第16話 スグサ・ロッドという人
「踏み込んだ話は場所を移してからさせてもらいたいので、まずすぐにでも確認したいことが一つ」
目つきを鋭くし、片手は腰にある剣を見据えている。
返答次第では戦うことも厭わない、そういう姿勢だ。
「ヒスイは今どうしている?」
「……ふむ」
優しき王子サマだ。
人望あるだろうな。
私様は生前、当然と言っちゃあ当然だが、いるだけで感謝された。
感謝され、尊敬され、賛美され、礼賛され、敬慕された。
私様だからな。当然だ。
それなのにヒスイは。
この王子サマだけでなく、この世界にいる人間とも何日かの何時間かを共に過ごしただけだろう。
もちろんヒスイの生い立ち……としておこう。
それは同情に値するようなものだが、この場でのこの王子サマの台詞は同情だけでは出てこない。
人間にはあまり興味がなかったが、同じ体を共有するということもあるのか、ヒスイの人柄に興味がわいてきた。
うん。よし。
ヒスイを私の研究対象としよう。
「どうなんだ?」
おぉっと。
考えていて答えるのを忘れていた。
「私様の中に意識は残っていますよ。今この状況もヒスイに見えているし、聞こえている。まあ一言で言ってしまえば、無事です」
体の自由は私様が握っているが。
嘘は言ってないから不敬ではないだろう。
バレなきゃ良し。
「そうか」
目つきの鋭さも雰囲気も和らいで、安心したようだ。
しかし表情は固いまま。
気を引き締めるところは締めたまま。
完全な甘ちゃんではないようだ。
…………これこそバレたら不敬だな。
「ならば急ごう。個室に移動したい。だがヒスイや貴方が関わっていると知られれば、聴取の時間をいただくことになってしまう」
「それは是非ともご遠慮願いたい。早々に移動できるようにしましょう」
私様の時間を無用の長物に巻き込まれるのは御免だ。
そうならないためには誰かに見られる前に退出しなければ。
退出するためには部屋を元に戻す必要があるか。
と思って振り返ると、丁度ウーとロロが寄ってきていた。
「すー」
「わけた」
「お疲れ。じゃあ棚に戻すぞ」
「全員こっち来てくれ」
王子サマの一声で騎士と魔術師も寄ってきて、全員で物品を棚に戻していく。
私様の物は持ち主として拝借しようと思ったが、突然なくなると追及されると思って、やめた。
その代わりに、魔法を上書きして、他人が使用できないようにした。
それくらいいいだろう。
――― いいの、かな……?
いいんだよ。
もとは私様のだ。
変に使われて大事になるよりマシだろ。
――― 大事になってしまうようなものもあるんですか?
あった。
安全のためとか言っておけば説得できんだろ。
ヒスイが中から話しかけてきたということは。
さっきまで状況が呑み込めていないようでうるさかったが、少し冷静になったようだ。
中からの声は周囲には聞こえていない。
しかし外で話したことは中にも聞こえている。
考えていることだけは、指向性を持って話さない限りは読まれないようだ。
私様とヒスイが入れ替わってもそれは変わらない。
とかなんとか独り言会話をしていれば、七人でやっていた片付けも終わった。
片付けすぎると不自然だろうということで、そこらへんに適当なものを転がしといた。
「ウーとロロは来んのか? 寝る?」
「いくっ」
がしっ。
と、両足に一人ずつ、抱き着かれた。
予想していた返事に小さくため息をつきながら、考えていた対応に行動を移す。
二人が暴れたときにできた床の破片を、二人がつけている石そっくりに魔法で加工する。
それを『ウロロスは魔法師団が再封印した』ということにして、二人は連れ出そう。
「ここの結界魔法は誰がやってんだ?」
「僕です」
赤髪が小さく手を上げる。
制服の内ポケットから魔法を封じ込めた石を取り出した。
その石にはここの結界魔法が封じ込められていたのだろう。
「じゃあここはお前に任せた。私様とちびどもは先にヒスイの部屋にいる」
何か言いたそうだったが、待つことなく二人を連れて転移した。
―――――……
保管庫に残された四人は、不満を言い出す前に転移した三人のいた場所を見て、唖然とする。
「…………結界魔法越しの転移……」
「さーすがに規格外ですね。スグサ・ロッド」
「少し不満です」
「魔法を入れてくれたのはロタエだもんね」
「少し問題のありそうな性格なようだ」
「カミルは眉間の皺、ずっとできてたね。少し笑ったよ」
「アオイもずっと気ぃ張ってただろ」
「だって殿下。いきなりヒスイちゃんから切り替わって説明されずに腹に一発ですよ? いくら魔術師の最高峰の人物だからってねー」
四人と二人が合流するのは、もう少し後の話。
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