108.お喋りにはご用心
「お前はこの瓶の中に来る直前、確かにあの少年の言葉に動揺した。自分の行いに罪悪感を覚えた。お前自身が唯一、何にも左右されずに選んだその道に、前例が無い程の疑念を覚えた。だから、それまでの少年の優しさを、理解しながらも愚弄するように繰り返して来た沈黙を覆し、話していない事が沢山あるなどと
ふとカクタスグリーンの明かりが消える。瓶の中は闇に沈んだ。すると、あの湯葉のような人の皮膚のような幕が独りでに破れ去り、闇を四方八方から伸びた強烈な光が蜂の巣にする。光の筋は一本一本が異なる色を帯び、ぐるぐると回っては照らす方向を落ち着き無く切り替えた。まるで狂ったサーチライトだ。
「ハッハッハッハ! つれないじゃないか!」
高架線だった残骸の向こうから、青砥部長が哄笑する。
瓦礫と黒の残滓が噴き上げた粉塵が視界を阻み、どこにいるのか掴めない。その様を、破れて漂う幕の細片が不気味に彩る。
「いやいや賢明な判断だぜ! 悪魔と口を利くようなもんじゃない! 誑かし堕落させるのが俺達だ! 黙って殺すのが正解だよ! ああお前は何も間違っちゃいない!」
そろそろ残滓と粉塵が失せる。まるでサーカスにでも迷い込んだような賑やかな照明に照らされながら、『一つ頭のケルベロス』を正中線へ構えた。
内臓を持っている通り、悪魔も生物だ。どれ程頑丈であろうと殺してしまえば必ず死ぬ。たとえば、魔力源である内臓を引き抜いてしまえば確実に。
「だが見落としがあるぜ
うっすらと、瓦礫が輪郭を現し出した。瓦礫の山から勢いよく、青砥部長の右腕が突き出る。天を掴むように上腕部分まで現れたそれは、目でも付いているように難無く私を指した。
「悪魔に声をかけられるって事は、そいつは隙だらけって事だ!」
いきなり宙からコンフェッティシャワーが噴き出し私を囲う。
思わず絶句し辺りを見た。鮮やかに遮られた視界の端々でコンフェッティの向こうから、平服の人の群れが飛びかかって来るのを捉える。
草壁が行動出来ていた以上避難し損ねた市民じゃない。
指で柄を弾くように、『一つ頭のケルベロス』を手放した。宙へ放たれたばかりのそれを逆手に握り直しながら右へ薙ぎ、左へ払った尾と共に魔術師達を吹き飛ばす。魔術師の群れは、黒の荒波に呑まれながら四方へ散った。かけられていた魔法なら、これで
散った魔術師を置いて行くように前へ跳ぶ。コンフェッティと踏み砕いたアスファルトを吹き飛ばしながら、青砥部長が下敷きになっている瓦礫へ『一つ頭のケルベロス』を振り上げた。
峰打ちだろうが関係無い。魔法を壊す魔術が乗っているこいつなら、殴ろうが斬りつけようが悪魔と魔法使いには致命傷だ。
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