028:お礼
「太客に気に入られてると、お帰りが遅くても問題無しですか。村野君」
会社に帰ると、係長の嫌味から始まった。この安中っていう男は俺の二期下の後輩だ。俺が教育係を務めた直下だったが、現在ではご覧の通りだ。
俺が中東で死ぬ思いをして返ってきたら、「俺が中東に行った当時の上司は、さらに上の派閥扱いで一掃され、部署もほぼ解散状態」だった。安中はそんな激動の社内で揉むに揉まれて、最終的に自分で直上の上司を探し出し、出世争いに勝ったという事だ。
「ええ、申し訳ありませんでした。ですが、ファーベル様から御提案が。新規飲食ブランドに関わらないか? と」
「え? ほ、本当ですか、村野さん」
「安中係長、敬語」
「あ、ああ、うん、村野君、本当かい? この時期に?」
「この時期だからだそうです」
「どの分野ですか? 食材? それとも建材?」
うちの会社だとその辺が妥当だろう。通常、コンサルとかデザイン、コンセプトなどの企画部分での絡み方は……正直、もう少しランクが上の会社に任せた方が良い結果に繋がることが多い。そもそも、ファーベルクラスの大会社がうちの様な中小商社に声を掛けること自体があり得ない。
「初期段階からだそうです」
「ま、じですか」
「ええ」
「そ、それは上に……」
「はい、当然。ですが、企画提案者として自分の名前を入れてくれませんか」
「それは……」
「安中、これまでお前が俺の企画を全部自分の名前で提出しているのを見逃してきたけどな。この企画はどうにも無理っぽい。頼むわ」
「そ、それは……先方の……」
「社長直々の御指定だと思ってもらっても構わないですよ」
まあ、これくらい言わないとこれまで通り、消されちゃうだろうからね。
別に……正直、このままずーっと定年まで平社員でも良かったのだ。だが、ダンジョンで戦っているうちになんとなく、欲が湧いてきた……気がする。実生活を充実させたい。時間のコスパ良く仕事終わらせたい。そうなると、サラリーマンは出世するしか無い。正直他の職業への転職は……無しだ。今から一から構築していくのは正直厳しい。特にあちら、ダンジョンで、一から構築している途中だし。
事件のあった次の日。森下社長から連絡が入った。あの時の受付嬢三人が直接お礼を言いたいそうだ。メールで何度か、いいからOKですと返したが、社長も困っている様だった。
「頼むよ~あのさ、うちってさ、秘書室の新人研修部門が受付業務を行ってるのよ。で、主任秘書の箕尾さんがね。どうしても後輩の希望を叶えたいと譲らなくてさー」
「はあ」
最後は直接音声通話を繋げてきた。正直、社長には長年お世話になってるし、個人情報はお互いに交換していたけれど、電話で連絡なんてこれまで数回しか無い。それくらい切羽詰まってるってことだろう。社長なのに。
最終的には断りようがなく、了承した。なんでもファーベルの多目的福利厚生施設ってのがあって、そこで料理をご馳走してくれるそうだ。
「何と都会的なバーベキューでしょう」
「結構良いでしょ。コロナでさ、大規模なイベントは出来なくなったから、こうして、ベランダ付きの個室をいくつか用意してね。家族単位、仲間単位で使える様にしてるのよ」
「さすが~大会社」
所謂1DKだが、キッチンスペースが20畳くらい。ダイニング部分にソファが置いてあってそれも20畳くらい。さらにバルコニーが同じくらい。キッチンには大きめのテーブルも用意されている。雨が降っても大丈夫。
バルコニーは結構高めのフェンスで囲われていて、周囲から覗かれる心配も無い。バーベキュースタンドが二つ。ピザ窯もある。
そこにエプロンをした女性……あの時の受付嬢が三人。それと森下社長と、少々年配のザ・秘書といった容姿の女性。バリバリ仕事してますよ~というよりは、一歩下がって丁寧に対応するタイプというか。彼女が箕尾さん……か。
「村野さん、改めて御礼申し上げます。うちの後輩たちがお世話になりました」
御辞儀が綺麗だ。それに気付いたのか、エプロンの三人も慌ててこちらに近付いて来て頭を下げた。
「「「助けて下さり、ありがとうございました」」」
打ち合わせしていたのかってくらい台詞が合ってるな……。
「いえいえ、別に大したことはしていないですからね。気にしなくて問題無いですよ」
「そう仰っているのは社長から何度も聞かされてたのですけれどね。三人が三人ともどうしても……って引かないものですから……そのうちに私も興味を持ちまして」
「はあ……実際に会えばつまらない男ですよ……?」
「いえ、そんなことありません!」
この中だと一番若い若島さんが元気はつらつで突っ込んできた。確か22歳で……東北出身で口調に少し訛りが残ってるかな。髪はショートカットで目は二重。顔の面積に比べて各パーツが大きい。ある意味美少年……にも見える。遠くからでも表情が分かる感じだ。
「む、村野さんは社長応接直結のお客様なのにもの凄く丁寧で」
「それは自分が平社員で、立場が違いますし」
次に話しかけてきてくれたのは松山さん。24歳。首辺りで切りそろえられた髪型はボブカットだっけかな? 似合ってる。今風というか、女子アナかなんかでいそうな感じだ。
「中身は既にただのおっさんですから。趣味もゲームなつまらない人間ですし」
「ゲームされるんですか? お好きなジャンルは?」
「え、あ。アクションとかRPGとか……ですかね」
「あの、私も趣味がゲームで……」
そう言うのはああ、今の時代はこんな美人もゲームをするようになってきているのだな? と感心してしまうくらい、美しく長い茶髪の最上さんだ。その髪の毛……ゲームするときは邪魔じゃ無い? と思わず思ってしまうくらい、主張が激しい。26歳だったはず。
彼女は目は細めだ。鼻筋が通っていて、薄い唇。髪の毛に合わさって、少々古風な感じもするが、髪の毛のふわっとした感じで今風になっている。本当にゲームが趣味なの? って感じだ。
というか、容姿は……正直三人とも美人さんで無駄にドキドキして困る。さすが大会社の玄関を飾る花形部署だけのことはある。
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