第3話:砕き穿つ黒水晶<モーリオン・バンカー>
「あんた、なんでそんな頑丈なの」
天然の洞窟内にカーネリアの呆れたような声が響く。
「うーん、労働で鍛えられたからかな?」
すっかりひしゃげてしまったツルハシを手に持った、クオーツが答えた。
「にしたって、あの爆破を背に受けてかつ、あの衝撃を背中に受けたのに、ちょっと痛い程度で済んでるのは異常よ? あんたも竜の血が流れてるんじゃない?」
「両親は二人とも人間のはずだよ……顔を知らないけどね」
「孤児?」
「ああ」
出口を探して、二人は鉱山の地下を彷徨っていた。もはや人の手が入っていないそこは天然の洞窟で、どこまで続いているか分からない。
クオーツがぽつぽつと過去について話すと、カーネリアはまるで当事者のように笑い、泣き、そして怒った。
「信じられない! そもそもここはあたし達の領土よ! 無事出たら、そんな鉱山ぶっ潰してやる!」
「あはは……そういえば、君はなぜここに?」
「……秘密」
「ならいいよ。無理に話さなくて」
「そういう時は、あっさり引き下がらずにもうちょい聞きなさいよ。乙女心を分かってないわね」
「……ええ」
その理不尽な物言いにクオーツが苦笑しながら、再度カーネリアに問うた。
「……あのね、リンドブルム王国はそっちでは竜の王国なんて言われているけど、正確には
「ああ、そういえば、竜と竜人の違いってなんなの?」
クオーツが疑問を口にした。
「竜は古のままの姿を差す言葉よ。あたし達の祖先は、その姿に誇りを持っていたけれど、人間との長い戦争を経験して、やがて人の姿の方が色々と効率が良いことに気付いたの。だから一部の竜は人の姿へと形を変えた。だけど、それを良く思わない竜も勿論いて、彼等は頑なに竜の姿を保った。そんな者達をあたしたちは――古竜と呼んでいるわ」
「じゃあ、上にいたあの水晶竜……ガジャラだっけ? は古竜なのか」
「そう。そしてあたしのような人型の者は竜人と呼ばれるようになった。同じ竜だけど……未だにいがみ合っているわ」
「なるほど……それでカーネリアはあいつから隠れていたんだ」
「そう。本当は……あいつを狩るつもりだったんだけどね」
「狩る?」
「そう。あいつが邪魔だから。だけども、そこにあんたらが現れて……この有様だわ」
「なぜ、あいつを? 何が邪魔だったの」
二人の声が洞窟にこだまする。クオーツは前方がやや明るくなっていることに気付いた。それに何か妙な感覚を覚えた。何か……こう引かれていくような感覚。
「あいつは、番人なのよ。竜水晶のね」
「っ! やっぱり竜水晶はこの山にあるんだ」
「ええ。それを探しに来たの。それさえあれば……お母様を救える」
「……そうなんだ」
二人が洞窟抜けた先には――ぽっかりと空いた空間が広がっていた。
ドーム状のその空間には何もなく、ただ中央に青い澄んだ水晶が浮いていた。
「あれは……」
「凄い……あれが……竜水晶だわ」
間違いない。クオーツも見ただけで分かった。その水晶からは青い波動が一定周期で放たれており、離れていても、凄まじい力を感じた。
「これで……お母様を救えるわ!」
「でも、あれ大きくない?」
「大丈夫。欠片でも良いから」
「なるほど。じゃあ、このツルハシで少し砕こう」
「うん!」
二人がそのドーム状の空間の中を進んでいく。
「綺麗……こんな完全体の竜水晶は初めて見た。あたしの国でも、小さな欠片しかないから」
「凄い力を感じるよ」
二人が中央に近付くと、まるでそれが分かっていたかのように浮いていた竜水晶が音もなく、二人の目の前へと降りてきた。
「じゃあ、少しだけ……」
そう言って、クオーツがピッケルで竜水晶を削ろうとした瞬間。
カーネリアは竜水晶に反射して映る背後の様子を見て、目を見開いた。
「危ない!」
カーネリアがクオーツを両手で力いっぱい押した。
「へ?」
倒れるクオーツの目の前で――カーネリアの胴体に尖った水晶が突き刺さる。
「カーネリア!」
クオーツがそう叫んで、起き上がろうとした瞬間、空間にどこかで聞いた声が響いた。
「それは……人が手を出して良いものではない……竜人も同様だ。この愚か者が」
現れたのは――水晶竜ガジャラだった。その水晶状の目が、倒れたカーネリアとクオーツを睨んでいた。
「油……断したわ……」
