第1話 研究所のビーカーから生まれた私
空が青い。
蝶のような白く輝く生き物が金色の鱗粉を振りまいて、青と白と金のコントラストが視界に広がっている。
草原から見上げる空はどこまでも続いているようだが、視線をずらせば建物が見えてくる。
空が狭いわけではなく、その建物が大きいんだ。大きすぎる。
その建物の名前は、フローレンタム・ヴァーヴァム城。
この国、フローレンタムの中心地に位置したとってもとっても立派な王城だ。
庭も立派。
さっきは草原って言ったけど別名は庭である。
草原並みの広さを有した敷地っていうまあなんとも一般とは遠い場所だ。
その敷地内にいる私はというと、場違いな一般人。
許可はもらってるけど。
あーでも一般人とは少し違うな。
言い直すと、少し変わった一般の生物だ。
『少し変わった』とか、『生物』とか、その理由については最近ようやく受け入れてきたので、冷静になって思い起こしてみようと思う。
―――――……
パリン。
と、瓶が割れたのは、鈍い光が上がってから数年後のこと。
『五番』と書かれた瓶だった。
「緊急事態だ! 騎士団に連絡しろ!」
誰かが声を上げる。
水とともに冷たい床に投げ出された私は痛みで意識を取り戻す。
「ぃっ……」
声が出なくて痛くて寒くて、寒くて痛かった。
「おい、今動かなかったか?」
「何を言ってるんだ! そんなわけないだろ!」
意識はあったけど頭はぼーっとしてて、音は拾えるのに意味が理解できるほどではなかった。
夢の中のような、興味も関心もない舞台を見せつけられているようだった。
力が入らなくて起き上がれなくて。
床に体全体が接していて熱を奪われていた。
バタバタと音、というか振動ぐらいは感じ取っていたと思う。
「騎士団の者だ。何があった」
「突然瓶が割れたんです! 危険な生物兵器です、これで拘束をお願いします!」
「手錠か? 準備がいいな。承知した」
影がかかって視界が薄暗くなって、何かが自分の近くに来たことが分かった。
体が動かないから、見上げて確認することはできなかったけど。
ぐ、っと腕を捕まれる。
「ぃっ、た」
「ん、喋ったか?」
「なんだって!?」
辺りがザワつく。
だけどそれよりも、関節の向きも構わず無理やり立たされて、痛かった。
それ思い出して痛みを感じた場所を触る。
もう痛くはないが、当時を考えると少し恐怖を思い出す。
強い力を向けられることはとても怖かった。
痛みで思わず呻いたら、離れた場所から声が上がる。
「なんてことだ……早く拘束してください! これはすごいことだ!」
「お、おぉ、承知した」
「ぅえっ」
両腕を後ろに回され、強く捕まれる。
そのまま背中を押され、両脇を抱えられてフラフラの足で歩かされる。
歩くというか、吊り上げられて運ばれているような状態だったと思う。
「人型、なのか? 地下牢に繋いでおく。その後に説明を頼む」
「はい。騎士団長と、魔術師団長にも同席をお願いしたいのでお声掛けをお願いします」
「そんなに大事なのか?」
「それはもう! 陛下にもお伝えしなければならないでしょう!」
「なんと……!」
この時の私は痛みで周りのことに気を向けられる状況じゃなかったし、事態の大きさを象徴する言葉なんてわからなかった。
―――――…
ガシャン
と、重い金属音が響く。
体は木製の寝台に座らされたからまだ対応としては優しかったと思う。
私の両手首は金属製の頑丈なもので拘束中。
足は自由だけど力が出ないので結局は不自由だ。
当時はまだ羞恥心は抱けるほどではなかったと思うけど、裸のままだから動かなくてよかったと思う。
瓶の中にいたときは水分に浸っていたので、体は濡れて冷えていた。
寒さは感じていたのに、寝台の上に畳んで置かれていた毛布を手に取ることもしない程度には、自分の状況もわかっていなかった。
ひとまずやることというか、やろうと思ったことは、声を出すことだった。
「……ぁー」
見張りのような人が、やはり驚いた顔をする。
私が声を出すと毎度驚かれた。
「声は出せるようだね」
音が聞こえた。
「こんにちは。僕の言葉がわかるかな?」
牢の柵越しに柔らかく笑う男性が声をかけてくる。
声は出さずに小さく頷くと、満足そうに向こうも頷く。
「うんうん。いいね」
男性の後ろの人たちの顔は強張っていて対照的だった。
声をかけてきた人の手元から、がちゃりと音がする。
「おいで。今から君の話をしてもらいたいんだ」
牢の扉が開けられ、手を差し出される。
暗くて寒くかった。
頭がしっかりしていたわけではないから不安感は大きくはなかったけど、この人、魔術師団長のアオイさんの話し方と優しい手が逆光で輝いて見えた。
少しひんやりした細い指に、ガリガリの私の指を乗せる。
優しく手を引かれて手首の鎖が音を立てる。
屈みながら牢から出た。
アオイさんは優しく手を引いてくれて、上着を着せてくれた。
……あ、この時私裸見られたのか。
………………あーーーーー……。
……うん。やめよ。続けよう。
「少し歩くけど大丈夫かな? 辛かったら抱えるよ?」
言葉の意味を理解するのに少し間隔が空いて、頭を振る。
歩くのが辛いのは確かだが、抱えてもらうのは気が引けた。
決心しながら石の階段をのぼる。
周囲が明るくなって、床が石からカーペットになって足元が冷たくなくなった。
出入り口に数人の鎧やローブを着た人たちが何人かいる。
「服も用意しないとね。体も冷えているようだ。温かい飲み物を用意しよう」
と、優しい声色をしたこの人は近くにいた人に声をかける。
声をかけられた人は私たちから離れていった。
手を引かれ、先に行った人を追うように廊下をゆっくり移動する。
前にも後ろにも何人かがついており、なんか仰々しい。
「声は出せるようだけど、喋れるかい?」
「……っ、ぁ」
「まだ難しいかな。無理しないでいいよ」
喉が張り付いているようだった。
声を出そうとすると喉が絞まる。
言葉を出せないことというか、気持ちを伝えられないことがとてももどかしかった。
黙ったまま移動すること数分、扉の前に立ち止まる。
私の手を支える手と反対の手で扉を叩いて、
「アオイです。入ります」
扉が開かれて、中に入る。
広い部屋。
煌びやかな置物。
大きな家具。
甘くていい香り。
ローテーブルの周りに座る人が三人。
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