第38話 気づけば、爆乳低身長とまな板高身長に挟まれていた


 ***


 服がびしょ濡れで寒かった俺は家に戻ってすぐに風呂に入り、服はドライヤーで乾かした。なんかこれ、三日前の花火と一緒だじゃね? それはそうと、今回一番ダメージを受けたのは水だったな……。


 そしてそれから、リビングのテーブルで亜井川への今後の対策をだら〜と考えていた。そうしていると、気づいたらもう午後三時になってしまったいた。


 そろそろ腹も減ってきたので、ソファーでスマホをいじっている瀬渡に声を掛ける。あいつ、絶対料理のサイト見てるな。


「飯行くか?」

「ウチ、外に出ていいのー?」

「俺が一緒だから大丈夫だろ」

「じゃあ行くわ〜」


 上の空で俺の話を聞いていた瀬渡が同意したので、俺は鹿撃ち帽を被って今度はいつもの布製の手提げ鞄を持つ。俺が階段に向かうと、瀬渡もついてきた。


 家を出ると少しだけ歩き、すぐに表のショッピングモールに出る。


「瀬渡、何食べたい?」

「ラーメン」


 堂々と言った瀬渡はとても男前だった。ラーメンとか、お前のキャラに合いすぎだろ。


 俺たちはこの賑々しい一本道の中で、一番近いラーメン屋に入ることにした。

 少し見渡すと、二十メートルくらい先にラーメン屋っぽい看板を発見する。


 向かってみると、どうやらそこは個人でやっている小さなラーメン屋だった。見た目は地味だが、その分穴場感が漂っていてちょっとワクワクする。


 入ると、もう三時を過ぎているにも関わらずそこそこ席は埋まっていた。


 その中に、どうやら見たことのある人影が。食券を買うと、俺はその人の左に座った。そして瀬渡は俺の左に。

 気づけば、爆乳低身長とまな板高身長に挟まれていた。


「こんにちは。河愛さん」

「あ、憩野君〜」


 俺の声にすぐに反応した河愛さんは、明るく笑顔を見せてきた。


 昨日と違い、現在彼女は私服。ブラウンのキャミソールに白のニットカーディガンを羽織っていて、嫌でも目が胸の谷間へと向かってしまう。


 今日は仕事が休みなのだろうか。まぁでも警察だし、呼ばれたらすぐに現場行かなきゃいけないんだろうなー。あ。斉藤はあの後上手くやったのかな……?


 トントンと、瀬渡が俺の肩を叩いてきた気がした。正確に言うと、俺の肩の一部分が二回ほど空気になった感覚があった。


「どうした?」

「この人誰よ……?」

「警察だ」

「……そう」


 瀬渡は顔を引き攣らせた。あからさまに「警察」に反応したな……。

 

 そして瀬渡の視線はずっと、河愛さんの胸部へ向けられている。まぁこいつの場合は羨ましがっていると言うより、ただ珍物を興味深く眺めているだけだろうけど。


 食券を店員に渡すと、今度は河愛さんが俺に話しかけてきた。

 

 彼女の方に顔を巡らせると、俺の目には河愛さんのその柔らかそうな胸の谷間に、汗の雫が流れ落ちていく光景が飛び込んできてしまった。とても扇情的でした、はい……


「憩野君、その方は誰? 友達?」

「……ええ、高校時代の」

「そうなんだ〜」


 俺が男の本性を抑えて平静を装い答えると、河愛さんはほんわかと微笑んだ。良かった、怪しまれなくて! 斉藤、今後もお互い頑張ろうな!


 河愛さんが、俺越しに瀬渡の顔を見た。


「私は河愛咲葉。よろしくね〜」

「……ウチは瀬渡友香。……よ、よろしく」


 まだ警察ということを気にしているのか、瀬渡は気まずそうに答える。しかし、そんな必要は全くない。河愛咲葉の脳内お花畑ぶりは尋常じゃないからな。


 試しに俺は、自然に河愛さんに言ってみる。


「実はこいつ、こないだまでヤクザやってたんですよー」


 次の瞬間、左にいる瀬渡が慌て出す。


「ちょっ、何言ってんのよ憩野! あんたバカじゃないの!?」

「いや大丈夫だって!」

「何がよ! 何が大丈夫なのよ!」


 左を向いて瀬渡の相手をしていると、すぐに右から眩しい声がふわりと飛んでくる。


「瀬渡ちゃん、もう足は洗ったんでしょ?」

「……う、うん。警察には行ったわよ」


 不安げに瀬渡は答える。それに対し、河愛さんはにっこり微笑んだ。


「そう。それなら、いいじゃないっ」

「え……?」

「昔のことは忘れた忘れた! 今を楽しもー!」

「……」


 瀬渡は怪訝な顔を俺に向けてきた。何が何だか分からないようだ。


「だから言っただろ。大丈夫だって」

「……うん」


 そう瀬渡は頷いたが、まだ河井さんの理解に苦しんでいるよう。俺も最初会った時は驚いた。世の中にはこんな人もいるのだと。そして、こんな爆乳が存在するのだと。


 それはそうとこうやって瀬渡が表の人間と接しているのを見ると、さっさと先程逃がしてしまった機村さんたちの侮蔑兵器ディスパイズウェポンを破壊して、彼女を完全に自由の身にしてやりたいと思う。


 「お待たせしましたー!」


 俺と瀬渡のラーメンがやってきた。俺がとんこつ、瀬渡が醤油だ。


「いただきます」

「いただきます」


 まずスープはクリーミーで臭みが無く、こってりとしたとんこつのスープ。この脂っこさがたまらない。俺の胃は後何年この脂に耐えてくれるだろうか……食ってる時にこんなこと考えんのやめよ。


 続く麺はかなりの細麺。このスープや具材と完全にマッチした麺はインスタントじゃ再現不可能……俺、なんですぐインスタントとか言ってんの。それこそ河愛さんの言う通り「今を楽しもー!」。


 俺が味わって食っていると、その河愛さんがふと思い出したように口を開いた。


「そうだ、憩野君。この間言っていた依頼はうまくいってるの?」


 おそらく海斗さんのところに言った帰りに会って話したやつだから、花火の依頼だろう。俺はつい口籠ってしまった。


「ま、まぁ……そうですね、普通ですかね……」

「そっかー、頑張ってねー!」


 河愛さんは明るくそう言ってくれたが、俺は不安でしかない。どうにかしないとな。

 

 左を向くと、瀬渡も察したのか曇った顔をしている。花火の依頼について瀬渡にはっきりとは言っていないが、事務所での俺の表情や言動を見ていればすぐに気づくだろう。


 ラーメンの味が、少し薄く感じてきた。


 そろそろ味変すべきか? ……その必要は無いか。

 だってこれは、俺の気持ちの問題だから。

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