376:バーン

 ならば……ということで、工房の地下、扉の前に移動する。とにかくまずは万里さんだ。


(さっきのように小さく分離して俺の手の上に。まあ、多分……無理だと思うが)


(判った。万里を頼む)


 ショゴスを連れて、扉をくぐる。ああ。


 一瞬で消え去った。扉の向こう、地面にはヤツの本体が見えるが……。かがんでそれに触る。


(扉の前は平気なのか?)


(ああ。問題無い。どちらかと言えば、ここは村野の側にいる感覚に近い。だが、扉の向こうはダメだ。瞬時に消される)


(判った。ちょっとここで待っててくれ。万里さんの容態がおかしくなったりしたら、すぐにここに戻る)


(判った)


 かがんで……扉越しに水たまりに指を触れさせて、しばらく停止している男。

 うん。別にいつもがどれくらいか……とか考えてないけれど、今の俺っていつも以上にヤバイ気がする。


 いつもの白い管理室。普通だけどなぁ。ここに、毒ガスでも充満してんのかな。


(してませんよ?)

 

 ですよね。


 一度、扉を閉めて開ける。似たような地下室だが、星が、大地が違う。空気も違うと思うんだけど、まあ、明確なのは魔力だ。

【魔力感知】があるとそれを強烈に感じてしまう。こちらの世界で魔力を消費する行動を行うのは非常に困難だよなぁ~と実感する。

 とにかく魔力が薄いのだ。高所……高い山などで酸素が薄いという低酸素状態の症状が、まさに当てはまる。常に魔力が不足していて、どこか物足りない感覚が付きまとう。


(シロ、こっちも機能拡張出来てるんだよな?)


迷宮創造主マスターの部屋周辺のみのままです。向こうの世界とは範囲面積は比べものになりませんが。|拡大は出来ていません)


(なら、俺のベッドでいいか)


(はい。こちらでは実体化は無理ですので、御確認の程を)


 ああ、そうだな。そうか。それが当たり前だったな。


 俺の寝室に出る。地下への出入り口はクローゼットだ。

 ぱっと見、掃除も出来てるし、ベッドのシーツ何かもこまめに替えている様だ。


(いつ帰って来ても良いようにだそうです。美香さんがそう言いながら、内緒でゴロゴロして悶えてましたので)


(……そうか……)


 彼女が日常的にゴロゴロ出来るレベルで掃除が出来ているのであれば、綺麗と。


 ということで、ベッドに「佐久間万里」さんである肉体を横たえる。【倉庫】内に収納されている物は時間停止状態だ。まだ温かい。


 向こうの世界では……なんていうか、抜け殻になっただけだった。ショゴスの力によって生かされていただけの肉体……。これにどのような変化が生じるか……。


 生物として……ショゴスが言うには彼女の肉体は完全に再生している。だが、向こうの世界では……どうしても「生物としての全ての運動」が再開しなかったそうだ。


 それを司っている、指揮する役割を担っていた様な物、「魂」がないのではないか? とも言っていた。


 この状態で動かないのはおかしいのだ……と。


 ベッドに寝かせて……数瞬後、ピクリと指先が……痙攣するように動いた。


 手が動き、足も動き……そして瞼が上がり。あくまで自然に目が開いた。


「……」


「ここは……?」


「……ああ、すまない。とりあえず、怪しい者じゃない。……と言われても信じられないか」


 パッと見た感じ動揺は感じられないが、鼓動がかなり速い。そして、視線が俺をサーチしている。状況を見極めようと必死なのが判る。


「えっと、ショゴスに託された者だ……と言えば少しは落ち着いてくれるかな?」



 顔色が変わる。……あ。多分、探している……のだろう。これまで、念話じゃないけれど、頭の中でショゴスと会話を繰り返していたらしいからな……。答えが無い事を確認している気がする。


「ショゴスは……今ココには居ない。そして、もう会えない可能性も高い。だが、君が助かったのは彼のおかげだ。それは間違い無いだろう」


「そう……ですか……」


「記憶……最後の記憶は?」


「朝起きて……あの。普通に顔を洗っ……あ。そうか。お婆ちゃんのうちに泊まりに来ていて……」


「そのお婆ちゃんの家の場所は?」


 近所……だよな。確か。ここは人里離れた山中にあるから隣町よりも離れている気がするけど。

 この屋敷の一山向こうの町だ。確か、JRの駅もあるしそれなりに大きい。


(シロ。調査状況とか判る?)


(まだ、彼女の身元捜索が開始されたくらいじゃないでしょうか? あ)


「御主人様!」


 バーン! と豪快に扉が開いた! なんで判った。彼女はリハビリのため、能力を使用していないハズだ。まあ、口約束だけれど……なんとなく使っていないと思う。大事な約束は絶対に守るタイプだ。


 この前よりも確実に……ツヤツヤしている気がする。生気に溢れるというか……みなぎっている。みなぎりすぎじゃない?


「やっぱり! やっぱり! やっぱり! 巫の能力などに頼らなくても! 私には、御主人様を判別できる専用の超能力があるのです! そうじゃないかと思っておりました!」


(ただ単に……【魔力感知】……の気がしますが。迷宮創造主マスターの所有魔力はちょっとスゴイコトになっていますし)


 ああ。スキルはレベルアップで覚える前から、なんとなく〇〇が出来る様になった……なんていう、事前習得な時期があったりするらしい。それかな。


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