321:主従

「やはり、嫌われているのは間違い無い……か」



「そりゃそうですよぉ。姫さま。向こうは平民ですよ~? しかもエルフ~って種族も違うワケで~。どう考えても、貴族とか王族とか権力とかに興味を持ってない……世捨て人、剣聖、聖人なんていう孤高の存在タイプじゃ無いですか~しかも「本物」の錬金術士たちの窓口なんですよねぇ~なんで喧嘩売ってるんですか~? バカですか~?」


 赴任してきた領主館の脇に新設で建てられた、辺境騎士団本部館。その団長執務室で浮かない顔をしている美女が一人。そして、それを詰問している美女がもう一人。


 団長の椅子に座り、下を向いているのは姫様、マシェリエル・ケレル・ローレシア。この国の元第一王女にして、出戻りの王太子姉。戦女神と呼ばれるローレシア王国の最高峰の戦士でもある。

 つり目で鼻筋の通った少々キツイ顔立ちだが、悪役を演じる美人女優といった所だろう。明るい茶色の髪をポニーテールでまとめている。

 身長は165センチ程度。この世界の女性としては大きい方だが、戦士としては小さい。それが剣を持たせれば、古今無双な戦働き、魔物討伐を行うものだから、王国の騎士団、冒険者等の都市外で魔物と戦う者達の人気は凄まじい。

 出戻りであり、年齢もこの世界では適齢期を外れた二十五歳と高いにも関わらず、戦「乙女」として大衆からの支持は異常に高い。

 自分の口から、王太子にとって目障りな出戻り……という言葉が出てくるくらい、人気という点では王国随一と言っていいだろう。


 現在は執務服として、長袖のシャツに飾り付きのベストの様な上着。それにパンツを合わせている。

 一般的な上流階級婦女子の纏うドレスや、衣装では無い色っぽい格好ではない分だけ、女性らしい容姿プロポーションが誰にでも判る。大抵の女性騎士や戦士が、ムキムキのマッチョ系であり、比較した際に垣間見える可愛らしさも、彼女の人気の一因となっている。


 彼女の執務机の斜前に立ち、報告書を片手に応対しているもう一人の美女はアーリィシュ・ケラオ・シャラガ。戦女神の右腕、マシェリエル様の側近中の側近。彼女はマシェリエルの乳母の子、乳姉妹にして、元近衛騎士の側付きだ。

 マシェリエルが戦女神と呼ばれる半分以上の功績は、実は彼女にあると言っても過言では無い。

 魔術や魔力を使用しない、剣のみの腕前は確実に、マシェリエルよりも上。さらに、戦術眼、作戦実行、部下の掌握などにも長けており、女神の懐刀と呼ばれている。


 ついこないだまで近衛騎士として二十四時間態勢のマシェリエルの護衛任務に就いていたが、現在は、マシェリエルが団長となったため、辺境騎士団の副団長の地位に収まっている。


 長い銀髪に半分隠れている顔。見えている部分は美術品の様に美しい。身長は180センチ弱。所謂アマゾネス系の戦士であり、腕や脚に分厚い筋肉を纏い、室内だというのに、部位を隠すタイプの金属鎧を身に付けている。


 そんな彼女の唯一の欠点は……現在隠れている髪の下に隠された左半分の顔から身体に及ぶ大きな傷……である。


 幼少時、熊型の魔物に襲われ、彼女の左半身、顔から肩、そして胸の上辺りまで大きく斬り裂かれた跡が残っている。


 良い出会いが無かったのも確かだが、この傷のせいで通常であれば貴族にありがちな家同士の政略結婚、紹介等も無く、彼女は結婚と縁が繋がらなかった。


 そのため。年齢が二十七歳となった現在、既に本人は結婚を諦め、マシェリエルを守る事を生涯の仕事としている。

 

「まあ、赴任して早々、呼び出したり~会いに行ったりしていないのは、偉いな~大人になったな~と思いますけど~」


「アーリィ……どうすればいい?」


「あらあらあら~。戦女神ともあろう御方が、お可愛らしいことを仰る~。姫様はその御仁と懇ろになりたいのですよね~?」


「ねん……」


 マシェリエルの顔が真っ赤に変わった。


「ふう……というか~遅れてきた春……すぎですよ、姫様。初恋ですか、初恋~」


「あ、ああ。そうさ、そうですともさ。初恋ですよ。この胸の高まり、胸の鼓動、彼の事を思うだけで顔は火照り、熱くなる。なんだこれは、なんなんだ。身体の奥底から沸き上がってくる衝動、これが恋、恋なのか? ねえ、ねえ、アーリィ。これが恋なの? これが誰かを好きになるという事なの? なんなの、これ、なんなの? ドキドキするのよ、ドキドキ。止まらないの。夜寝るときに考えちゃうと寝れないのよ」


「どうどう。落ち着いて~姫様~判ったから~。シー」


 アーリィが人差指を立てて、マシェリエルの口元に近づける。それだけで……マシェリエルは……一瞬で態度を変えた。それまでの慌てた仕草が嘘であったかの様に、冷静な表情を取り戻した。


「……相変わらず……アーリィの「おまじない」は効くな……」


 ふふふ……と笑みを浮かべながらも、アーリィシュは目の前の主君の変貌に、少々驚く。


 マシェリエルは、自分が剣を捧げ、仕えるべき主君として何一つ欠点が無いと思っていた。少々堅物で、王国のこと、民のことを「考えすぎる」きらいはあるものの、それは自分が和らげてさし上げれば良いだろうと考えていた。


 それがこの有様だ。当然、最初は薬物や怪しげな術を施されたかと訝しんだが、自分のスキルというか能力……「おまじない」には、そう言った状態から回復する効果もある。一端は落着きを取り戻すのだから「おまじない」が効いていないとは思えない。


「まあ、でも、主君の願いを叶えるのが臣下の務め。微力ながら尽力致しましょう。でも~失敗しても~怒らないでくださいね~?」


「……困る」


 ……これだ。これまで、こんなことは無かった。彼女は、生まれついて、高貴に足る者。何かを自分に命ずる際に、その責任は命じた者にあると、一切迷いは見せなかった。それこそ今のであれば、通常は「任せる」の一言であるハズなのだ。


 それが……。


 これではただの恋する乙女……しかも初心で生娘な……年齢にすれば成人前。勇者絵巻に思いを馳せる、子どもだ。


 まあ、良い。自分もそのような「普通の娘」の様な心持ちを味わうことが無いまま、これまでを過ごしてきた。少しはその様な時期があって良かろう。


 アーリィシュは……自分もその手の恋愛に関するレベルが最底辺であることを忘れ、乳飲み子を見守る乳母のつもりで考えていた。


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