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77.親殺しの願い事
魔法使いが、親同然である取引相手の悪魔を殺した。これにはどうしたって目を見張る。鉄村も驚いてゴーレムを見ていた。
「……なら
「厳密には芋虫の悪魔は死んでいません。魔法そのものとなって裁の中にいます。裁の命を蝕む呪いとして、己の命全てを費やしましたから。膨大な魔力を盛られての、中毒死みたいなものです。悪魔喰らいのあなたならまだしも、悪魔仕様なのは多少の臓器だけしか持ち合わせていない裁の身では、
「そうか」
「同情するならお腹の中のものを下さいよ」
「助けるって言ってるだろ」
「自分自身をでしょう」
「突き詰めてしまえば誰だって、自分の為だけに生きてるさ」
頬杖をやめた右手でノートPCを操作すると、ゴーレムへ画面を向ける。
画面いっぱいに拡大表示されているメディアに、ゴーレムは言葉を失った。その見開かれた目には、喉にナイフでも向けられているような緊張と、人形に備えさせているとはまるで思っていなかった、死への恐怖が溢れる。
きっと裁自身がこの場にいたら、こいつより取り乱していただろう。それを分かっていた私は、ノートPCをゴーレムに向けた時から笑みを消していた。
そこに表示されているのは裁を〝館〟から飛び出させた理由であり、〝魔の八丁荒らし〟でありながら取引相手の悪魔を手にかけるという親殺しまでこなしてみせた最強の
メールの件名には送信者である鉄村の妹さんが打った、「兄貴から話を聞きました。この子です」の文字がある。画像は教室でスマホを使って撮影された、鉄村の妹さんを中心としたグループ写真だった。
そこに写る一人の女子生徒が、デジタルの赤ペンで囲われている。運動部なのか日焼けしており、癖の無いロブヘアを揺らしながら、あっけらかんとした笑みを浮かべていた。一切の陰が無い笑みはまさに天真爛漫で、柔和に整った目鼻は何の危険性も感じさせない、ただの可愛らしい女の子だ。
それを見て動けなくなったゴーレムに、魅了を乗せた一瞥を向ける。死への恐怖という生物のような機能まで備えられたその完成度が仇となり、ゴーレムは人間と同様動けなくなった。
裁が自身の分身としての完成度を高める為に付属させていた吸血鬼の魅了を、私の魅了で塗り潰す。装飾を失い、本来の裁の姿に限り無く似せて作られたゴーレムの印象が露わになった。
顔形に変化が無いのは驚いたが、あの〝館〟での凄惨な戦いの中でも損なう事の無かった異様な美的印象は霧消し、ただの可愛らしい女の子となる。写真で赤ペンに囲われている女子生徒と瓜二つの、柔和な雰囲気を滲ませて。
「チトセ」
私は何も面白くなくて、裁が〝館〟を飛び出す直前に零していた言葉を口にした。
「吠え声の中に混ぜて鉄村に頼んでたんだ。裁が〝館〟を飛び出す間際にチトセと零したから、落ちた中学に同じ名前の生徒か教員がいないか、通ってる妹さんに訊いてくれって。友達だとは驚いたよ」
ゴーレムは震えている。私の魅了から逃れようとしているのか。いや、恐怖だろう。表情に何の反抗心も無い。
記憶したばかりの、赤ペンで囲われている女子生徒の顔を思い浮かべて言葉を継ぐ。
「目元がよく似てる。写真のこの子は裁の妹だな。裁が棺を作った理由も、魔法使いを引退したい理由も、本当はこの子なんじゃないのか。自分が魔法使いとしての裁家を終わらせて、妹と普通の人生を送る為に」
裁
この推測の支えである、鉄村の妹さんからのメールを頼りに更に続ける。
「裁が吸血鬼の魅了を常に使っていたのは、自分と妹を遠ざける為の印象操作だ。映画越しの女優と同じだよ。あんまり整った美人ってのは生活感を与えない。それにこのメールによると、妹の方は一般家庭の養子として暮らしてる。苗字は裁では無いし魔法使いでも無い。きっと魔術師から隠す為に裁が手配したんだ。裁家は滅んだと思われてたから、魔術師の目を擦り抜けるのは容易だったろう。街を丸々覆えるような棺を作れるような奴が、七ヶ月前から狙い続けて来た悪魔の
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