冷たい戦火

流音

プロローグ

 西暦2041年、8月28日。マグニチュード7.4の大地震が東京を襲った。1923年に起きた関東大震災のマグニチュード7.9に匹敵する日本における過去最大級の大地震であった。

 地面の液状化により多数のビルは傾き、住宅地は火災により焼け野原となる。至るところに黒焦げた人形のようなものが転がり、血まみれで逃げ回り叫び続ける人々の姿。動かなくなった我が子を抱きかかえ慟哭どうこくする人。

 まさに地獄にふさわしい光景だったという。

 内閣の報告によると、都内の住宅の2万棟以上が全壊、3万棟以上が半壊した。

 それに伴う死者は計1万人に上る。さらに二次的に起こった火災により死者は10万人にまで及んだ。この火災による死者数は関東大震災をも超える数である。

 行方不明者は最終的に6万人にまで上った。この壊滅的な死者数は鉄道や道路などの交通システムが地下にまで進出していることに起因していた。

 東京だけで死者及び行方不明者が17万人にまで及んだこの地震は、日本史上最悪の災害が起こした悪夢として人々の記憶に刷り込まれることになった。


 しかし、悪夢はそれだけで覚めてはくれなかった。

 地震が起きた日から3日が経過した日。

 東京を含む周辺の被災圏は、他県から自衛隊が派遣され、復興の援助を受けていた。

 そのとき総務省からの緊急連絡が入る。

 太平洋沖で発生した大型の台風が進路を日本に変えたとのことだった。

 復興支援がある程度進んだ地域の自衛隊は一旦退散するよう指令が下る。

 だが、東京での復興支援は想像以上に難航し、やむを得ず、まともな復興がなされぬまま、自衛隊は退却した。

 被災者たちは見捨てられ、心許こころもとない仮設住宅で大型の台風に備えろと言われたようなものだった。当然被災者たちはこれに反発。自衛隊への信頼は瞬く間に失われ、残っていた自衛隊を都民が集団で襲撃し、殺害に発展する事件まで起こった。

 これには自衛隊側も激怒し、今後の支援を半分以下に削減するとの表明を出した。

 こうした国民と自衛隊との闘争が勃発ぼっぱつする中、大型台風は最悪の進路を辿った。


 被災地を直撃した大型台風の風速は最大で50メートルにまで及び、地震によって崩壊していた東京を含む関東圏にかつてないほどの甚大な被害を及ぼした。

 本来ならば最小限に抑えられたはずの被害を最大で受けることになった東京はもはや誰もが復興を諦めるような有様だったという。


 こうして日本史に残る最悪の自然災害が起こった年として2041年が歴史に刻まれた。

 それだけに及ばず、国民と国との信頼が崩れた年としても当時を生き抜いた人々の頭の中に刻み込まれることになった。


 そして2041年を機に、東京を含む関東圏の犯罪率は激増した。

 国への不信感、そして自然災害の恐怖に取りつかれた人々は、自らが生きるために略奪行為、暴行、果てには殺人までを当然のように行うようになり、東京はあっという間に、犯罪者が闊歩かっぽする殺伐とした都市へと変貌した。

 それによって都市システムや流通も停止し、関東圏に限らず日本全域に不景気が起こった。それに伴ってますます国民は自らの生を求めて野蛮な行為に出るようになった。

 もはや平和な日本など、もうどこにも存在しない。

 あるのは犯罪に埋め尽くされた第二の東京だった。


 そんな時代に私、松坂燐花まつざかりんかは産まれた。荒れ果てた都市、東京に。

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