第28話 if

 ヒスイは貼り付けたような真顔、それこそ人形のような読めない表情でいることが基本だが、微妙な変化は見える。

 目をぱちくりさせて、伏し目がちになって、頭の中で質問をかみ砕いて、思案。



「えと……魔法ってすごいなとか……殿下も、アオイさんもロタエさんもカミルさんも、やっぱり戦う人なんだなとか、体を廻る感じがするとこれが魔力なのかな、とか…………」



 まだ言いそうなのに、言葉が止まる。

 貼り付いた真顔からは何が言いたいのか察しがつかず、言葉が続くのを待つ。


 私様の目よりも、胸元よりも、下。

 大体足元だろうか、その一点を見つめた瞳は赤いのに、色がないと思わせるように影が差しこんでいる。



「……今までの私の体じゃないな、っていう、確信。今までの私の体はどんなだったかな、とか……今までの体でいた時はどうだったかなとか」



 真顔。ずっと、真顔。

 無表情にしては生きている感じがするし、しかし紡ぐ言葉に宿る感情を読み取るとそれにしては無表情ともとれる。

 ヒスイに感情を聞けば答えるだろう。

 だがそこは自覚があるものだろうか。

 少し前に聞いた時は『恨み』を読み取ったが、それは自分が立たされている状況を主観的に見れていると、本当に言えるだろうか。

 例えば全く違う誰かの話を聞いて、同情のあまり『恨み』という感情が芽生えた。

 自分のことだが、認められなくて、認めたくなくて、客観的にしか受け止め、表出できない。そしてそれを自覚していない。

 そういう考え方もできるだろう。 

 そう考えたら。



「もし、確かに死んでいて、今が生まれ変わったのだと確かに言えるなら……」



 その言葉の先にある感情は、果たして誰の、どんなモノだろうか。

 それは、生きたまま連れてこられた奴だからこそ出る、苦悩。

 そんな奴はこの世界で探して奇跡的に何人かいるが、話ができる状態ではないだろう。

 同類はいないようなもの。

 つまりそれは、一人で抱えるにしては大きすぎるものを背負っている身としては心細いどころではないと察するのは容易い。

 『唯一の』と言い換えれば聞こえはいいかもしれないが、結局心の底で感じるのは孤独だろう。

 いくら王子サマたちが親身になったとしても、生きていた世界とは別の世界の人間であることは変わりない。

 他人事だろうと思われてしまえば、それまでだ。

 

 逆に考えてみよう。

 しかも死んでいたらそりゃあ「死んだんだからしょうがない」とか「むしろラッキー」とか思えるかもしれない。

 しかし。

 向こうの世界では自分はどうなったのか、親は、兄弟は、友人は……自分の体は、どうなったのか。

 死んだ人間にはどうすることができないとしても、今『前世の記憶を持って生きている』と自覚がある奴からしたら、もし仲のいい奴がいたのだとしたら、気にしないなんてことこそ難しいかもしれない。

 考えることは簡単だ。

 そんな簡単なことが、確かめる術がないというだけでヒスイを苦しめる。



「…………ヒスイ」



 足下に向けていた視線がゆっくりと上を向く。

 光を宿していない赤い瞳は私様を見つめ、私様と同じ顔が、その瞳に私様が見ている姿を写す。

 


「お前に課題を与える」

「……課題?」



 突然何だ、と思われても仕方のないことを言った自覚はある。

 だがこれはヒスイに必要なことだ。

 そう強く思う。



「いくつかある。しっかり心に刻め」




 一、≪回想の香≫を使って自分を思い出せ。


 二、人と関われ(王子サマたち以外)。


 三、この世界を知れ。


 四、魔法を学べ。




「人と……?」

「お前、学校に行くつもりなんだろ。王子サマはともかく赤髪たちはいないんだ。通うまでに時間があるなら、この世界の人間に慣れろ」



 この世界で生きていくことは決まっているんだ。

 さすがにそれは口にはしなかったが、その覚悟が必要だとヒスイも思っているのだろう。

 反対の言葉は出なかった。

 どうやって関わっていくかについては、≪回想の香≫を使い、ヒスイが何をしていて、何が得意だったかを思い出すことができれば、それを絡めていく予定だ。

 無駄に物わかりが良さそうなこいつは、特に反論もなく静かな声で「わかりました」と呟いた。

 私様と同じ声だから違和感どころか気持ち悪さを覚えるが…………言わない。



「応用的な魔法については私様が教える。喜べ。最高位魔術師の『弟子』という称号をくれてやろう。その体についても教えておく必要があるしな」

「『弟子』ですか……。体についてとはなんですか?」

「追々な。あ、でも一つだけ言っておく。髪は切るな」

「髪?」



 私様の髪は膝裏ぐらいまで伸びている。

 今は座っているから毛先ののほうは床に広がっている。

 生きている頃と違った色で新鮮なんだが、体を使ってみてわかった。

 この体は生前の特徴のままの体だ。

 いくつかある私様の秘密をそのまま残している。

 研究者ども程度に私様の体をどうこうできるとは思わないし、できないように魔法もかけていたのだから当然と言えば当然なのだが。



「前髪とか毛先だけとか、少しならいいんだがな。いきなり肩まで短くするとかは本気でお勧めしない。やめとけ」

「わ、わかりました……」



 ヒスイは自分の髪を目の前に持っていきながら「そんな秘密が」とか呟いている。

 つられて私様自身も髪束を掴んで見る。

 ヒスイに秘密の内容を言ってもいいんだが、周囲にはあまり広めてほしくはない。

 内緒にする前提で話すのは……ヒスイは隠し事が得意かどうかがまだわからないからなあ。

 どっちにしろ、余計な負担はないに越したことはないだろう。






 ―――――……

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