第40話 私の依頼を……上書きしてください!
幹部が連れてきた人質は、花火だった。幹部のクソ野郎は、花火にナイフを向ける。すると、
「おー、知り合いだったのかぁ〜!
「……クソッ!」
花火はずっと無言で、怯えながら俺を見つめている。
俺はクソ幹部に怒鳴りつける。
「お前、なんで花火をっ!」
「なんか店の前をそわそわうろついてたんだよ。だから人質にちょうどいいと思ってな」
「ふざぁけんなぁっ!」
クソ幹部はずっと落ち着いた表情で花火にナイフを向けている。
なんで来ちまったんだよ花火!
俺は、救いたい人を救うことができない。なぜなら、
――そういう体質だから。
なぜか九年前のとある火事の日以降、あらゆる生物・物質が俺に少しでも触れると、触れられている部分だけ俺の身体は空気になるようになった。そして、それが離れると俺の身体も元に戻る。
だから、俺の体質は人を救うものなんかじゃない。
これはただの護身術のようなものだ。
もし、俺に誰かを救える能力があれば……もし、なんて存在するわけない。
だから俺は、こんなことを言うことしかできない。
「おい機村、お前なんで海斗さんに戦争なんて仕掛けようとしてんだ!?」
「憩野探偵には関係ないだろう?」
全く持ってその通りだ。
「関係あんだよ。こっちからから首突っ込んじまったからな」
「らしいな。女一人のために大変だな、お前も」
俺は瀬渡を自分一人で守れないから、海斗さんに頼んだだけのことだ。
「海斗さんの何が気に食わないんだ! あんなに組を大切に思って、精一杯親父さんの後を継ごうと頑張っているのに!」
「俺はなぁ……、あいつのあの真っ直ぐな目が昔から気にくわねぇんだよ。俺が大事なのは組だ。あいつがどう頑張ろううと知ったことじゃねぇ」
海斗さんは関係ない。関係ないのに……。俺は何で答えを知っているつまらない質問をしているんだ!
「つまり、海斗さんにはお前の大事な
「そうだ」
「
「もちろん」
こんなことを言っていても無駄なことくらい分かってる。なぜ俺は機村の気が変わることなんかを願ってるんだ……
俺が願っているのはそんなことじゃない。
また別の幹部が機村に何か言う。すると、彼は残虐な表情を浮かべて笑った。
「憩野探偵、もうすぐ亜井川、動き出すぜ?」
「何? 同窓会はまだまだ始まる時間じゃないはずだ……」
「誰が、一度に殺すと言った?」
まさか……。俺はつい同窓会のメンバー全員が集まってから火の玉を振り回すとばかり思っていた。
でも中には仕事が終わり次第早めに来る参加者もいるはず。もし
もうすぐ亜井川が動き出すということは、参加者の誰かが畳へもうすぐやって来るということだろう。時間がない。いち早く店に入り、監視カメラを壊さないと……!
花火の命と参加者大勢の命を天秤に掛けなくてはならなくなった今、俺がとるべき行動は……
「探偵さん!」
突然、ずっと黙っていた花火が口を開いた。
「花火、なんだ!?」
「私はいいから早く、店の中へ!」
「でも!」
その花火の言葉は、どこか俺が予想していたものだった。花火ならそう言うのではないかと。しかし、花火がよくても、どうやら俺の足は動かないらしい。
「そんなことはできるわけないだろ!」
「私一人の命と参加者全員の命、どっちが大切かなんてすぐわかるでしょ!」
花火はまたもそんな言葉を吐いた。
確かに花火の言う通りだ。本当は誰でもすぐに分かることだ。どちらが大切かなんて。
それに花火のその言葉は、別の誰かも九年前に思ったことがある。あの火事の日、そいつも同じようなことを思い、炎に突っ込んだ。
だから、花火の思いもよく分かる。
俺の場合は結局、あの行動をとって正しかった。
でもそれが言えるのは、俺が今生きているからだ。そして俺が生きていられた理由は、なぜか炎に飛び込む直前にこんな体質の身体に変化したからだ。
こんな妙霊ことが起こらない限り、花火はクソ幹部に刺されて終わりだ。
「花火、それでも俺は……」
「私が犠牲になるだけでいいんですよ!?」
花火は精一杯俺を説得してくる。
ここで花火が死ぬのは「尊い犠牲」と言うものだろう。しかし、俺はその言葉が嫌いだ。
そんな言葉は自分の不注意、あるいは無能さで生まれてしまった犠牲を自分の過失として認めたくないから使う言う言葉だ。全く尊くなんてない。どこまでいっても犠牲は犠牲なのだ。
まぁ、もう先程からこんなことを考えている時点で俺の答えは決まってるな。
俺は迷うことなく結論を言う。
「俺は、大勢の命より花火が大事なんだよ」
「探偵さん……」
花火は一瞬だけ笑顔を作った。しかし、またすぐに涙目で俺を見据える。
「本当にそれでいいんですか!」
「ああ」
「そうですか……でも、それでも私は!」
花火は嗚咽を堪えながら目で訴えてくる。「どちらが正しいか」と。
それはもちろん、花火が正しいのだろう。大勢の命が救われるのだから。
でも理由とか理屈とか、そんなものはどうだっていいんだ。
俺は動く意思を捨て、ただ立ち尽くす。
「探偵さん、私の依頼を忘れたんですか?」
「すまん、依頼放棄だ」
俺は俯いてそう答える。
なかなか花火はあきらめないが、もう俺の意思は決まっている。彼女の依頼、「お兄さんを止める」ことはできない。するつもりもない。
すると、花火の声が突然低く、鋭くなった。
「探偵さん、なら、私の依頼を……上書きしてください!」
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