水晶騎士は静かに貫く ~Aランク冒険者に騙され過酷な鉱山に追放された少年、触れたあらゆる物を貫き砕く〝黒水晶〟の力を得て最強に。今さら仲間になれと言われても竜国の姫に騎士として見初められたので嫌です~

虎戸リア

第1話:追放先は違法鉱山

 ファブール王国王都――ファブルヘイム。


 そこはAランク冒険者パーティ【輝けるロータス】の拠点となる酒場。


「追放ってどういうことですか! 下働きすればギルドに紹介してくれるって約束でしたよね!?」


 少年の声が響く。灰色の髪に、まるでエメラルドのような色の緑眼が印象的な彼の名は、クオーツ。冒険者志望の少年であり、憧れていたこのパーティに先日入ったばかりだった。


「いや、ねえ……ほら、君、ですからねえ……」


 そう、ねっとりとした言い方をしたのは、暗い表情を浮かべた痩せぎすの男――ラルスだった。彼はAランクの魔術師であり、持っている杖の先端には紫色の水晶が嵌まっている。


「だって、まだスキル選定を受けてないですから! そりゃあ剣も魔術も皆さんと比べればまだまだですけど、これから修行すれば……」

「ま、普通はそうなんだけどねえ」


 今や冒険者は、騎士に次ぐ人気の職業だった。魔物を狩り、未知を探索する冒険者は若者達にとって憧れの的だ。クオーツもそれに漏れず、田舎からこの王都に出てきたのも、冒険者になるためだった。


「今や冒険者は飽和状態。ギルドも、紹介状がないと登録すらしてくれないからねえ。だから冒険者志望の者は既存の冒険者パーティにまず入って、才能があると判断されればギルドに紹介してもらえる……。勿論そのままそのパーティに所属することが殆どなので……君がここを選んだのは大正解ではある」

「まだ入って二日なのに……追放って……リーダーのパスーラさんと話させてください! パスーラさんがそんな事言うわけがない!!」


 Aランク剣士のパスーラと言えば、この王都で知らぬ者がいないほどの実力者だ。とても優しくて、入って二日目の新人を追放と言うような人物では決してないとクオーツは思っていた。


 しかしその言葉が、ラルスの要らぬ反感を買ってしまった。


「パスーラ……パスーラとうるさいぞ! このパーティを成長させたのはこの〝黒魔のラルス〟だ!! 俺が追放と言えば追放なんだよ!」

「そんな……僕はどうすれば」

「くくく……お前はバカだ。バカな上に無能で、どうしようもないクズだ。最後に一つ教えてやるクオーツ。冒険者ですらないお前の存在はこの王都ではな……ゴミ以下だ。そんなお前を人間にしてやるのが俺達の仕事なんだよ」


 そう言って、ラルスがパチンと指を鳴らした。


 すると、誰もいなかったはずの拠点に、ぬるりと黒い影が現れる。


 クオーツはその影が纏う匂いに、ぶるりと身体を震わせた。濃厚な、血と死の臭いが……影達から漂っている。


「だ、誰ですかこの人達は!?」

「知らない方がいいし、お前が知ることはない」


 一人の影が、金貨がじゃらじゃらと鳴る音を響かせながら、革袋をラルスへと渡した。


「健康かつ若い男を欲しがるところはいくらでもある。こいつには……リンドブルムの水晶鉱山に売り飛ばす。いいな?」


 影の囁くような声は、クオーツにとって、事実上の死刑宣告だった。


「好きにしろ。いつも通り……依頼中に死んだと処理するさ」


 ラルスは金貨を懐にしまうと、そのまま去ろうと立ち上がった。


「ま、待ってください! どういうことですか!?」

「お前を人間にしてやるのさ。奴隷と言う名のな! せいぜい働いて金を稼いでくれ! その金で俺らはまた一歩Sランクに近付くのだからな!!」


 それだけを言うと、ラルスが去っていった。


「ふざけるな! 奴隷ってなんだよ! ラルスさ――かはっ」


 クオーツは言葉の途中で影に後頭部を鈍器で殴られ、気絶。


「運ぶぞ」


 こうして、クオーツは冒険者になることもなく――悪徳冒険者パーティによって、水晶鉱山へ奴隷として売り飛ばされたのだった。



☆☆☆


 それからのクオーツの日々は過酷だった。


 彼が奴隷として売られた先は、リンドブルム王国――現在は和解したが、かつては人類と敵対していた竜族の治める国――の領土内にある違法の水晶鉱山だった。


 そこを仕切るのは王都ファブルヘイムの大商人である〝リンツ一家〟であり、彼等はもちろんリンドブルム王国の許可なく、秘密裏に採掘を行っていた。


 リンドブルム産の水晶や鉱石は付加価値が高い代わりに、関税が高くまともに輸入していては天文学的な価格になってしまう。そこをリンツ一家は違法採掘という形でそれらを仕入れ、そして王都で売りさばいていた。


