042:プロの意見

「エミ……どう思う?」


 地味な事務員の格好をした彼女はエミ・ローレンバーグ。黒髪でアジア系の日本人顔。一見すると日本人の様だが、中身は日米ハーフでボリビア出身の元軍人だ。ひっつめていた髪ゴムを取り、眼鏡を外し、首元を緩める。それだけで雰囲気がガラッと変わった。


 対象は先ほど帰って行った二人……一人は昔からの御得意様で、現時点で大会社の社長さんだ。彼とは常に良い関係を築けているというのがお互いの共通項だ。そもそも、この会社が出来たキッカケも、彼と三沢社長=ボスの関係性からだったらしい。


「ちょっと面倒かもしれないわね……マル対は女性だから、ゴリラ要員もうちの娘がいいと思うんだけど……足りるかしら?」


「ああ、そっちは……そうだな……で。そうじゃない」


「……うん……あれは……」


 エミの顔が曇る。そう。問題は、社長に同伴したもう一人の男だ。交換した名刺から判るのは、中規模の商社のサラリーマン。職種はともかく、日本で最も数の多い肩書き。ザ・一般人と言ってもおかしくないだろう。


「見て……」


 エミが目で合図した先……彼女のパソコンのモニターには、この会社敷地周辺、建物周辺、そして事務所、全ての監視カメラの映像が表示されている。停止しているのは……全てあの男の顔だ。


「全部よ。動線配置の映像、全部カメラ目線。こんなことする意味、ある?」


「無いな……というか、全部か? 隠しも含めて?」


 この会社の防備は……一見すると判らないが、海外の戦時要塞とそう変わらない。当然、監視カメラの配置にも工夫を凝らしてある。……同業者以外に見破られない場所に仕掛けてあるモノも多い。


「彼が……元同業だとしましょう。場所が判るのは仕方ない。だけど……イチイチ目線が判るレベルでチェックする意味が……」


「だよな……むしろ元同業だとしたら、ある程度「わざと」見逃すよな」


「はい。そもそもですが……なにもかも……元になる歩法がなってないですね……明らかに軍隊訓練経験はありません。というか……銃を扱った経験も……格闘技経験もないのでは?」


 確かに、カメラに映し出される歩き方は……なっちゃいない。この瞬間に襲いかかられたら、防御形態に移行する隙を付かれて終わりだ。


「……言うとおり……だな……」


「ええ……ですが……」


 そう。この村野という男には……何かがある。よく見なくても絶対に何かがある。素人と玄人が入り交じっているこの不安定な人間には……よほど秘密が隠されている気がする。正直、エミは村野の無防備な映像をチェックしているうちに、マウスを握る手に汗が酷い。


「違和感しかありません。なぜ彼から強者独特の匂いがしたのでしょうか?」


「ああ……俺も……昔……古武術……刀を使う武芸者と死合ったことが……ある。ほんの少し、そいつの匂いがした」


 三沢も同意見だった。エミの言う通り、ヤツからは歴戦の同僚達の匂いがしていた。しかも強烈に、だ。


「二人とも同意見か……デカいよな……これまでそれを信じて生き残ったことも多い」


 エミも頷く。


「正直……戦いやりたくないな……命賭ければ取れるかもしれんが……俺も確実に壊れる気がする」


 ハッと顔を上げる。ボス……三沢拓也は若い頃から徒手空拳で世界の戦場を渡り歩き、各国の特殊部隊に格闘技の特別講師として教鞭も執っている。現在も所謂、戦闘インストラクターの依頼も多い。後ろに控えて指示を出すだけの司令官とは格が違う。実力があるからこそ、信頼を得ているタイプだ。

 それこそ各国の特殊部隊のトップと戦ったとしても、素手なら簡単に仕留めることが可能だろう。正直エミはボス以上の戦力保有者を知らない。


「とりあえず、ゴリラはツーマンで。側付きはお前の部隊でいいが、張り付きはヤガンの隊にする」


 ヤガン・マーシュ。彼の率いる部隊は現時点でこのPMCの最大戦力だ。通常は日本国外の厄介毎で作戦実行中が普通である。確かに今はキャンセルで日本待機中だが……この手の小さな依頼で動くことは珍しい。それこそ武器を用意し本気で動けば、小さめなテロ組織くらい潰せるのだ。


 ゴリラとは、元々はボディーガードの米国での隠語だが、この会社では護衛業務全般の事を指す。政治家などの公の人間以外でSP的に側付きすることも珍しいが、張り付きといって、それを外側から護衛する任務の人員を配置する事も珍しい。

 これは……人数が少々少ないくらいで、小国の大統領級でも使われている規模のシステムだ。実際にエミはこれと同じ態勢で、内戦中の王国、第一継承権を持つ王女に付いたことがある。その時の敵は某大国の特殊暗殺部隊だった。


「何か……あるとお思いですか?」


「ああ。そのためのヒントができる限り欲しい。至急現状の確認、情報収集を行う。ファーターとミーシェ。二人とも動かせ。収集は今動ける者全員で」


 専属ハッカーのファーターとミーシェ。二人とも某国に執拗に狙われている凄腕だ。この二人を同時に同じ案件で動かすことは珍しい……。ボスの本気度が伝わってくる。


「ああ、それと……ヤモリを……彼に張り付かせる。いざという時の護衛と……彼はまだイロイロと隠している気がする。判る範囲で知りたい。でも正直気付かれたくないな……そうだな……S級のリモートだな」


 ヤモリ。というのは、日本人の忍者の末裔……と言われている斥候調査の専門部隊だ。ボスの腹心と言えるエミですらその正体を知らない。判っているのは世界トップクラスの実力。つい数カ月前も某大国の諜報機関から依頼者を救い出すことに成功している。それを彼の護衛……いや情報収集に向かわせる。それだけ、気付かれずに「何かをする」のが難しい対象と判断しているということだ。


「サー。イエッサー」


「とりあえず、全貌はどの辺で掴める?」


「本日中には」


「よろしい。ではミッション」


パンパン


 ボスが手を打つ。これは彼のクセ……というか、区切りだ。


 日本で唯一、世界的に評価されていると言われているPMCが本格的に稼働し始めた。

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