第33話 お邪魔します

 本当はこうなることも予想はできていたし、馬車を使う案もあるにはあったのだが。

 それらが却下になったのは、私の立場の問題だった。

 私の存在は具体的に周知はされておらず、むしろ隠している。

 私が自由に動くことを良しとしない研究者たちも城に出入りするから、大っぴらには行動できない。

 そうなると乗り物を使うことは必然になしとなった。

 だから、最近は机仕事が多いと言うカミルさんに同行してもらい、そう遠くはない距離を歩いて移動していたのだが……。



「ここまでとは……」

「私もびっくりです……」



 「少し休もう」と校内に入ることを促される。

 こんな道中じゃあ人目につくし、そうしてもらえたらと受け入れた。



「じゃあ、私はここで」

「ああ。ご苦労」

「カミルさん、ありがとうございました。気を遣わせてしまってすみませんでした」



 体調が悪くなっていっていることに、カミルさんは気付いていたと思う。

 何度も振り返ってくれたのはそういうことだろう。

 それでも強がって、意地を張って、結果こんなにも心配させては、せっかく案内してくれたのが申し訳なかった。


 息が……胸が、苦しい。


 カミルさんは包帯を巻いていない方を私の方に向けて、頭に乗せた。

 そのままクシャクシャと撫でる。



「ヒスイは気にしすぎる性格のようだな。もう少し力を抜け。疲れるぞ」



 相変わらず表情の変化は、私にはわからない。

 声の高さや喋り方も、普段とそう変わらないと思う。

 それでも伝わってくる優しさが、申し訳なさで詰まりかけていた胸が、ふわっと広がったような感覚。

 ああ、この人も、なんて優しいんだろう。

 大きく無骨な手が離れて、頭が軽くなる。



「体調不良者の頭を揺するな」

「あ、すまん」



 そんなこと、全然気にならなかった。

 主従関係なのにどこか緩い関係性の二人に、また呼吸を楽にしてもらって、カミルさんは城に、殿下と私は校舎に向かって行った。

 校舎に入って、教室を何部屋か通り過ぎたところで、『自習室①』とプレートが掛けられた部屋に入る。

 机と椅子の組み合わせがいくつかある。

 座学のための部屋のようで、そんなに広くはない。



「ここで少し待っていてくれ。目の前の職員室に行って外部関係者用の札をもらってくる」

「わかりました」



 椅子にも座らず、殿下は部屋を出た。

 私は近くの椅子に座り、フードを取って、通るようになった息を吐く。

 壁は真っ白。机は茶色。そして大きな窓。

 一階に位置するその窓は、校庭と木と、青い空までを写し、太陽の光がキラキラと輝いて美しく彩っている。

 空調の効いた部屋は心地よく、見知った人に会えた安心感が動悸も冷や汗も落ち着けてくれた。


 コンコン、コン


 殿下が出て行ってからそう時間はかからず、また扉が開く音がする。



「ヒスイ」

「あ、おかえりなさ、い」

「こんにちは」



 背を向けていた扉の方を振り返って、いつも通りな感じで声をかければ、扉を開けた殿下の後ろから女性が顔を出す。

 低めの身長で、人当たりの良い笑顔をこちらに向ける、その人。

 歳は五十代ぐらいだろうか。

 知らない人を目の前に話すのは久しぶりで、思わず身体が固まってしまった。

 気付いた頃には女性は殿下を通り越して私の目の前に立っている。

 急いで椅子から立ち上がり、頭を下げる。



「は、初めましてっ、おおおおじゃましてますっ」



 ぐらっ


 いきなり立って、いきなり頭を下げたのが悪かった。

 目眩がして身体がグラつく。

 倒れるほどではなかったが、明らかにふらついてしまった。



「あらあら、いいのよ、体調崩してるのでしょう。座って座って」

「すみません……」



 大人しく今まで使っていた椅子に座りなおす。

 改めて女性の顔を見ると、にっこりと微笑んでくれた。

 保母さんとか、教育者とか、まさにそんな感じの安心感のある笑顔だ。

 白髪の混ざった髪を、後ろで低い位置にお団子にして、全体的に小さい印象。

 座っている私と立っている女性だが、顎を少し上げるだけで目線が合う。



「わたくしはコウ君の担任のクザです。外部者に許可証をお渡しする時はお顔を拝見しなければならないの。はいこれ。首にかけて見えるようにしておいてね」

「ありがとうございます」



 『入校許可証』と書かれた札を受け取る。

 太めの紐がつけられたそれを首からかけて、ちょうど胸元の高さに調整した。

 クザ先生から「それで大丈夫」とお墨付きをもらって、話を続ける。



「コウ君からあなたのお話は聞きました」

「え……話って……」

「別の世界から来たことと、スグサ・ロッドの体であることだ」



 口振りからは、スグサさんの記憶がある? いる? ことは言ってはなさそう。

 でもそこまで話してしまって良いのだろうか。

 自分のことだけど、相当重要な機密だと思うのだが……。

 城でも一握りの人しか知らないことだし。

 黙ってしまった私から考えていることを悟ったのか、クザ先生はお淑やかに笑う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る