 その為に、その違法鉱山は一見するとただの山に見えるが内側にはちょっとした街が築かれており、労働者達は日を見ることなく、終日採掘に明け暮れていた。


 まともな労働者は一人もいない。全てが、クオーツのように騙されて売り飛ばされた奴隷か、犯罪者だった。


 違法であるがゆえにまともな設備もなく、毎日数十人単位で労働者が死んでいく、地獄。


 帰還率は一割と言われるこの水晶鉱山はいつからかこう呼ばれていた。飲まれたら最後、生きては戻れない――〝竜の顎〟、と。


「おい、今日はF地区に行けってよ。早くしろ愚図!」

「は、はい!」


 先輩採掘者に蹴られながら、クオーツは今日も水晶の採掘を行っていた。


 もはやここに来て、どれほどの時が経ったかすらも分からない。


 どれだけ掘ってもどれだけ働いても、給与は出ない。全て日々の食事や衣服、そして道具の借賃に消え、残る僅かの賃金も、希少な水晶や鉱石を見つけた時に出る特別報酬も、全て【輝けるロータス】へと送金された。


 それを同じように【輝けるロータス】に騙された先輩に聞いた時に、クオーツは怒りと悔しさのあまりに、右手を壁へと叩き付けた。そして騙された自分の愚かさを呪った。


「どれだけ働いても無駄だが、働かなければ死ぬ。ここは地獄だよ」


 クオーツも、他の採掘者も皆首輪を付けていた。嵌められた黒い石は〝爆石〟とも呼ばれ、〝リンツ一家〟の監督官達のみが使える起動魔術を発動すると、爆発する仕組みだ。無理矢理外そうとすれば、当然自動的に爆発するようになっている。


 逃げ場はなく、救いはなかった。


 クオーツはしかし働いた。絶望のまま、ひたすら採掘した。そうでなければ狂ってしまいそうだった。いつか、もしかしたらパスーラがラルスの悪行に気付いて助けに来てくれるかもしれない。そんな微かな希望を抱いて。


 気付けば、クオーツは青年になっており、この鉱山の中でも古株になっていた。この場所は次々と人が入れ替わるだ。


 それはつまり、如何にこの鉱山が危険であるかを物語っていた。


「先輩、F地区ってなんで危険なんですか?」


 日々の重労働と、栄養のみを重視した質素な食事のおかげで、すっかり引き締まった筋肉質の身体を手に入れたクオーツが、先輩採掘者へと問うた。


「あん? ああ、お前は初めてか。あそこはな、希少な鉱石や水晶がまだ手付かずに残っているんだが、なんせ山の向こう側に近いんだ。それに〝クラック〟もそこら中にあるからな」


 クラックとは地震などによって生じた亀裂のことだ。落ちたら最後、戻ってくる術はないと言われている。クオーツも何度か目の前でクラックに労働者が落ちていったのを目撃した。


 彼等が戻ってくることはなかった。


 だがそれよりも先輩採掘者の言った、違う言葉が気になった。


「山の向こう側?」

「つまり、竜共の領土に近付くってことだよ」


 クオーツはこの鉱山の立地を思い出す。この鉱山は東側がリンドブルム王国に含まれているのだが、西側はギリギリ、ファブール王国の領土内だった。よって採掘者の街がある西側は安全なのだが、鉱山の東部に位置するF地区はリンドブルム王国の領土でありそれはつまり、竜達に存在を気取られる可能性を示していた。


「見付かったら、ここは終わりじゃないですか? なんでそんな危険なところを掘るのですか?」

「そりゃあ希少な水晶が取れるからな。特にリンツ一家は竜水晶を探しているそうだ」

「なんですかそれ」

「あ? んなことも知らねえのか。ああ、お前、スキル選定まだだっけか」

「はい」

「特殊な水晶にはな、その人が持つ潜在能力をスキルとして発現させる力を持つんだ。スキル選定に使われる水晶もそれだよ。で、竜水晶ってのはその中でも特に希少でな。なんでもそれによって得られるスキルは、他のスキルとは桁違いの力があるそうだ」


 先輩の説明にクオーツは頷きながら、トロッコを押していく。


「凄いですね」

「ああ。いわゆるSランクだとかAランクの冒険者や、王国騎士の序列一桁の連中は皆、竜水晶に見出されたって噂だ。まあ実物は俺も見たことはない。リンドブルムに行きゃあるんだろうがな。さ、仕事するぞ。クラックに気を付けろよ」


 F地区にたどり着いた頃には、クオーツ達を除いて誰も採掘者はいない。


 暗い坑道を、淡い光を放つ水晶が照らしていた。その光景が、クオーツは決して嫌いではなかった。


「今日は少し深いところに行ってみよう」

「やる気ですね先輩」

「ああ。俺もな、スキル選定を終える前にここに売られたからな。竜水晶を見つけて、スキルを発現させたら……ここから脱出できるかもしれねえ」

「ああ……なるほど」


 無邪気にクオーツは頷いて、先輩労働者と共に掘り続けた。


 そして、クオーツの振るったツルハシが坑道の壁を崩したその時――目映い光が二人を襲う。


「こ、これはまさか!」


 壁にできた穴は広い空間に繋がっていた。そこでは色とりどりの水晶が乱立しており、特に中心部には強い光を放つ赤色の水晶が鎮座していた。


 それはクオーツがこれまでに見た、どの水晶よりも美しかった。


 しかし目の前の床にはクラックがあり、足下に気を付けて進まなければならない。


「あれは……まさか」

「先輩、あれって……」

「間違いない……」

「掘りましょう!」

「……お前が先に行け」


 その言葉でクオーツが一歩足を踏み入れた、その瞬間。


「悪いな、クオーツ」


 そんな声と共に、ドンとクオーツの背中を押される。


 目の前には――クラックがあった。

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