14

68.家主不在期間:


 その家は二度の衝撃を受け時が止まった。


 一度目は私が中学二年生時の父の死、二度目は、去年の私の高校入学直前の三月に、母が起こした首吊り自殺。以来家の中の空間は、コンクリートを流し込まれたように固定された。


 喉に貼り付くような埃っぽさをはらんだ空気が、重さを持ったように足元で淀んでいる。テーブルに置きっ放しのコップ、広げたままの新聞、リビングで畳みかけのままカーペットを転がる洗濯物が、まるで家主が夜逃げでもしたような生活感を未だ生々しく放っている。母が父の使っていた部屋で、首を吊っていたのを見つけたのが今朝のようだ。


 まさか私が遺児になるとまでは予想していなかった阿部さんは、葬儀や諸々の手配をしてくれた。家の片付けはどうすると尋ねられたが、自分でやるからいいと辞退していて、そのままほったらかしている。いや、気紛れにちびちびと片付けてはいるが、ここに帰る意味が失せた気がして、ネカフェで寝泊まりするのが増えた。


 置き去りにされたような家は、それでもここには核家族が暮らしていたと健気に示し続けていて、同時に今や廃墟同然のような扱いを受けていると、恨みがましく告白しているようだった。


 その訴えを全身へ浴びせられた鉄村は、リビングに入るなり固まってしまう。


「ったく何でこう埃ってのは勝手に積もるんだ。郵便物を回収するたび、軽く掃除機はかけるんだけど」


 鉄村の靴下が埃塗れにならないよう、尾で床を払いながら前を歩く。


「冷蔵庫は線抜いて空だから、水しか出せないけどいいか。コンビニ……。はもう間に合わないか。台所漁れば、昔母親が買ってた非常食ぐらい見つかるかもしれないけれど」


 食器棚から出したコップを、いつからしまいっ放しか見当が付かないのでまず洗い、水道水を注いでテーブルに置いた。


「どうぞ。PC持って来る」


 言い残して自室に向かう。勉強机の上で、埃を被って白っぽくなっていた黒いノートPCを抱えて引き返した。テーブルに着くと適当に埃を払って蓋を開け、電源を入れてパスワードを打ち込む。


 画面の端にメール受信の通知バーが飛んで来た。PCにも連携してある学校用のアドレスだろう。親が死んでからというもの担任からマメに連絡は来るのだが、今年の担任は一際多い。成績優秀な生徒にこうも干渉して来る教員はこの担任が初めてだ。これまで出会って来た教員とは勉強さえ出来れば大抵の事を黙認するから、成績だけは保って来たのだけれど。


「ならもうやめていいのかもなあ……」


 つい零しながら、スマホの方でも未読で溜まっているメールを消していく。


 スマホの通知音が鳴る。鉄村のだ。音の鳴った位置がまだリビングの入り口付近なので、PCの画面から顔を上げる。


「立っとくのか? 埃なら払うけど」


 言いながら腰を浮かせると、隣の椅子の上を尾で払った。


 視線の先ではスマホを取り出した鉄村が、メッセージでも受けたのか文章を作っている。画面の照明に照らされて、鬱積した表情がはっきりと浮き上がっていた。壊滅的に暗い顔が似合わない奴だと思った。


 明かりを点けていない薄暗いリビングの中、頬杖を突きそれを見ていた私は、もう一方の手でタッチパッドを操作しパスワード管理サイトへ飛ぶ。頬杖をやめてキーボードを叩いてログインすると、SNSに使っているメールアドレスとパスワードを表示させた。それをコピペしSNSにログインする。通知を知らせるベルマークのアイコンには、「999+」の表示。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る