第9話 それは予言にも似た独り言
それからして、数日はアオイさんとロタエさんに専属の講師になってもらった。
アオイさんからは魔法と国学。歴史や地理、政治について。
私が借りている部屋で、備えつけの机と、持ち込まれた黒板のようなものを使って行う。
室内なので座学を行うこととなった。
この国はフローレンタム国だが、大陸内にはあと二つの国がある。
一つは武の国、アーマタス。武の国は力こそすべての、武力国家。
この国の特徴は、毎年開かれる大会があり、その優勝者がその国の代表となる。
けれど代表と言っても政治に出てくるわけではない。
より力を磨き、来るべき戦に備え、より良い鍛錬を行い鍛え抜くべき者として扱われるそう。
いわば武官ということ。
ならば文官はと言うと、武官の指導者がその位置にくる。
武官のことを理解し、武官を最高の状態で送り出す役割を担う。
武の国ではこの指導者のことを『導師』と呼んでいるらしい。
武の道を歩む人はここで地位を築くことが誉れとなる。
一応、武を極めるつもりはない人も一部はいるらしいが、その人たちは主にサポーターという位置づけらしい。
『力こそすべて』。それがアーマタスの掲げる信念だ。
もう一つは宗教の国、レルギオ。
その名の通り、国家規模のとある宗教を信仰する人たちが住む国だ。
この国では『魔法が至高』と考えられている。
『魔法とは、神が我らに与えた進化の力。あらゆる難問を自らの手で切り拓くために与えられたのである』というのが信条だ。
だからより高度な魔法を使う人なんかはこの国では優遇されることもある。
魔法を上手に使う、とは、神に近い存在なんだそうだ。
「スグサさんがこの国にいったらどうなっていたんでしょうか」
「いや、スグサ・ロッドはこの国ができる前に亡くなっているんだ」
「え? じゃあこの国はだいぶ新しいんですか?」
「そうそう。宗教自体は前々からあったんだけど、国になったのは比較的最近だね」
元々は別の国があったようだけど、いつしか宗教団体が力をつけて、国民全員が信者となったらしい。
その時に国の名前も変わったのだとか。
国として成ったのは十数年以内のこと。
「フローレンタムも含め三国では学校が一ヵ所ずつしかないんだよ。ただし学科は全部同じ。そして学科ごとに交流会も年に何回か開かれているんだ」
「魔術と武術と、普通科クラスですか」
「そうそう」
魔術はその名の通り魔法を中心に学ぶ。
武術は、武器を使ったり徒手格闘の技術を中心に学ぶ。
この二つは卒業後、城に仕えて団に所属したり、貴族や店の警備、ギルドで賞金を稼いだりする人が多いらしい。
普通科クラスは自営業を継いだりする人が入ることが多い。
「ちなみに殿下は魔術クラスね」
「普通科か武術だと思ってました」
「政治については城にいれば否応なしに携わるし、武術も騎士団に混ざって訓練を受けているからね。それに殿下は魔法が苦手なんだ。内緒だよ?」
立てた人差し指を口元にあてて、悪戯っぽい笑みでウインクしてくる。
苦手と言っても比較的、というだけで、一般的には上位のようだ。
弱点とかなさそうな見た目してるもんなあ。
「ヒスイちゃんは何クラスがいい?」
「そうですね。普通科、もしくは魔術ですね」
「だよねー」
言い方に語弊があるかもしれないが、運動経験なんてない。
記憶もないもの。
魔法を使えることはわかっているし、それこそ全部の属性だ。
学ぶならば魔法をとなるのは自然のことだと思う。
というかまず、格闘技なんて無理。
体格的にも大きすぎず小さすぎず、格闘術に向いているわけでもない。
鍛えたらまた違うのかもしれないが……。
「聞いておいてあれだけど、学校に通うとしたら魔術クラスしか許されないと思う。僕も魔術クラスを推薦するし」
「許されない?」
「ヒスイちゃんの境遇を知る人、つまりは研究員からしたらね」
「あ……」
私が普通科クラスで普通に学ぶことは、研究者の人たちからしたらふざけているように見えるかもしれない。
それこそ「人形が何やっているんだ」とか言われそうだ。
私が目を覚ましたころのベローズ所長の剣幕を思い出して、身が震える。
「……アオイさんが推薦する理由は、なんですか?」
「君の力の大きさを案じると、学んでコントロールできるようになるべきだと思うからだよ。選んでいる本からしても魔法に興味を持っているようだし」
「そうですね」
「ならなおのことだ。好きなことを好きなだけ学ぶのは良いことだよ」
アオイさんの講義はそれで締めくくられた。
片づけをしている途中、アオイさんは紅茶をもらいに一時退出した。
だから私は、廊下でつぶやいた言葉を聞くことはなかった。
「……いずれ、ヒスイちゃんは大きな戦いに巻き込まれるかもしれない。それだけヒスイちゃん自体が大きな存在だ。身を守るためにも、大きすぎる力の使い方を学ぶべきだろうね」
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