第32話 あっちとこっちとそっち
「スグサさん」
スグサさんがこうして話に割り込んでくることは珍しい。
カミルさんじゃない人との会話でも割り込むことはほとんどない。
私が一人でいるときに魔法の使い方とか雑談をするぐらいだった。
「すみません、少しいいですか」
「ああ。気にするな」
カミルさんに断ってから、目を閉じる。
スグサさんと話をするときは大体の場合は意識下に入る。
顔を合わせながら話そう、というスグサさんの提案だった。
今ではもう見慣れた、お馴染みの灰色の空間。
スグサさんは腕組して仁王立ちしていた。
そうは言っても怒っている表情ではなく、普段通りのニヤッとした顔だ。
「こんにちは」
「おう。てことで本題だが」
組んでいた腕の片方を垂直にして、指を一本立てる。
指先の少し浮いたところに、黒縁の眼鏡がどこからか出てきた。
「この城の保管庫に、こういう眼鏡がある。『透視』の魔法が込められてる」
「≪透視≫って違法だって聞きましたけど……」
「この眼鏡は私様に合わせてある。つまり一般人には使えないほどに魔力の消費が激しいものだ。だから一見普通の眼鏡なんだよ」
うーん。質問と回答があっていない気もするけど……。
おそらくは盗用の心配はなく、怪しまれて調べられても、かけた魔法がわからなきゃバレにくい。
つまり問題にはなりにくいということだろうか。
何度か話をしてわかったのが、スグサさんは黒やグレーゾーンなことも『バレなきゃ良し=白』というスタンスをとっている。
そうでないとできない研究もあったらしい。
どんな研究かは教えてくれなかった。
「使用者の意図に合わせて透視する。お前に知識があるなら、それが反映される」
「わかりました。聞いてみます。ありがとうございます」
必要なことだけ話して、意識を外の世界に戻す。
ゆっくり目を開けると、隣から静かにこちらを向いていたカミルさんと目が合った。
「え、と。……戻りました?」
「ああ。おかえり」
淡々としている。
見つめられていて少し驚いてしまったが、もちろんのことだが他意はなさそうだ。
「途中にすみませんでした。もう一度巻きますね」
「すまん。頼む」
「いいえ。巻きながら聞きたいことがあるんですけど……」
スグサさんから聞いた話を、そのままカミルさんにも話した。
カミルさんは眼鏡のことは知らなかった。
だけど今は寮に移った殿下と会った時に、眼鏡があるかどうか、使っていいかを聞いてくれるということになった。
「じゃあ、確認したら知らせる」
「ありがとうございます」
「俺の方こそ、包帯ありがとうな」
カミルさんは持ってきた荷物を持ち、部屋を出て行った。
私はというと、快晴の空を見上げて、思い出した記憶を辿る。
私は誰かと話をしていて、人と会って、一定時間を過ごした後にまた別の人のところに行く。
それを繰り返していた。
人と会ってからやることは、体調の確認と、あとは似たことだったり、全く違うことだったり。
確かなことは、医療の知識があったということ。包帯の巻き方もその一つ。
「この世界で……役に立つのかな……」
医学が発展していないこの世界だからこそ、伸び代があるか、衰退するかがわからない。
ある程度の知識がある環境ならば汎用性もあったかもしれないが……。
でも悪い内容ではない。
何かの役には立つかもしれない。ノートにでも書き留めておこうかな。
―――――……
数日後。
未だに手首に包帯を巻いているカミルさんの案内の元、城とは違う大きい建物に向かって歩いている。
外を歩くのは初めてで緊張し、あまり周囲を見て歩けない。
フードを被っているから怪しまれているかも。
目があって何か言われたら冷静に対応できるかわからない。
たまに振り返って体調を聞いてくれるカミルさんには強がって見せたが、上げられない目線は前を歩くカミルさんの足元で、ぐらぐらと揺れる地面に酔いそうになる。
ただ歩いているだけなのに、やたらと息が上がる。
動悸もする。
指先が冷えてきた。
変な汗もかいている。
頭がひんやりしてきた。
視界が、白っぽくなる。
……やばい気がする……。
「ヒスイ」
体に浮遊感を感じた時、私の名前を呼ばれて、足が地に戻った。
顔を上げると学生服を着た殿下が目の前にいて、目を合わせた瞬間にギョッとされる。
周辺を見てなければ目的地まであとどれくらいかなんてわからず、当然、もうすぐ目の前だったのだと言うこともわからなかった。
「顔色が悪い。やはり無理をさせたか……」
「いえ……少し休めば大丈夫です」
殿下が肩を貸してくれようとするが、丁重にお断りした。
その場でゆっくり屈伸する。なぜ屈伸したかはわからない。
体が動いただけ。
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