第92話 あなたは何しにここへ
その後は、採取した分の草を提出して、キャンプの準備をして、夜を明かす。
火おこしや水汲みなんかは魔法で苦労なくすんじゃうけど、料理についてはスゴカッタ。
経験者・未経験者というより、得手・不得手というより、可能・不可能と表現するべきか。
一部の貴族同士のグループに関しては、魔物でも作ったのかと思うぐらいすごいものが出来上がっていた。
レシピが知りたい。
私たちのグループは、私とセンさんで貴族の四人をフォローした。
マリーさんに包丁を持たせたらダメだ。
夕飯後の、焚火を囲んでの一時。
「ライラさんとナオさんも貴族なんですね」
「く、位は、一番下なんだけど、ね」
「あら。でもク・フロロのお名前なら私も存じ上げていましたわよ」
『フロロ』というのが、ライラさんとナオさんの家名。
『ク』というのは、殿下やシオンの『ゼ』を筆頭とする五大階級のうちの一番下。
基本、王族の『ゼ』は上がり下がりはないから、王族以外の貴族は四大階級。
功績によってそれらは変わる。
ちなみに。
四大階級の中で一番の高位は、マリーさんやロアさんの『ウ』。
次点がロタエさんの『ドゥ』。
その下に『レ』がいて、最後がライラさんとナオさんの『ク』となる。
「センさんは一般の人なんですね」
「そー。俺はアーマタスから来たの。こんな細腕に武術なんて務まるわけないってぇ。痛いの嫌だし」
腕まくりをして、ひょこりともしない上腕二頭筋を見せてくる。
確かに細い。
「女の人もいたけど、みんなガチムチばっかでさー。そんなのつまらないじゃん? 導師って提案もされたけど、それなら魔法全般学べて可愛い子が多そうなこっちに行きたいって言ったら、追い出されちった」
「……え、じゃあ、一人で来たんですか?」
「そーなんだよー。寮があってよかった。最低限の物しか持たせてくれなくてさー」
終始軽く、最後には「鬼だよねー」と言っているが、なかなか壮絶そうな話だった。
着の身着のままでないだけよかっただろうが、そういう世界もあるんだな、と、作り物を聞いているような気分。
―― 気の身さえなかった奴の話をしたらどういう反応するかな。
……さあ?
今は話せないけど、いつか話す時が来るだろうか。
その時が来たとしたら、私はどんな顔で話しているんだろう。
内側から聞こえる声を聞こえなかったふりをして、囲んでいた焚火をぼーっと眺る。
クラスの大人数がお風呂に行っていて、人は少なく、静か。
私は髪が長すぎて時間がかかるため、人が少なくなったころ合いを見計らってゆっくり入ろうとタイミングをずらしている。
横になったら寝てしまうかな、という一抹の不安を火の中にくべて、夜空を見上げる。
町の光がないし、空気も綺麗だから、星が良く見える。
火もいいけど星もいいな。
と、半分黄昏ていた時。
目の前を何かが覆い被さり、夜空が見えなくなってしまった。
「っ」
「ここで寝たら風邪ひいちゃうよ」
「……ん?」
目の前だけでなく、体全体を覆っていた毛布をずらす。
いつからそこにいたのか、横には火に照らされている赤い髪の人。
「こんばんは。いい夜だね」
「アオイさん……?」
大の大人が体育座りをして、頬杖をついて笑顔を向けている。
人懐っこい笑顔は赤い髪から透ける火の光に照らされて、大人の色香を燻らせる。
体を起こし、顔をじっと見つめてみた。
なぜここにいるのか、なんて疑問は、わざわざ問うまでもない。
「この遠足の恒例行事で来たんだよ」
「恒例行事? 討伐系任務のことですか?」
「そう。ギルドと城の魔術師も参加して、生徒にいい所を見せようっていう恒例行事」
勧誘を兼ねているのだとか。
四年生となれば、早い子ならば将来的な方針を決める時期でもあるそうで。
貴族の子なんかは特に早いらしい。
そのため、学外演習のようにギルドの任務を実施し、ギルドの人間と城の魔術師がそれとなくいいところを見せて、優秀な人材を引き入れようということらしい。
現段階で直接声をかけることはマナー違反とのこと。
「私に声かけていいんですか?」
「ヒスイちゃんは特別だよー。それに、聞きたいこともあるんだよね」
ニコニコ、ニコニコと。
今ほど裏があるとわかる笑顔もそうそう見られないだろう。
それでも特別嫌な感じがしないのは、お世話になった相手で、いい人だと知っているからだと思う。
「大穴のことですか? 『同行者』のことですか」
「優秀。両方だよ」
「大穴のことは私はあまり知らないんです。直接見てもないので。私の身長よりも大きいということぐらいしか……」
「スグサ殿はどうかな? 何か言ってない?」
―― 森に入った瞬間から異様な気配はあった。って言っとけ。
「「森に入った瞬間から異様な気配はあった」、らしいです」
「ありがとう。そうか、やっぱり……」
大穴の件は、もしかしたら目星はついているのだろうか。
私やスグサさんに聞きに来たのは、裏付けか念押し?
焚火を見つめるようで、どこか違うところを見ている桃色の瞳は、不思議な力強さを秘めている。
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