292:元剣術師範の苦悩3

「私は彼にこれ以上嫌われるようなことはしたくないのだ。ああして強引に力比べをしたことで既に嫌われておるだろう?」


 そうか。だから何一つ……それこそ、私達以外の貴族に対しても、何一つ動いていなかったのか。


「そうですか……その部分を御理解いただいているのであれば……その……姫様の思いをどうにかしていくのであれば……じっくりと進めて行くしか無いでしょうな」


 これはもう、要相談だ。要相談。私と父上では決められぬ。そもそも、相手は、叶わぬ願いが「無い」御方なのだ。


 正直、マシェリエル様は……サノブ殿にとって、この国で一番厄介だ。女公爵という地位に就いているものの、拝領しておらず、今回の貴族の派閥を超えた病の治療の様に、王族としての手腕も見事な物だ。


 何よりも……恋愛という心狂わす事案に於いても、こうして、冷静に、まずはサノブ殿に「嫌われぬ」方策を考えている。こうしてボーッとしているのも実務の無い時だけだ。


 それこそ……権力で強引に、「私の物になれ!」と言われたら、サノブ殿はさっさと他国へ移動するだけだろう。実際そう言っていたしな。

 直接で無くても、しつこく追いかけていたら、同じ事になるハズだ。


 ああ。こうも正攻法に、しかも慎重に言われてしまうと国に、王家に仕える我々としては……いかんとも出来なくなってしまう。


「姫様……ドノバンの言う通り、ノラムと縁を……というのは非常に難しい願いかと思います。が。とりあえず、互いに為人を知りあえなければ、何もかも始まらないのも事実」


「ああ、そうだな」


「では……まずは、物理的に近くに移動しましょうか」


「物理的に?」


「今回の特製ポーションに関係する事案で、その作成方法の伝授……がございましたな?」


「ああ。今、極秘裏に適合者を探しているアレじゃな。多分、王族の中から条件に合う者が選ばれることになると思うが。錬金術や魔術に対して若干でも良いから才能がある者……だったか」


「は。恐らく、現在の王族の事情を考えるに、王家の係累を辿り、現在は平民となっている方を叙爵させて……ということになりますでしょうな」


「それがどうかしたか?」


「当然ですが、その者の護衛、その者が学ぶ場の確保をせねばなりません。ですが、そもそも、カンパルラはリドリス領の一都市に過ぎませぬ。本来なら王国最東の地であるわけですから、深淵の森、さらには魔族に対処すべく、王国騎士団が派遣されていてしかるべき要所です、事実過去には駐留していたこともありましたからな」


 数代前だが、そのような事実が存在する。王国辺境守護騎士団がカンパルラに駐留していたのだ。まあ、他の辺境伯や、領主からの横槍で、短期間で解散となってしまったのだが。


「なので……姫様はその王国辺境守護騎士団を率いて、カンパルラの護りを固める……というのはいかがでしょうかな?」


 ああ、そういうことか。


「正直、爺には、想い人の側に近付いたからといって、今回の姫様の思いがどうにかなる……とは想像も付きませぬ。ですが、この流れなら、姫様がカンパルラで暮らすことになっても「おかしくは」ありませんし、ノラムに一言、「今後はああして挑むようなことはない」と仰っていただければ、「警戒」から入ることはいたしますまい」


「……おお……確かに……」


「保証はいたしませぬぞ? ノラムが姫様の思いに答えるかどうかなど、この老骨には予想すら出来ぬ事。さらにドノバンの言う様に、彼奴は姫様の権威を全く感じぬことでしょう。その場合、どのような結果になることか……ですが。ですが、王都で悶々とされているよりは、出来る限り近い地で、もしも何かあった場合、話ができる位置にいる事が、何よりも大切になってくるのでは……と愚考いたします」


 父上……サノブ殿に投げたな……。が、しかし、ここで我々だけで何か決めるわけにはいかぬ。さらに、姫様の思いにも答えねばならぬ。

 何よりも、リドリス家としては、姫様の協力を得なければ、何かと面倒なことになるのは必然。今後の特性ポーションの件や、ディーベルスの商会運営に関しても姫様が味方についてくれれば、煩わしい事象から解き離れることが可能なハズだ。


 特に現場であるディーベルス、そしてサノブ殿にも多大な恩恵をもたらすだろう。


 それこそ……王国騎士団が駐留していれば……他領の貴族はカンパルラ領に攻め込めぬし、私兵や子飼いの冒険者も動かせぬ。さらに純粋に、狂乱敗走スタンピード対策にもなるし……帝国、緋の月に対する抑止力にもなる。


「確かにそうかもしれぬな……こちらから会うとか強引なことをせず、ただ、側にいる……そういうやり方が必要という事よな?」


「はい。特に……あのノラムにはその様な気を感じまする。果断、即断を信条にしてしてこられた姫様にしてみれば、もどかしいことかも知れませぬが……」


「いや、アーリィにも……恋は武芸では無いと、何度も何度も怒られておるのでな……その辺は爺の言う通りだと思う」


 おお。思いついたらすぐに駆けだしていく姿しか見たことがなかったのに……成長されたのだな……。


「判った。ではあくまで自然に……強引に事を運んだと思われぬ様に、私が辺境へ赴く件、父上にやシャルオに根回しして行こう。そもそも……騎士団を新設せねばならんな……まあ、それは特製ポーションの重要性を考えれば、至極当然であるからな。さすが爺。我が国一の知恵者であるな」


 ……あとは……きっと……サノブ殿が……自分で……多分……いや、謝っておいた方がいいな。先に。

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