その世界とは何だろうか。
@rabbit090
第1話 私
不思議な話だった。思いつくのはあいまいで、いつもうまくいかない。誰だろうと疑問に思う。
私の部屋のドアをたたくのは誰だろう。
私はこの部屋に住んでいる。いや、この部屋にしか存在していない。
だから社会の中で私の存在というのを感じたことがない。この、現代社会で。
でも、あり得ない話ではないと思う。きっとこの世界には、私以外にもこのような人は存在しているのだろう。多分、確信できる。
だから、話を戻さないと。私はいつも話を脱線させてしまうのだ。
「コンコンコン」
「コンコンコン」
いわゆる三回ノックってやつ。ほら、校長室に入る時も三回だろう?
誰だよ。不機嫌なまなざしを向ける。
おかしいだろう。私はもう、だって、何年間も衣食住をしていない。つまり、何年間も人が生存するために必要な儀式を行っていないのだ。
なぜだかは分からない。本当に分からない。でも、私は生きている。
本当は誰だったのか。でも、私は知りたくない。怖い。そう思う。いつもそう思っている。抜け出してしまっても構わないのに。誰も引き留めはしないのに。
そうだ。昔の話をしてみようか。私には過去しかない。今はどうなっているのか興味もわかないらしい。
本当に悔しかった。だって、ねえ、意味不明じゃないか。
私だけ、死ぬなんて。
はは、そうなんだ。私だけ死んだんだ。でも、おかしい。そうおかしい。私は今、生きているから。呼吸もしているし、欲求もあるし、私の目の前にはしっかり温度がある。
だから、この不自然な状況で私のとるべき対処法は?私のするべき行動は、何か。今、じっくり考えてみようと思う。
「コンコンコン」
って叩くから、何者かが、扉の外にいるのだろうと推測できる。生きている私の膝は震えて動かない。
じゃあ、見てみようか。一巡して決心する。
でも、そう簡単にはいかない。だって私は外の世界が怖いから。膝が震えるほど。足がくすむほど。喉が乾ききるくらい。のめりこむ。このスリルに。
どうやら私はそういう性分らしい。そう気づく。
怖いのは、外の世界。
ああ、そうか。私はそれほどあの得体のしれない何者かを恐れていないらしい。
それは、何ものにも勝る、外の世界への恐怖。
過去は消してしまおうと思う。だから、表に浮いてこないように厳重に蓋をする。陰鬱な中に自分を閉じ込めて、もう浮かび上がらせない。
だから、言ったじゃないか。話が脱線しているって。それがお前の悪い癖ってやつ。
いい加減、もう核心に迫りたいんだ。
外の世界では何が起こっているのだろう。疑問に思っても、分からない。だけど、何者かは私の部屋の扉をたたく。
私は死んだのだ。でも、生きている。
本当は死んだはずだった。殺された。
死にたくはなかった。だって、そりゃそうだよ。死ぬのは怖い。でも突き落とされた。あの子に。
あの子は不思議な人だ。いつも笑っている。私より20個も上なのに。つまりね。母親なんだ。母親だったら笑っていてもおかしくないだろうって、思うでしょ?でも、変なんだ。どんな時も、病める時も健やかなる時も笑っているのよ。普通じゃない。それは普通と離れてしまっているってことだろう。
だから、その友達みたいな、女。母親。あの子は、私を殺したみたい。
なんだか不穏な感じだった。いつもより。挙動不審は激しさを増して、あの旅行中、私を突き落とすに至る。
でもなんとなく分かるよ。彼女には、いやあの子には、突き落とす理由があった。
らしいね。
どうやら、男ができたみたい。
私は理解する。そりゃしょうがないって。男に惚れるその気持ちを理解する。どうしようもない気持ちの終着点を想像する。
それでね、私は殺されたの。まあ、痛くもかゆくもなかった。はず。多分、覚えていないだけだろうけど。
それだから、なぜ私がまだ生を永らえているのか何なのか、とにかく生きている理由は分からない。ただ、気が付いたら私はこの部屋にいて、それ以来二度と外には出ていない。
このことに不思議を覚えない理由は何だろう。
そうなのだ。全く不思議でも何でもない。色もない空もない。多分何もないのに。私は違和感を感じない。
そうだね。そうだよ。それが変なんじゃないか。気付けよ!って話。
じゃあ、私は?私はなぜ今、外の世界から訪問者と対峙しているのだろう。
誰が私の部屋を「コンコンコン」とノックするのか。
今、もう向き合う時が来たというのだろうか。今までの疑念に。避け続けた真実に。何者にもなれなかったという事実に。
ああ、いったん止めよう。止めてしまおう。止めてしまいたい。いつも出てくる弱気を私は踏みつぶしたくなる。それはそう、だって私は弱気に踏み潰される前に。
決断と決意。それが必要だって言うよね。でもそんなもの、一体それが何なのか根本的には分かっていない。
だけど、さあ、開けてみようか。もう、私はこのままじゃいられないらしい。
戻りたくない過去とやり直せなかったことと、焦りにまみれた気持ちを落ち着けながら。私はもう勢いよく扉をあけ放つ。
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