カーネリアが、水晶が刺さったままの状態で地面に倒れ、悔しそうに呟いた。
「カーネリア!」
クオーツが駆け寄り声を掛けると、カーネリアが微笑んだ。
「大丈……夫……竜人はそう簡単には死なないから。それより……逃げ……て。あれに人間は……勝てない」
「君を置いて逃げるなんて出来ない」
クオーツが彼女を庇うように進んでくるガジャラへと立ちはだかった。その手にはあるのはひしゃげたツルハシだけだ。
それは、竜に挑むにはあまりにお粗末な武器だった。
彼もそれが無謀な行為だと分かっていた。本当は逃げ出したい気持ちで一杯だった。
だけど……彼の中の何かがそれを許さなかった。
「なぜ、人と竜人が行動を共にする? 分からん……分からんが……まあ死ぬがよい」
ガジャラが右前足を払った。たったそれだけでツルハシは砕け、クオーツの身体はあっけなく吹っ飛ぶ。
「クオーツ!」
カーネリアの声が響く。クオーツは宙を舞いながら自分の不運さ、そして非力さを悔やんだ。
なぜ、僕なのだろうか。
なぜ、僕がこんな目に合わないといけないのだろうか。
僕には、何も守れない。
僕には、何も成し遂げられない。
そんな想いと共に、視界に蒼色が広がっていく。
〝何を望む〟
そんな声が聞こえた。
もちろん、答えは一つだ。
「力」
〝どんな力を望む〟
「誰にも……竜にも負けない力……カーネリアを護れる力」
〝ならば授けよう〟
そんな声と共に、身体が熱くなっていく。
「ああああああああ!!!」
ガジャラに吹き飛ばされ、
それと共に竜水晶が無音で砕ける。
「っ! バカな……竜水晶が……人間と共鳴した?」
ガジャラの驚きと共に、クオーツが立ち上がった。その右手の甲には何やら紋章が刻まれている。
「ああああああああ!!」
竜水晶の欠片が降り注ぐ中、クオーツが地面を蹴った。蹴ったあとがまるで爆発したかのように砕ける。竜水晶によって引き出された彼の力が身体能力を限界まで引き上げていた。
その速度は人を逸脱しており、ガジャラが目を見開く。
「ありえん」
反射的に右前足で迎撃しようとしたガジャラだったが、それに対しクオーツがしたことは、タイミングを合わせて右の手のひらでその右前足へと触れるだけだった。
その瞬間、クオーツの手のひらからつらら状の太い黒い水晶が射出された。
それはいとも容易くガジャラの右前足の、超硬度を誇る水晶とその下にある鱗、そして束のようになった筋肉と骨を貫通し、結果右前足が千切れ飛んだ。
その黒水晶はすぐに砕け散って跡形もなく消える。
「……凄い」
「バカな!?」
カーネリアとガジャラの言葉が同時に響き、クオーツが跳躍。
ガジャラの身体から生えた水晶を足場に昇っていき、頭部へと辿り付いた。
「図に乗るな人間!」
巨大な顎を開けたガジャラに対して、クオーツは右手を差し出した。
「死ね!」
その一言と共に、まるで断頭台のように上下の牙が閉じられた。しかしクオーツは器用に空中で体勢を変え、それを回避、右手をガジャラの尖った顎先へと置いた。
「ま、待て! やめ――」
ガジャラの言葉の途中で再び黒水晶が右手から出現し、それは一切の音を放つことなく、ガジャラの顎から脳天までを貫き、そして砕けた。
ガジャラの身体が床へと倒れ、クオーツが着地。空間が揺れる。
「………これが僕の力?」
クオーツが右手をジッと見つめた。そしてすぐに倒れているカーネリアへと駆け寄った。
「あんた……力を得たのね……しかも完全体の竜水晶から」
カーネリアがゆっくりと立ち上がる。既に、腹の傷は塞がりはじめていた。
「ごめん。本当はカーネリアがお母さんを救うために使いたかったんだろ?」
「大丈夫……欠片があれば良いの。これだけあれば……十分ね。ついでにガジャラの角水晶も」
周囲を見渡せば、確かに竜水晶の欠片がそこら中に散らばっていた。
「さあ……今度こそ脱出しましょう。その力と身体能力があれば……出られそうね」
「うん。行こう」
こうしてクオーツは竜水晶によって、古竜すらも倒す強大な力を手に入れたのだった。
のちにその力は、こう名付けられた――有象無象の区別なく、触れた物を須く貫き砕いていく……〝
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