135.挨拶なんてするもんか。


「愚問なのは分かってたさ」


 私は苦笑した。


「突っ撥ねられるのも分かってた。全部お前の言う通りだよ。今更誰かに救われるなんて野暮要らない。外野の声はもううんざり。私だってそうさ。お前に言われた通りに空っぽで、何を選び取ったって満足なんて来やしない。いつも虚ろだ。鬱屈してる。自分で好んでやってる生き方なのに。まさかお前にまで同情されるなんて夢にも思わなかったけれど、それ程までに気の毒に見えたんだろうさ。全く余計なお世話だよ。この苦しみを込みで私は、今日までこの道を歩いて来たんだ。何も知らないくせに、てめえの基準で幸せを押し付けられるなんて冗談じゃない。それでも言いたくなっちまったんだよ。そんな痛々しい生き方、もう見ちゃいられないって。ましな結末を渡してやれる手段を持ってるんだから猶更だ。ここまで来てまだ戦う理由は、未だお前を突き動かすその衝動は、果して本当に、お前の為になるものなのかって」


 裁は嘲笑する。


「朝から散々言い合って一遍も噛み合った試しが無いんが、その答えやろ」


「そうだな。私が欲しいものも、お前が欲しいものも、自分にしか用意出来ないって分かってる。だが先輩として言っておくが、自分の幸せを誰かに任せるのは危険だぜ。そうやって、妹さんさえ無事に生きていけるならと無茶を繰り返してるが、その願いを叶えたとしても、お前に纏わり付く苦痛は消えない。願いを叶えた後はどうするんだ。〝不吉なる芸術街〟の魔術師を殺し回った元魔法使いとして、残りの人生を費やして逃げ回るのか。後悔なんて無いなんて嘘だぜ。そんな目に遭うんだ必ず考える時が来る。妹さんは無事でよかったけれど、何で自分はまだこんな事しなくちゃいけないんだって。片や妹さんは並の人生を送り、お前は結局死ぬまで一人だ。誰が助けてくれるんだろうなあ? 国一番の魔術師を、何人も殺したような奴を。その時妹さんを、恨まないって言い切れるか? 同じ血を分けながら魔法使いになった事は無く、お前の苦悩を推し量る事すら出来ない、たった一人の肉親を」


「『一つ頭のケルベロス』を折られて勝たれへんから時間稼ぎか? 膂力だけやったら射程レンジが狭まって、数で押されたら敵わんのは〝館〟でやり合った時で分かってんやぞ。そやって先の事ばっかり考えて今を蔑ろにしてるから、帯刀おびなたさんとの約束も果たされへんかったってまだ分からんのか。そないにあたしが気に入らんのやったらごちゃごちゃ問答しとらんと、さっさとかかって来たらどないやねん」


「お前こそゴーレム達を仕向けたらどうなんだ? ここで考えをコロッと変えて、やっぱり魔術師らしくお前を殺そうと、芋虫の呪いが働くまで『天をも喰らうとりで』に閉じ込めるかもしれないぞ。お前なんかまともに相手にしないでこのビル群の陰に逃げ回り、時間稼ぎに徹してな」


「安い嘘やわ。あんたはそないな真似絶対せん」


「買ってくれるじゃないか。なら、どうしてまだ命を削ってまで言葉を交わす」


「最後の由縁を聞いてへんからよ」


 『天をも喰らうとりで』の内側は、すっかりビビットオレンジの血の雨にけぶり、霧に包まれていた。


 裁はそれを待っていたように後退る。そのままゴーレムの騎士達に紛れるように、一歩、また一歩と、後退を重ね出した。


 もう出し抜けないか。


 堪らず歯を覗かせて苦笑した。足元を確かめるように、軽く腰を落として前傾姿勢を取る。動く度にいちいち、身体中が痛みと血を噴き出した。


 リセットを入れれば元通りだが、『一つ頭のケルベロス』から受けた傷は休む以外にどうにもならない。裁はこの傷を起点に攻撃を仕掛けて死亡回数を稼ぎ、本当に私を殺し切って悪魔のはらわたを奪う気だろう。


 別に、『一つ頭のケルベロス』を壊した事を恨んじゃいない。ああしなければ裁は死んでいたし、私も劇場支配人の悪魔に殺されていた。あれは私の失敗で、裁のお陰で抜け出せた窮地だ。


 ……私のこういう所が気に入らないんだろうな、こいつとは。


「何の話だよ? 自己紹介なら済んだじゃないか」


「劇場支配人の悪魔と戦うと決めた時、あんたの頭にはあたしと共闘するなんて考えまるで無かった。あのけったいな悪魔に一人で勝つて、本気で思てた。それは蛮勇やない。現に不倶戴天の悪魔っちゅう、とんでもない悪魔の魔法を隠し持ってた。あんたは意地だけやなくて合理的な根拠を基に、劇場支配人の悪魔を倒す手段を用意してた。その後で、あたしも倒すっちゅう算段をした上で。でもあたしが共闘するっちゅう想定外が起きて、あんたは慌てて手段を変えた。あたしに使うつもりやった不倶戴天の悪魔の魔法を、劇場支配人の悪魔に使つこた。逆にしたもう一つの手段、ほんまは劇場支配人の悪魔に使うつもりやった、悪魔をも殺す何らかを、あんたはまだ持ってる。『一つ頭のケルベロス』を折られた今も。つまりあんたの底は、ここやない。その『一つ頭のケルベロス』以上の何かこそが、天喰とおるが遺した魔術以上に優れた殺しの武器であり、天喰塁という魔術師かつ悪魔らいが持つ、最強の魔術或いは魔法や。もう足元掬われへんで犬っころ。あたしはあんたを殺して、この追い続けて来た願いを叶える!」



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