変わる。
それは人事の変動が起こる可能性も大いにある事態だ。
カト殿下のらしい人だ。
「君はパーティーにふさわしい洋装などは持っていないかと思ってね。君のことは国が管理しているし、城のもので見繕うと良い」
「兄上」
「ご配慮いただき、感謝いたします」
コウ殿下の言葉に被せるよう、大きめの声を上げた。
カト殿下の『人形』扱いも何度目かだ。
耐性も少しならできてきている。
むしろお城にっ来た時点で心構えのようなものは出来ていた。
以前のように不意打ちでなければ、まだ、大丈夫。
頬杖をついた手を解き、背もたれに寄りかかる。
満足そうに大きく頷いて、目を横に振った。
「じゃあコウ、案内してあげてくれるかな」
「……承知しました」
「お手数おかけします」
ようやくこの部屋から出られる。
その気持ちを察してか、コウ殿下はすぐさま扉の方に向かう。
私も後を追う。
「失礼いたします」
「失礼します」
「しっかり着飾っておいで」
横並びに一礼する。
その場から動かず手を振るだけの次期王様候補様は、後ろの窓から日の光に照らされ、群青の髪を輝かせていた。
扉を閉めてからも、そそくさと移動する。
足早に、またどこへ向かっているのかもわからず。
今日はまだ会話もしていないコウ殿下の後ろ姿は、少し疲れているようにも見える。
父親が亡くなったからか、国の内政的なことか。
任務をしていた頃とそう日数は経っていないのに、声をかけるに掛けれない。
靴音だけ響く中で向かった先は、見慣れた部屋。
コウ殿下の部屋だった。
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