友の気まぐれ

懐中灯カネ

友の気まぐれ

人の気持ちが分からないんだってさ。自分の声だけがいつも鮮明に聞こえて、誰のことも考えられないんだって。笑っちゃうね、言ったらしいよ。


「イエローモンキー、こっちを向きな

よ。」


彼らが笑って、つられて自分も笑って、泣けなかったんだって。本当は、泣きたかったんだって。


"国"とか"世界"とか"地球"とか"宇宙"とか。誰がって言うとそれも違う気がするんだけどね。でも僕はそれしか伝える術を持ってないから。一体、誰が知ってるっていうの?誰が決めたっていうの。知ってる、も決めた、も違う気がするよ。

まぁ、きりがないね、こんなことは。

きっとみんなそうだね、どうしたらいいかなんて分からないんだ。


体の底から熱を感じるんだ、とか言ってみるのもいいね。言霊ってやつを、信じてみるんだ。口に出し続けると本当に叶うとか、叶わないとか。やってみるだけ無駄なのかな?どうかな、自分の中に、情熱なんて残ってると思う?思わないならさっさと諦めて、大人になるのがいいね。だって大人って、そういうためにあるんだものね。


明日の方向も、明後日の方向も、ずっと先の方向も、僕らは知ってて、分かってて、でもそれは決まっててさ。じゃあ昨日は?ってきかれると途端に俯いて知らない、分かんない、忘れちゃったってさ。まさか本当に、だって5分前にできたんだから、僕らはゲームのキャラクターに過ぎないんだから、仕方ない、なんて言い出さないよね?


「汚いんだから、死ねばいいよ。」


彼らは笑ってこっちを見てる。見なければいいのにね。彼らは目を背けることを選択できるはずなのに、絶対にそうはせず、自分たちの力で排除しようとしてるんだ。それも、無意識のうちにね。ご立派なことだね。お試しになるつもりはないって、僕にもあった唯一のそれがそう喚くんだ。ゲロまみれの床を何かで拭いたら、それは汚いってポイされて、地球ってやつが汚れるらしいね。その何かが例え、ブランドのハンカチだったとしてもだよ。ずっとどこかは汚れてるんだよ。そう、僕の心みたいにね。僕だって良い行いをして生きたいって常日頃思ってるんだ。だけどいざそれをしてしまうと、どこからか汚れたものがやってきて、僕に言うんだ。お前が救ってやったんだから、お前が壊してもいいんじゃないか、ってさ。可哀想だと思うか、僕を悪人だと言うか、どっちでもいいけど、僕を汚いって感じたんなら、どっちでもないのはやめてね。あえて言うけれど、君だって同じはずさ。


「イエローモンキー、お国に帰れよ。」


彼らは今度は笑わずに言ったんだって。はっきりと、今ここで殴ってやりたいって思ったらしいよ。自分に殴れ殴れ殴れ殴ってしまえ!って言い聞かせながら腕をぶん回したんだって。そいつの間抜けな顔をしっかりと目に、脳に焼き付けてやったって、泣きながら僕に言ったんだ。それから、どうして自分がこんなに腹が立ったのか、今考えるとよく分からないんだ、とも言ってた。


「だってきっと、自分みたいなのは他にもいっぱいいて、同じ経験をしているはずなんだ。自分だけが辛いなんてそんなわけないのに、どうしてかこの世に1人だけなんじゃないかと思えてさ。でもそれと同時に、俺と同じ肌の、同じ境遇の俺じゃない奴だったらこんな風にはなってないとも思うんだ。もっと、上手くやれてるはずだって。自分のどうにもならないとこ以外もどんどん嫌いになってくんだ。あいつをぶん殴ったら、何か変わるかもって、だから腹が立ったって脳が勘違いして、こうなったのかも。俺が全部、悪いのかな。結局何か、変わると思うか?お前だって…。」


