073:ナイフ

 奥の仮眠室……というわりには豪華なベッドルームに寝ていた……女子は、これまた意識を失っている。

 どういうことだ? さっきから……こいつらの囲い込んでいた女子は、みんな意識を失っているな。揃いも揃って。そういうプレイ好き……なのかな。


 そんなこと無いよな……。


 まあ、その辺はどうでもいいか。裸に適当なシーツを巻き付けて、寝ていたのを担ぐ。

 うーん。とりあえず、十七階でいいか。なんか違和感が残るんだけど……うーん。

【気配】にも異常はないし、目で見て耳で聞いて。臭いをかいで。自分の感覚……にも何の反応がない。


 これ以上はどうにもならないな。


 十七階の床にシーツに包んだまま、女子を横たえる。冷たくもないし……大丈夫だろ。多分展開はさっきの廃工場と同じ感じになるハズだ。

 後始末は申し訳ないが、三沢さんのとこの人達に丸投げしてしまおう。そうしよう。


 エレベーターで二十階に向かう。十九階は……ちょっと覗いたが、オフィスというよりも倉庫の様な感じだった。鍵とかが厳重でかなり怪しい感じの。


 二十階のドアが開いた。正面に真っ直ぐと伸びる廊下。両側に部屋……か。うーん。こりゃオフィスというよりもホテルだよな。しかも高級ホテル。

 このフロアはアレか、社員の宿泊施設……じゃないよなぁ。


 降りてすぐの部屋が受付というか従業員室……の様になっている。フロントじゃないけど、窓ガラス越しにコンシュルジュでも座っていそうな雰囲気だ。今日は誰もいないけど。


 この階、フロアには……三人。そして多分、さっきと同じ様な昏睡状態の女が四人。ん? 奥にいた一人が……二十一階に移動した? 階段があるのか……。


 とりあえず、まずは「正式」を纏わせて、部屋のドアを封印する。移動されると面倒だし。

 二十一階に行ったヤツは……まあ、エレベーターは完全にコントロールしているから下には降りれないし、この階に戻ってもあのドアは開かない。閉じこもっていてもらおう。


 一番奥にある部屋だから、多分あれがボスだな。えーっとなんだっけ。チンピラのお父さんかな? 子ども思いの良いお父さんなのかもしれないが、社会にとってはかなりの害悪だ。ここまでの状況証拠的に。多分、調べたらもの凄く大きな罪が暴かれるんだろうな。

 あのインテリ眼鏡がついうっかり漏らした武器輸出利権とかっていうヤツ。アレって絶対、日本の裏が沢山関わってるし、下手すりゃ自衛隊だって絡まってるよな……。


 やめた。とりあえず、折角、棒持って乗り込んできてるのに。今は武術の時間だ。


 そもそも。この牧野興産に殴り込みをかけるだけなら、魔術でボンで決着が着く。そのために頑張って訓練したんだし。

 わざわざ、近接戦等で人を殴り殺す必要なんて無い。


 でも。なんとなくだけど、魔術で一瞬で大量の命を奪うのは……ちょっとだけ怖かったのだ。


 第二次世界大戦当時に、核によって一瞬で多くの命が奪われた云々の話を聞かない日本人はいないだろう。

 さらに若い頃、森下社長と共にくぐり抜けた戦場では迫撃砲による爆撃で複数名が吹き飛ぶ現場を目撃したこともある。逃げ場のない市街が最前線だったからなぁ……。

 

 なので、魔物を何千、何万匹と斬り殺してきた俺にとっては、自分の手でヤツラを始末する方が忌避感が少なかったのだ。


 正直、今日、これまで明確に何人もの命を奪っているのだが、物語などでよく見かける「罪悪感」や「嫌悪感」を感じていない。


 そもそも。


 最初のうちはゴブリンというか、人型魔物を斬り刻むことに残酷だな……という感覚が発生していたのだが、あっという間に感じなくなった。


 さらに、ここに来て……人を殺すということに、全くなんの感情も動いていない。

 チンピラビルでお仕置きした時に数名、「あ。やっちゃったかな」と思うことはあったのだが、それっきりだった。


 つまり、遠距離からボーンとやっちゃうことで抱えるトラウマがあるかも? っていうのよりも、近距離でボンの方が気が楽だと思えたのだ。 


 まずは……この部屋か。


 ここも、マスターカードで開錠できるかと思ったが……無理だった。鍵が掛かったままだ。

 なので、さっきの受付、の奥の従業員待機室? に向かう。

 おう。ここには警備員室の様なマスターカードキー保管ボックスみたいな、あからさまな仕様は無いな。見あたらない。


 仕方ない。


 ドアの前で六角棒を構え、思い切りねじ込む。目標は「ブロック」纏いだ。六角棒も「正式」を纏っているので、お互いに砕けたりはしない。


 単純にドアに、面での圧力が加わる。


ゴバン!


 ドアがそのまま後ろに吹き飛んだ。


 中には……【気配】から男。そしてこれまた昏睡状態の女。


 銀線。


 部屋に足を踏み入れた瞬間、Tシャツ短パンの男が両手にナイフを持って襲い掛かって来た。


 半歩。後ろに下がる。


 多分、「正式」のおかげでどうにかなったと思うし、「ブロック」の発動も間に合ったが、手の内を見せる必要も無いだろうと、ただ、下がった。

 

 空を切ると思っていなかったのか、回転が掛かった挙動で、部屋の向こう側に転がっていく短パン。

 まあ、確かに今の一撃は鋭かった。青ジャージみたいに、【闘気】使っていてもおかしくないな。


 さらに、今の銀線。確実に俺の目の辺りを狙って光っていた。いくらかすり傷でも、目がやられていたら怯んでしまっただろう。


 避けて正解か。良かった。

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