108.お喋りにはご用心


「お前はこの瓶の中に来る直前、確かにあの少年の言葉に動揺した。自分の行いに罪悪感を覚えた。お前自身が唯一、何にも左右されずに選んだその道に、前例が無い程の疑念を覚えた。だから、それまでの少年の優しさを、理解しながらも愚弄するように繰り返して来た沈黙を覆し、話していない事が沢山あるなどとのたまった。その言葉の根源とは後悔じゃないのか? 己を嫌悪したんじゃないのか凄絶に? 憎くて仕方無いお前の両親と同じように、自分の幸福の為に他者を踏み躙っていたとやっと気付いたんじゃないのか? ああそうさ。犠牲無き救済などありはしない。誰も傷付けたくないとそうして死地に立つ事で、お前はお前の大切な友を傷付け続ける。常に不安を与えておきながら、干渉すらも許さない。何故ならお前は強いからだ。己の信念の為に軽々に友を切り捨て、自身の命すら懸けられる程。故に弱者の機微など理解しない。だから今まで気付かなかった。お前が正しいと信じ歩いて来たその道は、お前が嫌う人間共が歩むものと全くの同一である事に。お前の理想とは最初から、叶わない姿をしている。人に心がある限り、お前を思いやる人間が在り続ける限り、お前は多くを救う為、お前を思う人間を侮辱し続ける事になるんだから。家族のいないお前に唯一残された、友という生涯の財産をな」


 くわえていた手紙を吐き捨て手首を掴んで左腕を引き抜き、『一つ頭のケルベロス』に変えて振り上げる。刀身から噴き出した黒は激流となって、青砥あおと部長ごと高架線を飲み込んだ。


 ふとカクタスグリーンの明かりが消える。瓶の中は闇に沈んだ。すると、あの湯葉のような人の皮膚のような幕が独りでに破れ去り、闇を四方八方から伸びた強烈な光が蜂の巣にする。光の筋は一本一本が異なる色を帯び、ぐるぐると回っては照らす方向を落ち着き無く切り替えた。まるで狂ったサーチライトだ。


「ハッハッハッハ! つれないじゃないか!」


 高架線だった残骸の向こうから、青砥部長が哄笑する。


 瓦礫と黒の残滓が噴き上げた粉塵が視界を阻み、どこにいるのか掴めない。その様を、破れて漂う幕の細片が不気味に彩る。


「いやいや賢明な判断だぜ! 悪魔と口を利くようなもんじゃない! 誑かし堕落させるのが俺達だ! 黙って殺すのが正解だよ! ああお前は何も間違っちゃいない!」


 そろそろ残滓と粉塵が失せる。まるでサーカスにでも迷い込んだような賑やかな照明に照らされながら、『一つ頭のケルベロス』を正中線へ構えた。


 内臓を持っている通り、悪魔も生物だ。どれ程頑丈であろうと殺してしまえば必ず死ぬ。たとえば、魔力源である内臓を引き抜いてしまえば確実に。


「だが見落としがあるぜ天喰あまじき


 うっすらと、瓦礫が輪郭を現し出した。瓦礫の山から勢いよく、青砥部長の右腕が突き出る。天を掴むように上腕部分まで現れたそれは、目でも付いているように難無く私を指した。


「悪魔に声をかけられるって事は、そいつは隙だらけって事だ!」


 いきなり宙からコンフェッティシャワーが噴き出し私を囲う。


 思わず絶句し辺りを見た。鮮やかに遮られた視界の端々でコンフェッティの向こうから、平服の人の群れが飛びかかって来るのを捉える。


 草壁が行動出来ていた以上避難し損ねた市民じゃない。上貂かみはざの指揮で街を守っていた魔術師だ。上貂かみはざも死んでこんなタイミングで現れた以上、十中八九青砥部長に操られている。


 指で柄を弾くように、『一つ頭のケルベロス』を手放した。宙へ放たれたばかりのそれを逆手に握り直しながら右へ薙ぎ、左へ払った尾と共に魔術師達を吹き飛ばす。魔術師の群れは、黒の荒波に呑まれながら四方へ散った。かけられていた魔法なら、これで大凡おおよそ壊せた筈だ。


 散った魔術師を置いて行くように前へ跳ぶ。コンフェッティと踏み砕いたアスファルトを吹き飛ばしながら、青砥部長が下敷きになっている瓦礫へ『一つ頭のケルベロス』を振り上げた。


 峰打ちだろうが関係無い。魔法を壊す魔術が乗っているこいつなら、殴ろうが斬りつけようが悪魔と魔法使いには致命傷だ。



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