140.復讐すべきほんとの相手。
そう激しく動いたつもりでも無いのに、喉から血が溢れた。雨音を掻き消すぐらい、全身から血の滴る音が鳴る。
呼吸するだけで胸が苦しい。肩がずっと上下していた。凝視しなければ、ほんの目の前さえも霞んでしまう。
輪郭が曖昧になりそうな中、淡々と裁は問う。
「もう一遍、不倶戴天の悪魔の魔法を使うか? 怪物相手に当てられるような上等さも無い知覚はその通り、使い物にならんくなって来たみたいやけど」
言い返せなかった。図星だからじゃなくて、頭が回らなくなってきて。
雨音を押し退ける程、裁は大きく嘆息する。
「その、触った生物は誰でもバラバラにして殺すっちゅう魔法が乗った軍服が邪魔で、今のあんたから悪魔の
酷く煩わしそうだった。
……そうか、グローブもボロボロにされて穴だらけだから、肌が直接軍服に触れてしまう事になって危険なのか。
「他人の為に生きるからこの様よ」
裁は心底から軽蔑した。
「劇場支配人の悪魔は死んで、街は平和に。あたしは御三家と狩人から抜け出せて五体満足。それを果たせたあんたは何? 何も手元に残ってへん。誰かの脅威を払って、誰かに降りかかろうとするマイナスを、ゼロへ押し戻しただけ。あんたは今朝から所か、七ヶ月前から
鈍くなって来た感覚でもはっきりと分かるぐらい強く、裁は私の左手を握って骨を砕いた。
「この本末転倒のボケが」
その痛みすら超える激しさを孕む目で、裁は私を睥睨する。
「『一つ頭のケルベロス』、不倶戴天の悪魔の魔法、悪魔
不健全な笑みに、歯が覗いた。
輪郭の溶けた視界が闇に呑まれる。
丁度その瞬間に途切れた意識が再接続されて目覚めた頃には、裁のダミーが生き埋めになった高架線の瓦礫の上に立っていた。裁の
痩せぎすのコヨーテは、じっと物欲しそうな目で見上げて来る。更に強くなって来た『天をも喰らう
裁は雨が鬱陶しそうに、髪を左手で耳にかけながら私を見上げた。
「……死に過ぎてイカれたか。その失血で、まだ死んでへん方がおかしいんやぞ」
笑みを湛えたままの私は返す。
「悪魔を食い殺して十分人間離れしてるのに気付かずに、そこから不死身紛いになりたいと一体分の悪魔の
見透かされてる通り、確かにもう限界だが。
このリセットで改善したのは左手の骨折だけだし、もう次は無い。次にリセットが入るような攻撃を浴びれば、体調は好転しないまま目覚め、そのまま二撃目を浴びて死ぬだろう。たった三度のリセットの間に千回も悪魔喰らいを殺した
全快状態かつ既に致命傷を打ち込んでおきながら、裁は攻撃を仕掛けて来ない。もう『鎖の雨』ぐらい激しくなった『天をも喰らう
待ち構えているのだ。最強の
……まるで英雄じゃないか。
笑い出しそうになるのを堪える。
そうやって万全を尽くして、たった一人で正面から敵を迎え撃ち、勝利を掴もうというその様は。回避こそすれ逃亡はしない。どれ程ダミーを用意しようと必ずそうして敵前に姿を晒し、己の手で止めを刺そうと臨むその在り方は。
お前は最初からそうだった。悪魔も騙す程上等なゴーレムを用意出来るくせに自分と同じ姿になんか作って、あくまで標的とは自分だと表明し続けて。そんな馬鹿丸出しの戦い方で、破壊された『鎖の雨』から街を救い、劇場支配人の悪魔を出し抜いて私を勝利に導いてみせた。何の裏技も無い、ただ鍛え上げた
ずっと目を逸らして来た。どこまでも正面突破で突き進んで来るその様が、それを実現出来る性分と力量が、堪らなく妬ましく眩しくて。本気で
もしお前が私だったなら、
向かい合う。
裁とじゃない。それが出来なかった、いや、しなかった自分自身と。
「どうして私の魔術刀は、『一つ頭のケルベロス』と呼ばれるか知ってるか」
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