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116.悪魔はデバフがお好き


 思わず訊き返す。


「鈍い? あれが無茶苦茶速いんじゃなくて?」


「いいや、あんたの反応が鈍化されてた。それが始まったタイミングは、蹴り飛ばして抉った地面の底へ叩き落した眼鏡へ、『一つ頭のケルベロス』を振り下ろそうとした直前。あんたあの地面の底に、腐肉が見えとったん気い付いた?」


「……いや、お前の偽物に蹴られたから見えてなかった」


 裁の目が据わった。


「ああ、あの全く似てへんパチモンの」


「えっ、いやそっくりだっただろ」


 ビックリし過ぎて超声が低くなった。


 裁の冷えた目はどんどん鋭くなる。


「メッシュの位置が全体的に三ミリはズレてたし、肉の付き方が私の体重に対し五十グラムは多かった」


 絶句した。


 第三者より正解そのものであるオリジナルの目が厳しくなるのは当然だが、にしたってクオリティへの要求値が高ぎる。つか分かるかそんなもん。悪魔より優れた知覚を備えた怪物の力を持ちつつ、自分でも人形作りやってるお前しか分からないレベルだろ。現に私はしっかり騙されたよ。


 裁の文句は止まらない。


「兎の指揮下で都心部の守りに当たってた魔術師の死体を使っとるくせにあの完成度。死体て。人間そのものやん! もう成形したらええだけの最高の材料を使ておきながらあれ! 材料を殺すようなあの完成度! 原作を愚弄するような作り込み! アァッ! あないなゴミに騙されるとか目え終わっとんかお前らこのクソ悪魔とそのパチモン共!」


 裁は毒でも飲まされたように身を捩って喚き出したと思うと、風を切る程の正拳を顔へ放って来た。


 慌てて上体を横倒しにして躱す。


「ぎゃあ!? 分かったよ人形オタク!」


「死ねにわか!」


「口悪いなお前!」


 突然殴られそうになってびっくりしたショックでか、ぱっと閃いた。


「んっ!? その悪魔も騙すお前の人形作りの腕なら、私やお前に似せたゴーレムを作れば青砥あおと部長を騙せるんじゃないか!?」


 横倒しのまま尋ねた私に、拳を突き出したままの裁は眉を曲げる。


「……まあ確かに一時的な囮にはなるけれど……。人間そっくりのゴーレムは、あそこで戦ってるゴーレムらみたいにほいほいは出されへんで。作んの難しいし、見た目だけやなくて挙動も似せなあかんねんから。……それに」


 裁は拳を下ろすと、ゴーレムらに目を向けて戦況を確認した。依然拮抗している。数秒眺めた後、独り言みたいに何やら零した。


「非生物には弱体化デバフかけられへんみたいやな」


「何だって?」


「さっきの話。あんたの反応が鈍化しとったって。多分あの腐肉、触った人間の感覚を狂わせる魔法が乗ってる。あっちであたしのゴーレムを向けさせてるけど、壊されはしても挙動に不具合は起きてへんから、非生物には効かんのやろ。魅了の魔法の一種やな。あの眼鏡蹴っ飛ばして地面をり鉢状に抉った時、地中の腐肉がどさくさに紛れてあんたに触れたんちゃう? あんたは見逃したみたいやけれど、り鉢の底で腐肉が見えとった。あたしのパチモンに蹴られた時も全然気い付いてへんかったし。あれ、その辺の瓦礫の裏に隠れとった魔術師の死体が、あたしの姿に成形されながらヨタヨタ歩いて来とったんやで? あんたが最初にあの眼鏡へ『一つ頭のケルベロス』を浴びせた後ビル動かしてサンドイッチかまされとったし、直接ものを操る魔法も持ってんやろな。成形はそれでこなしたんやろ。物体と死体はいじれても、生きてる生物であるあたしとあんたには直接かけてけえへん辺り、人間には貸し出しが許可されてへん高位の付与の魔法エンチャントと考えてええ。でもこれに関してはあたしのパチモンの完成度から見て、気にせんでええわ。練度はあたしが勝ってるから付与の魔法エンチャントで迎撃出来る」


 ……あの人形、本当に急に現れたように感じたのに。


 混乱に黙ってしまいそうになるのを、別の疑問で何とか誤魔化す。


「じゃあ、空に逃げた私に向かって来た多肉植物みたいな塊は、そのり鉢の底にいた腐肉が出したのか?」


「砲台みたいにな。その後溶けて地上に落ちたんも、地中の腐肉と合流してあんたを襲う為やったんちゃう? 水みたいに地面に染みて見えへんくなった思たら着地したあんたをすぐ拘束したし、多分地中からあんたの足元に回ってたんよ」


「……なら、その後青砥あおと部長を攻撃しようとしたら青砥部長が消えたのは?」


「あれはただのバックステップで、あんたの視界から切れただけ」


「いや嘘だろ!? 完全に消えてたぞ!?」


 裁は私を落ち着かせるように、努めて冷静に返した。


「普通に跳んどっただけよ。あたしから見たらあんたが急にボケ出したんか思て訳分からんかった。その後の腐肉の束もそない速い訳でも無いのにあっさり捕まるから、何か起きたんやろなて飛んで来たんよ。あんたがほんまにあれに捕まるぐらいに鈍臭かったら〝館〟でうに死んでるし、あたしもさっさとあんたの腹から悪魔のはらわた取って街出てる」


「…………」


 呆けたように黙ってしまう。


 裁の言っている事が何一つ信じられない。私には向こうがとんでもなく俊敏に見えたのだ。でも裁もこんな状況で、自分の利にもならない嘘を言う必要が無い。


 半ば、自分へ言い聞かせるように尋ねる。


「……触れたら数秒間ぐらい反応が鈍化してたって事は、逃げても暫く効果が残る手の魔法って事だよな。今の私の反応速度はどうなってる」



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