第29話 この世界での『ヒスイ』
スグサさんと話をして、夕飯を食べて、いつも以上に疲れている体をベッドに横たえる。
高すぎる天井をオレンジ色の室内灯が照らしていて、細やかでお洒落な花のデザインが影を作って天井を彩る。
「ふぅ……」
漏れ出た溜息は一日が終わったことと、今日一日で起こったことの多さと、体の疲労具合を表していた。
まさかウロロスが私……というかスグサさんを探して暴れて、スグサさんと私が入れ替わって、殿下たちと戦うことになるとは思わなかったな。
ここまで疲れたのは、この世界に来て初めてのことだ。
最初に意識を取り戻した時はむしろ眠れなかったし、その後も本を読んで過ごすことが多かった。
人と接することもほとんどなくて、今ではもうお馴染みの人たちがいろんなことをやってくれていた。
たぶんここで知らない人が間に入っていたら、それはそれで気疲れしてしまっていたと思う。
そう考えると、本当に殿下たちは私に良くしてくれている。
今後もお世話になることだろう。
遠慮できるところはしたいが、したところで何もできないし、そんなことは皆わかっているだろう。
それなら向こうが提案してくれること……ひいてもらったレールを文句言わずに歩いたほうが、皆の手間はかからないかもしれない。
ごろんと体の向きを変え、視界は窓を映す。
夜空は晴れていて、空気が澄んでいるのか星が良く見える。
星座なんてものがこの世界にあるかはわからないが、少なくとも私が星座の名前を思い出すことはなかった。
スグサさんから出された課題を思い出す。
いつまでの期間はない。
やり方とやることだけが決まっている状態。
だから、少しずつ知っていこう。
『知る』ことが私のまずやるべきことだ。
図書館に通って、魔法を学んで、この世界を知ろう。
『普通』とは違う私が、ここにいられるように。
『兵器』とされた私が、私でいられるように。
この世界で過ごしていくために。
―――――……
ヒスイについて少し整理しよう。
まず、私様の体にう宿った『ヒスイ』という魂は、私様の体に召喚された、云わば『異質』なもの。
それでも体を使うことに支障はなく、拒絶反応と言ったものも今のところ現れていない。
ヒスイが見ている風景、聞いている物音、匂い、味、触れたものなど、五感に関わるものはすべて共有できている。
しかし思案した内容についてはすべて共有されるわけではなさそうだ。
相手を意識していれば会話することは可能。
言わば自問自答。そうでなければただの独り言になる。
プライバシー的なものは守られるわけだ。
ヒスイからしたら魂を勝手に引っ張ってこられてプライバシーも何もあったもんじゃないが。
体の主導権についてもそうだ。
変わろうと思えば、『体』の核である私様、『魂』つまりは『心』であるヒスイ、どちらも操縦席に座ることはできる。
今は私様が強引に居座ることもできそうだ。
それは『異質』な存在であるが故の、定着率の差か?
ここについてはいずれ変化があるかもしれないな。
魔法について。
上級や最上級は私様が主導の時は使えるだろう。
ヒスイはどうか。
まずは使うことに慣れる必要があるだろうから、まだ先の話だな。
いずれは使ってもらうことになるだろうが。
オリジナルの魔法についても問題なく使えた。
体の扱いや魔力操作はほぼほぼ問題ない。
あとは髪についても異常なし。
問題はいつ話すかだが、まあそれも後々でいいだろう。
あとは……。
瓶を壊した奴か。
予想はついてはいるが、接触してこないな。
あいつなら無事だろうが……そういえば人間嫌いだったっけ。
私様の周りに人間が多いせいかもしれない。
じゃあまだしばらくは会わないかなー。
しばらくはヒスイの育成と観察に専念するとしよう。
私様から見たヒスイは、人形でも人間でもない、どっちつかずな状況だ。
人間にしては感情が少なすぎる気がするし、人形にしては表現豊かに見える。
本人の心と体が馴染んでいないんだろう。
本人が思っているより感情が表に出ていないのも、もしかしたら気づいていない。
私様が体を使っていた時も全然なんも言ってこなかったし、主観や自己主張がなさすぎる。
世界には慣れたのかもしれないが、まだ夢見心地。
現実味がない、主体性もない、自己確立ができていない。
ないない尽くしなヒスイだからこそ、あの課題を出したわけだが。
ヒスイはどんな人間だったのかな。
向こうでどんな生き方かを思い出せれば、それに呼応して自我が芽生えてくる。
と思う。
まあそんなのは、まだまだ先の長い話だろうが。
死んでいた魔術師、スグサ・ロッドは生き返った。
私様の研究対象『ヒスイ』は、どんな研究成果をあげてくれるのだろう。
―――――……
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