134.裁千鶴


「寝言は寝て言え」


 一切の迷いが無い唾棄だった。


 その双眸にはこの劣勢の中虚勢で無く、本物の野心と信念が燃えていて。


 縋るような私の言葉を蹴散らすように、肩にかかった長髪を払う。髪全体に不規則にかかるボルドーのメッシュが、犬の影とビビットオレンジの血の雨の中、鮮やかに広がり踊った。


 その様を背に、裁は笑う。それは魔法使いらしく悪辣に、〝魔の八丁荒らし〟に相応しく欲深に。


「要は鬱陶しい共闘から解放されて、やっとタイマン張れるて話やろ? 退く理由が無い。何遍も言わすな。あたしはこうする為にここに来た。死期が近い? っくの昔っから分かっとったし、今更ビビる道理が無い。今日だけで何人殺した思てんねん。あたしは吸血鬼であり親殺し。そして名家裁家最後の生き残りかつ、最悪で最高の魔法使い、〝魔の八丁荒らし〟やぞ!」


 『天をも喰らうとりで』が現れた時と比にならない轟音が、内臓を貫き鳴り渡る。


 それは膨張しながら流れ旗を揺らすと街の外まで拡散し、瓦礫の平原と化していたかつての都心部の光景を、破壊される以前の姿そのままに蘇らせた。


 それは裁が見せて来た中で、間違い無く最大規模の付与の魔法エンチャント。その完成度に劣化など微塵も無く、まるで大したピース数の無いパズルのようにそれは容易く、あれ程にまで粉砕された人工物の一片一片を、寸分の狂いも無く繋ぎ合わせてみせた。


 劇場支配人の悪魔にも劣らない規模の魔法を、未だに披露するこの魔力量と技術力。疑うまでも無く人間を超えていて、悪魔殺しに相応しく、それでも未だ歩みを止めないと宣言した愚かさに相応しい、狂熱に満ちていた。


 本来の姿を取り戻した都心部での私達とはいつの間にか、今朝のぶよぶよマンと対峙した駅前の大通りに立っていたらしい。互いに車線上にいて、裁はぶよぶよマンが女性に絡んでいた辺りに、私は駅を背にして向かい合っている。


 未だ姿を現さない神よりも創造主に相応しき親殺しは、流汗淋漓りゅうかんりんりの我が身を奴隷のように酷使し笑った。


「満身創痍はお互い様。そんなもんは脅しにならん」


 確かにその足で力強く立っていながら、今にも倒れそうな頼り無さを孕んで私を見据える。


「せやったら訊くけれど、あんたは誰かにあんた自身や、帯刀おびなたさんを助けて欲しい?」


「いいや」


 首も振らずに苦笑した。


「今更要らないさ。欲しかったタイミングはうに過ぎた」


「あああたしももう過ぎた。せやからここまで歩いて来た。もう二度と、誰にも何にも振り回されへん為に、この先あと何遍なんべん失って一人になっても、最期まで自分で選んだ道を歩き切れるようにって。出自なんて関係無い。背負った肩書も全て記号。運命も才能も、弱者が言い訳する為に用いる一単語。あたしはそんなもんに左右されへん。自分が欲しいもんぐらい自分で選んで、自分の大事なもんぐらい自分で守る。神も悪魔も法も情も、この覚悟の前では塵芥。邪魔すんやったら軒並み殺す。裁も千鶴も、名すら飾りで、どこで生まれてどう生きようとあたしはあたし。それを証明する術は、最後の最後であんたにお情けもろて許される事や無い。阻むもん皆ぶっ壊して、欲しいもん全部、この手で掴むっちゅう完全勝利や! 何で誰かに許されなあかんねん。許して欲しいとも思てへんわ。願いを抱いて叶えようと足掻く事の、誰も助けてくれへん、勝手になすり付けられた因縁から抜け出そうとする事の、一体何が罪やねん。これしか無かったし、これしか無い世界を是としたんも、魔法使いは死んだらええって一括りにした、お前ら魔術師やろ! この期に及んで正義の味方振るんちゃうわ気色悪い!」


 大通りのアスファルトを突き破り、地中からゴーレムの騎士らが這い出す。私を囲うように立ち上がり、抜いた剣をこちらへ向けた。


 一瞥をやってその規模を知る。蟻の大群のように大通りを占拠し、軍隊の如く統率された動きで、私を幾重にも包囲していた。


 一体何体作ったのか。街の魔術師と狩人を足しても追い付く気がしないその軍勢の最前線、ビビットオレンジの血の雨にけぶり始めた道の上で、裁はたった今も身命を削りながらどこまでも力強く、己が信念を貫かんと宣誓する。


「もう指先はかかってる。あたしはあたしを全うする。これは意固地でも自暴自棄でも諦めでも無く、こうありたいとあたし自身が願った姿や。今度こそ、何に襲われようとこの手で全部覆して、あたしはあたしを救って、理想を叶えてみせるって。……結果がおんなしやったら手え抜いてええ? アホ言うな! その道のりあってこそ価値を持ち、意味を持つんが、結果であり人生やろ! 人の事にばっかり手え出して自分の願いはまるで叶えられへん、がらんどうの悪魔らい!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る