154.本当にしなきゃいけなかった事。


 じっと聞いていた帯刀おびなたは、私の言葉を噛み締めるように尋ねる。


「それが七ヶ月前、私に言えなかった本音?」


「ああ。ずっと息苦しかった。言った所でただの理想で、お前を救える言葉じゃないって分かってたから」


「だからどうしようもなくなって、いいよって言ってくれたんだね」


「どうかしてるよ。引き受けたくせに、果たさなかった。裁も劇場支配人の悪魔も、さっさと片付けようと思えば出来たのに長引かせて。お陰で街は無茶苦茶だ。交通も麻痺して、きっとお前の両親も帰って来ない」


 角椅子の前まで来て立ち止まった私を、帯刀おびなたは見上げて苦笑した。


「それじゃあ矛盾しちゃうよ。もし私の為に裁さんを殺してたら、塁は自分に耐えられない。私ともこれまで通りに付き合えなくなって、ずっと塞ぎ込んじゃうよ」


 私は、歩くという気を紛らわせる手段を失って、逃げるように俯いてしまう。


「……でも、約束したのに」


「破ったからこそ救われた」


 幾分強くなった語気に、顔を上げる。全然怒ってない、穏やかな帯刀おびなたがいた。


「大丈夫だよ。私も丁度、やっぱり塁とは合わないんだなって思い知った所だから」


「えっ……」


「塁は、復讐を頼んだ私はほったらかしにして、ずっと身を案じてくれてた鉄くんも振り切って、阿部さんや他の〝館〟の職員を殺した裁さんを助けた。裁さんに纏わり付いていた全ての肩書は、魔法使いは殺せばいいって括ってた魔術師の傲慢で、裁さんを殺してしまうとは、それを正当化したい魔術師の我が儘だって否定の気持ちを貫く為。変な表現になってるけれどつまり塁は、魔術師でも魔法使いでもなくて、正義の味方でいたかった。確かに、画面の向こうで活躍するヒーローみたいな爽やかさは無いし、思う所もそれぞれに、きっと沢山あると思う。でも、この終わり方とは多分、綺麗だと思う。死者が出てるのに使っていい表現かと問われたら困るけれどでも、最悪では決してない。だって、もし裁さんが願いを叶えてたら塁は死んでたし、裁さんも妹さんと会える機会を得られないままの引退で、鉄くんの願い通りに塁が裁さんを助けようとするのをやめてたら、協力しないと倒せなかった劇場支配人の悪魔に皆やられてた。私の願いに塁が縛られたままだったらきっと〝館〟で裁さんと会った時、復讐が上手くいかなくなった怒りが我慢出来なくて、裁さんを殺してしまってた。その後に出て来るんだろう劇場支配人の悪魔にやられて、結局お終い。だから、確かに寂しい事だけれど、誰かの願いを砕いて果たされた塁の願いは、間違いなんかじゃないよ。だってこんなの、誰にも用意出来なかった、用意出来るとも誰にも信じられていなかった、でもこの道じゃないと決して掴めなかった、最高の予想外じゃない。私安心してるもん。七ヶ月前に塁に願った復讐が、果されないまま消えて本当によかったって。塁の本音を聞けて、あなたに呪いをかけてしまってたって、やっと気付けた」


 久々に人の姿を取り戻して話し疲れたのか、帯刀おびなたは一旦間を置くと、私を見据え直す。


「最初から間違いだと分かっていたし、放棄された一時的なものだったけれど、それでも私の弱さと醜さを、許してくれてありがとう」


 頭を撃ち抜かれたかと思った。それ程の衝撃に襲われた事以外、上手くものを捉えられない。


 でも、音も形も無い弾丸で私の眉間を貫いた帯刀おびなたは、確かに私の目の前にいて、酷く埃っぽくて静かな部屋の中、私を見上げて微笑んでいる。少しの寂しさと苦しみを、目の端に滲ませて。


「お陰で分かったよ。本当に大切にしなきゃいけないのはこんな惨めな憎しみじゃなくて、間違ってるし弱いって分かってるのに一緒にいてくれた、自分の強さに潰されそうなぐらい、優しい友達だったって。塁、私幸せだよ。かけがえの無い人に振り向いて欲しいって夢が、今叶ったんだから。お別れなんて、寂しい事言わないでよ。わざわざ突き放さなくったって誰だって喧嘩するし、お別れだって来るんだから。塁が一人になった所で私が傷付く回数はゼロにならないし、そんな方法もきっと無い。描いたままの理想なんて無いって事、お互いに知ってるでしょ? 散々辛くて痛い思いして、やっと何とか及第点。きっと夢なんてそんなもので、だから皆ぶつかったり迷いながら、誰かと一緒に生きるんだよ。皆誰かに教えて貰わなきゃ気付けない間違いだらけだし、一人ぼっちは寂しいのは、塁が一番知ってるじゃない」


 角椅子から立ち上がった帯刀おびなたに、肩へ両腕を回される。首を絞められるのかと身動みじろいだが、それは何ら害意の無い抱擁だった。


 私の左肩に顎を乗せるような姿勢になっていて、顔の見えない帯刀は言う。


「もう自己完結してだんまりはやめてよね。私は塁が思ってるみたいに、こんな状況で塁を責められる程図太くないし、塁が思ってる程もう弱くないんだから。本当に必要なのは、言葉だって分かったんでしょ? 私塁と喧嘩する事より、塁が理由も教えてくれないまま、どこかに行っちゃう方が嫌だからね。二人で協力すれば、もっといい結末があるかもしれないのに。塁は間違い無く、私を救って皆を救った、正義の味方になれたんだよ」


 今まで散々、我慢し過ぎた所為だろうか。いつからだったか分からないぐらい昔から、自分が泣いている理由が分からなくなった。涙を流す程その不可解さに気味悪くなって、泣いた方がストレスだと我慢を重ねた。

 

 今日もまた、理由の分からない涙で視界が滲む。どういうつもりで頬を伝って流れてるのかさっぱり見えないけれど、心は全くざわついてなければ穏やかだ。もう少しでも気を抜いてしまえば、その場に座り込んでしまうぐらいに。


 何だか、笑いたい気分になって返した。


「……一回失敗したじゃないか」



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