お前だって、何て言いたかったんだろう。もう分からないけど、あいつはぐっと言葉を飲み込んで、濁しもしないで黙り込んでしまった。僕はそんなあいつに、馬鹿だなって言ったんだ。でもさ、確かにあいつに言ったけど、彼らについて、言ったつもりだったんだよ。もう、どうでもいいんだけどね。そんなことは。他に言いようがあっただろうに、僕はそれしか言わなかったんだよ。決まってる、馬鹿なのは僕も同じだ。


「まさか死ぬなんて、思わなかったんだ。」


彼らが真剣な顔で、おそらく本心でそう言うから、人ってなんて素晴らしく醜いんだろうって思ったね。最も、僕が人間だからそんな感想になるだけであって、別の何かで、別の時間軸の、別の次元に生きてるなら全然違った感想だったかもしれないよ。だけど僕は人間で、21世紀の、3次元に生きてるんだよ。僕は自分が間違ってないって、信じてる。何度も何度も口に出して言ったもの。だから僕はまだ大人じゃない。いつまでたっても馬鹿な子供のままなんだ。


それで、彼らの醜さっていったら、芸術と呼べるぐらい、すごいんだよ。ピカソあたりの、僕にはちっとも分からない美しさに、少し触れた気さえしたんだよ。多分、僕らはちっぽけなんだ。ちっぽけすぎて、脳みその働きが悪すぎて、気が付けないんだろうね。気が付いても、知らないふりを決め込むんだ。僕も同じさ。全く同じ。何を信じてどう自分を正当化したってちっぽけすぎて誰にも届けられないんだ。否、届けようともしなかったな、僕は。上手く言葉にできないな、何ていうか、こういうのが僕の周りで起きた、僕のリアルなんだ。どこか遠い、地名も聞いたことのない所の話だったら、僕だって相応に怒ってただろうよ。薄情なんて言ってくれるなよ。だってあいつがあまりにも泣くもんだから、泣けなくなったんだよ。泣いてやれなかったんだよ。


「ブラックモンキー、あっちへ行きなよ。」


彼らは繰り返す。乾いた笑い声と共に、歴史は繰り返す的な感じで、それはそれは芸術的にね。こうなるのは分かってるのに、どうせそれは嘘だとか、本当はこうだとか、でっちあげの美談とか、もう聞き飽きたよ。きっと誰も、望んでないよ。じゃあ一体誰が?答えてあげようか、それとも自分で考えてみる?そのちっぽけな脳みそがカラカラになるまで考えるといいよ。僕だってそうしてきたんだからさ。


何してもこうだ、歴史は繰り返す。明日は明日来る。今は今しかない。昨日はもうない。当たり前は当たり前じゃなくて、みんながバラバラの幸せを求めて批判し続ける。その中でほんのちょっぴり成長する。でもそれさえ気付けずに、あれ、世界の終焉でした、なんて笑えないね。いつだって感化されて、僕らは生きている。それが正しいとか、良いことだとか、悪いことだとかは分からない。分からないけど、それだけが事実だ。どの時代もそう。この先もずっとだ。


唯一のそれは、みんな持ってるもので、みんな嘘で塗り固めて、誰もが唯一でありますようにと願ってるものだった。だからみんな同じで、唯一を、人と違うことを、共有している。この先もずっとだ。きっと、死んだあいつがふと一人になった時、唯一のそれは誰にも言わずに消えちゃったんだ。僕は僕が嫌いだし、あいつは彼らが嫌いだったから、死んでよかったのかもしれない。執着する必要なんて、きっとどこにもないんだ。

だけどなんだか、ふと、何気ない日常に、毎日の中に、あいつがいたりする。決まって、怒ってるような泣いてるような笑ってるような、よく分からない顔をしている。僕が傍観者でしかいなかったせいで、あいつはずっと、よく分からない顔のままなんだ。よく分からないまま、ずっと、もうここにはいないんだな。

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