155.幾度懊悩しようとも、何度だって歩き出す。
「完璧な人なんていないもん。言っとくけれど、塁理想
二人?
尋ねるより先に
鉄村が私に気付き、目を丸くして声を上げた。
「はっ!?」
裁はその声に驚いて、目を丸くし声を上げる。
「ほっ!?」
私は咄嗟に目を閉じると全身を脱力させ、死んだように床へ倒れた。遠慮無く力を抜いたので、普通にあちこちを強打する。
再び静寂が横たわる資料室の中、
「…………。……何やってんの?」
声の位置から、私を見下ろして発せられた声だった。マジかよ。
右半身を床に向けて伏した私は、照明の眩しさにも、全身打撲への痛みにも動じず即答する。
「私死んだから。絶対あいつらに泣き顔とか見られてないから」
「いや……。無理がある」
「無い」
「無理しか無い」
資料室の戸の向こうから、鉄村の慌てた声が飛んで来る。
「いやっ、全然見てないから! ちゃんと
「悪魔
嫌な台詞と裁の物音が聞こえた瞬間、私は目をカッ開いて上体を捻ると角椅子を掴んで放り投げた。角椅子は戸を背に立ち、鉄村の尻ポケットから盗んだスマホを私に向ける裁へ猛進する。
裁は垂らしている右手を上げると、あっさり角椅子の脚を掴んで受け止めた。視界を阻むそれを、面倒そうにだらりと下ろす。
「……あんたにどっか行かれたらあたしの贖罪の方法も無くなるし、
顔にも面倒そうな態度を浮かべて吐き捨てられ、反論が浮かばず黙った。
裁は私がよくやるように肩を落とし、鼻で息を吐く。
「……ほんまアホ。問題解決に必要なんは自罰やなくて、決して諦めず考え続け、行動し続ける事。あんたが言うた事やんか。
私はブーメランと結構前から盗み見されていた恥ずかしさで、角椅子を投げ付けたフォームのまま尋ねた。
「……お前、私の刀傷は?」
「吸血鬼の能力はそのままなんやから、もう跡も無いわ。てか傲慢って。十分謙虚やろ。悪魔と
それは魔法も魅了も魔術程使い慣れてる訳じゃないから、力加減を間違えて不可逆な問題が生じたら大変だっていうのもあったけれど。
「……だって不完全燃焼みたいな終わり方させたら、お前が納得しないじゃないか」
裁は鼻の辺りに皴を寄せると、スマホのカメラでバシャバシャ連写し出す。
「おおい何撮ってんだァ!」
「俺のスマホ返して!」
慌ててスチール棚へ
「あっはははは!」
埃塗れになった私はスチール棚から頭を出し、帯刀を見ると裁を指した。
「笑ってる場合か! お前も映り込んでるぞ! 金にされるぞあの性悪に!」
手ぶらになった裁は、置いた角椅子に座りながら足を組む。
「性悪はあんたやろ。文字化け作家のアカウント潰されて収入ガタ落ちやねん」
その隣で無駄に連写された無駄写真を消している鉄村は、顔を上げると私を見た。
「そういや炎上誘う為に上げた動画、まだあのままなんだっけか。消さねえの?」
私は跳ねるように立ち上がった。
「そうだった! いや消す! 顔晒してるし恥ずかしい! 鉄村スマホ貸してくれ! まだ買い替えてない!」
「嫌だ! まだ裁の写真消せてないの!」
「ハァ!?」
「私の使う?」
気絶するかと思った。超一流インフルエンサーになっている。こりゃあ文字化け作家だろうと一撃だ。
「何だこりゃあ!? 消して無関係でしたって撮り直すぞ裁! あと、私の姿と声を忘れろって文言も入れないと……!」
慌てる私に対し、然し裁は涼しい顔。
「好きにしいな。あたしもう
「ぐっ……!」
何だその良心へのダメージと罪悪感を誘う文言は……!
写真を消し終わったのか、鉄村は懲りずに尻ポケットへスマホをしまう。
「それに俺達魔術師だから、おばけの薬でメディアに映らないし」
理解する為に一瞬を要し硬直した。
「忘れ・て・た!」
一週間も寝込んでたからおばけの薬を飲む習慣すら忘れて鉄村に病院で注意されたし!
角椅子で裁は吐き捨てる。
「アホちゃう」
「お前も忘れて撮りまくってただろ!」
指を向けて怒鳴る私の手から、帯刀はスマホを抜き取りながら笑った。
「じゃあお昼でも食べに行こうよ。私お腹空いちゃった」
鉄村は目を輝かせる。
「いいなあ! ハンバーガー食いたい!」
「裁さんもどう? 私が瓶にいる間の事、あなたからも聞きたいな。そう、美術部だって聞いたし! 部では何やってるの?」
裁は声をかけられると思っていなかったのか、目を丸くして足を解いた。
「あたしっ? いや、あたしは場違い言いますか……」
何で今更遠慮するんだか。
私は呆れて、制服に付いた埃を叩き落としながら言う。
「お前も来いよ。妹さんの忘却の魔法の解き方、どうせ話し合わなきゃいけないだろ。私のお目付け役って仕事もあるんだし、フラフラするんじゃない」
「じゃ、動画の始末と一緒に考えるか! 俺もお前らに言いたい事や聞きたい事、いっぱいあるし!」
鉄村はにかっと笑い、裁の腕を掴むと立ち上がらせた。そのまま私によくやるみたいに、有無を言わさず大学の玄関へ引き
「なーんかお姉さんだねえ」
静かになった部屋で
気恥ずかしくて目を逸らした。確かに帯刀の前で、余り刺々しい態度は取った事が無い。いつも気遣って、我慢して来たから。
目を逸らしたまま言い返す。
「……お前だって何か大人になってないか。七ヶ月前と違って、落ち着いてるって言うか」
横目を向けると、
「七ヶ月も瓶の中にいたらねえ。塁が毎日様子を見に来てくれてたとは言え退屈だから、考える時間なら沢山あったよ。私に魔法をかけてすぐの頃、塁が拗ねて髪切ったのはびっくりしたけど」
帯刀に向けていた視線を、また逸らして即答した。
「拗ねてない」
視界の外から帯刀は笑う。
「嘘ばっかり。ショートにする時って不機嫌な時でしょ?」
「本当によかったのか。親御さんの事」
「今は幸せだからいいし、それもこれから考えるの。やらなきゃいけない事もやりたい事も、まだまだ沢山あるんだから。私も塁も、鉄くんも裁さんも。四人がかりなら一人より二人より、いい結末に行けそうでしょ?」
「信じてみるよ。まだまだ難しいけれど」
「心配性なんだから」
嬉しさと、寂しさみたいなものに笑みが漏れて、帯刀の手を解く。大股で踏み出して肩を並べて、帯刀の顔を覗き込むと笑いかけた。
「行こう」
廊下の窓の向こうで、秋空が澄み切っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます