第91話 戻ってきたのは誰

 早く過ぎてほしくない時ほど、時間というのは駆け足で去って行ってしまう。

 あっという間の二分半はとうに過ぎ、倍の五分、三人と別れてから十分以上経ってしまった。

 辺りは鬱蒼とし始め、日の光が届きにくい。

 動物の声が怪しく響き、二の足を踏ませてくる。



「……これ以上はダメだな。暗すぎる」

「では、戻りますか?」



 戻りたくはない。

 その気持ちは全員持っている。

 だからこそ、言葉も出なければ足も出ない。

 そんな私たちには福音か凶報か。

 私たちの真横、森の奥側から、草を踏み分ける何かが近づいてくる。



「あー、よかった。いたー」

「お、おい!」



 大きなため息とともに間の抜ける声を発しながら、センさんが姿を現す。

 その姿からは安心や無事とは想像しにくいほど、紺色のジャージは茶色く汚れている。

 姿を見て即座に反応したシオンが駆け寄り、後に続いて私もマリーさんも走る。

 汚れてはいるが、歩けてはいたし、汚れがひどいだけで大きな怪我はなさそうだ。



「何があった!?」

「いやー、ずんずん進んでいったらまさかの穴に落ちちゃって焦った焦ったー。俺が土属性持ってなかったら下まで落ちてたよー」

「穴、ですか?」

「結構でかかったよ。ヒスイっちが横になっても余裕で落ちるぐらい。あ、シオン様も落ちるね」

「軽口は相変わらずだなオイ」



 私が横になっても、ということは二メーター近く大きい穴か。

 なんでそんなものがこんな森の中にあるのか、というのも気になる。

 だが、それよりも気になることもある。



「あの、ライラさんとナオさんは一緒じゃありませんの?」



 二人の姿が見えない。

 センさんだけが無事で戻ってきたのか。

 じゃあ二人は、と悪い予想が脳裏をよぎる。

 二メートルもする穴、普通ではないと考えるのが普通だろう。

 この世界の人間のセンが「でかい」と表現するんだから。

 ただの穴ならば良い。

 だけどそれを証明するものはない。

 むしろ、今回のたった一つの討伐任務では、その魔物は穴を掘る習性がある。

 マリーさんの問いかけに、センさんは目を丸くする。



「え、いないの?」






 ―――――……






 森から抜けた私たちは、先生の姿を一目散に探し、見つけた。

 が、先生もまた、私たちを探していた。



「お前らは何やってんだ!!」



 まるで鬼のような形相の先生に睨まれ、怒鳴られ、立ち竦む。

 それよりもと口を開きたくなる気持ちを、鼓膜を揺らす涙声が制してくる。



「みんなああああ、ごめんねええええええ」

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」



 薄紫の頭は天に泣き、臙脂色の頭は素早い動きで上下する。

 実は先に戻ってきていた双子は、私たちの姿がないと先生に知らせに行き、先生たちは私たちを探しに行こうとしたところだったという。

 絶妙なすれ違いが起きそうになっていた。

 先生たちが出発する前に会えたからセーフ。



「俺がどうなってもいいのか!」



 ……その台詞を二度も聞くと思わなかったよ。



「もう聞き飽きたよその台詞。それよりも先生」



 シオンからしたら二度目なんて序の口のようだ。

 口を開いた流れで、シオンが森の奥の大穴について簡単に説明し、センも実際に見たものとして状況を伝える。

 先生は怒りはどこへやら、真剣な表情で耳を傾ける。



「その話ならナオからも聞いている。だがそれは明日になってからだ」



 話は強制的に終わってしまい、「服洗って来い」という指示のもと、小さな川に来た。

 そこで、二人と四人の行動を確認しあった。

 無我夢中で進んでいたライラさんと、懸命に追っていたナオさんは二人して大穴に落ちそうになった。

 しかしすぐ後ろで追っていたセンさんが、自身の土魔法を使って落下を阻止。

 その代わり急に使った代償として、土を被ってしまったそうだ。

 落ちかけたことで冷静になったらライラさんたちは、周囲の変化に気付き、戻ることを決めた。

 センさんは私たちと居るだろうと、進んできた方へ逆走しようと歩き出した。

 その後ろでライラさんとナオさんは、センさんと違う方向に進み始めたという。



「えーなんでー?」

「えと、なんとなく……あ、人がいたから、付いて行った……」

「声かけてくれればよかったのにー」

「呼んだんだけど……」



 大穴があった場所は結構深い場所だと思っていたが、そのあたりにまだ人がいたのか、という疑問が残ったが。

 何かを隠す様子に、クラスメイトや仲のいい人たちがいる今この場で聞く気にはなれず、聞き流した。



「先生たちは、大穴のことを聞いてどうされると仰ったんですか?」

「ギルドに確認するって言ってたよー!」

「あはは、ライラっちの目ぇ真っ赤ー」

「腫れてるぞ。ひでー顔」

「んもー! 見ないでー!」



 すっかり泣き止んだライラさんの目はもったりしていて、どれだけ泣いたのかを物語っている。

 しかし、すっかり元通りに近く元気な様子は、森と大穴の恐怖を和らげてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る