323:叙爵のざわめき
ディーベルス様が叙爵され、領主として帰ってきていた。少人数でさりげなく帰還し、落ち着いてから発表した様だ。
気がついたら、都市がお祭り気分で盛りあがっている。これまで代官としてこの都市を治めていたディーベルス様が、叙爵して子爵となり、独立した領主となった。今や、最東の領地はリドリスでは無く、カンパルラ領なのだ。
貴族子息でしかなかった代官が、子爵、そして領主となっただけ……なので、町を挙げての女神祭や豊穣蔡といったレベルにはなっていない。が、確実にお祭り気分で盛りあがっている……と言ったところだろうか。
市民は何となく浮き足立っているし、都市の外で活躍する冒険者たちですら、顔付きが明るい。
何よりも、夜光都市を創り出した代官様が、その功績を認められて、叙爵されたのだ。良くなることはあっても、悪くなることはないと思われている様だ。
うむ。それは非常に良かった。
ディーベルス様と共に、辺境騎士団の中核を成す幹部、騎士も派遣されてきている。王立騎士団全体から引き抜かれた騎士の数は、辺境騎士団が望んでいる騎士数の三割に満たない。残りはこれから、王都、領都、そしてカンパルラでも公募されることになっているそうだ。
当然それまでの経歴は重要になるものの、騎士爵を賜るチャンスなのだ。特に平民にとって戦争や内乱以外の平時で、騎士爵という名ばかりとはいえ、平民から貴族に成れるチャンスは早々に無い。
まあ、現実的に……純粋に最低限の話し方や礼儀作法を身に付けているという点から、貴族の次男坊、三男坊がほとんどを占めることになるのだが。
それでも、平民の冒険者から騎士になる者がいないわけではない。ゼロでは無いのだ。
立身出世で自らの家を立てる……というこの世界での成り上がりを夢見る若者は多い。少なくとも、心躍り、酒の席で「俺が!」「お前は無理だ」等と盛りあがるネタとしては、非常に上質なのだろう。
酒場に入れば、どこででも、その手の話題で盛りあがっているグループを見かけることが多くなっていた。
(こうして酒場に繰り出すのは久々ですか?)
(ああ、そうだな……この都市に来た頃は何回か酒場巡りをしたものだけど、食べ物だけでなく、酒もな~フジャ亭の方が遥かに上手いんだよなぁ)
ハルバスさんの腕が凄まじい……というか、天職と実際の職の融合効果はとんでもないのだ。他に比べて確実に差がわかる美味しさって、笑うしかないだろう。
それでも、フジャ亭が大混乱になっていないのはディーベルス様がオーナーで、酒場や宿屋として利益追求しなくていいからだ。
料金が若干高いし、実は、あの店、利用するにはなんらかの「紹介」が必要なのだ。
なので、ハルバスさんの料理の腕は、ディーベルス様の知り合い=カンパルラの上流階級にしか知られていないのだ。良かった。行列しないと入れない様な店じゃ無くて。
で、そんな絶品料理人ハルバスさんの娘で、天職が料理人のマイアが、うちの屋敷……というか、工房で料理を作ってくれているのだ。そりゃもう、外に飲みにいかないでしょ……これ。
しかも情報はさ、シロが生きた情報をリアルテイムで更新してくれるわけで。
(非常に判りやすい考え方です)
(基本楽したいだけだからなぁ~。というか、俺、働き過ぎだよね。ポーションとか結構作ってるし)
(はい。ローレシア王国に肩入れしすぎです)
(そうなんだよなぁ……なんでだろうね)
最初に辿り着いた人類の生息領域だから、だろうか? だからといって、ここまでテコ入れする理由は……無かったはずだ。
(綺麗だった……から、かなぁ)
(綺麗?)
(カンパルラ、小さいからかもだけどさ、まとまってるんだよね。これだけコンパクトに、しかも城壁に囲まれて多くの人間が密集して暮らしていたら……もっと酷くなりそうな気がするのに)
それに浄化装置のおかげで、臭くない。
(ああ、臭いもあるか。臭くなかったのは大きいな)
(確かに。向こうの世界は臭わなかったですし)
なんだろうか、まあでも、全て今さらだよな……。
(ええ。そうかもしれません。理由など……ちょっとしたことで、いま現在は既に、このしがらみから抜けだすことは出来ないですし)
そう。全ては俺が……調子に乗ったからだ。出来る事をしちゃったからだ。自分的に出し惜しみした……つもりだったけど。というか。
(ダンジョンシステムのおかげで、出来る事が多かったんだよな……通常の異世界転移物ってもっと……最初は不自由なことが多いし)
(
(いやいやいや、だって、このシステムって女神が用意したんだよね? 違うの? 俺に何かやらせたくて仕組んだんだよね?)
(仕組んだ……は言い方があれですが、確かに、その通りです)
(女神の目的が、俺をこちらの世界に放り込むことだったとしたら、夢中でレベル上げしなかったら、なんかもっと不味いことになってたんじゃない?)
(そうかも……しれません)
木のグラスに注がれていた、エール(の様な酒だ。元になっている穀物は麦ではない。俺の鑑定だと「オーズ麦」と表示されている)を飲み干す。実に不味い。というか、工房で飲める酒は尽く向こうの世界のものだ。
というか、マイアにはハルバスさんにすら内緒と言ってある。最初は、こっそりだったのだ。こっそり。俺の書斎だけで、異世界転移組である三人で、こっそり楽しんでいたのだ。飲みたくなるときがあるんだよねぇ。
モヒート系のヤツとか、淡麗なビールとか、上質なワイン、ウイスキー、日本酒、ブランデー。特に焼酎は好きな銘柄も多いからなぁ。薬みたいな味のするウォッカも好きだ。
……向こうの世界、酒類豊富だな……こっちの酒場で飲めるのって、さっきのエール(の様な物)とワイン(の様な物)くらいだ。正直、雑味が多く、酒の味を楽しむ、楽しめるといった感じじゃないというか。
(……気付いていられるかもしれませんが……右奥の布鎧を装備している女性……辺境騎士団の副団長です……以前、会ったこともあるのではないですか?)
気付いてない、気付いてない。というか、得られる情報が多すぎて、もう、危険以外はオール無視ですよ。
(では、これ以上の情報はカットしておきます。必要になりましたら、御命令ください)
……って改めて……右奥を見る。
領都や王都、いや、この世界の通常の酒場だと、獣油などのランプの灯りが小さく灯っている場合が多い。あんな奥の席は真っ暗に近い暗がりで、誰が座っているかなど判らない。
だが。この都市の酒場や店舗にはオフィスの蛍光灯レベルの灯りはないが、白熱灯レベルの灯りの魔道具が配置されている。
ほんのり浮かび上がる髪の長い女……騎士か。騎士だな。よく見ればもの凄く大きくて分厚い。長い髪と綺麗な顔付きに異和感バリバリの巨体。
着ているのは金属鎧の下に身に付ける綿入れというか、あれだ、アクトンだか、タブレットだか、そんな名前の鎧だ。
ああ……そう言えば、姫様の近衛騎士として……ずっと側で立っていた気がするな。確かに。
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