67.ならお前は何なんだ


「ぎゃああっ!?」


 驚いた鉄村は、その図体からは想像出来ないぐらい身軽に飛び上がる。


 構わずギャンギャン吠えまくった。コヨーテの鳴き声は狼より甲高くて、それはもう響いて喧しい。街の喧騒も、不気味な女性のアナウンスもあっと言う間に押し退けて、私の頭にすら騒音となって突き刺さる。


 着地した鉄村は、怯えたように後退った。


「なっ、何だよ何だよ!? 怒ったのか!?」


 聞こえていないようにまだまだ吠える。鉄村の態度なんて知りやしない。


 理性を忘れたように吠え続ける私に鉄村は怖くなったのか、青ざめて駆け出した。


「ひぃい、何なんだよっ!?」


 吠えながら追いかける。滅茶苦茶に走ろうとする鉄村を、目的地である私の家へ誘導するように吠え立てた。家の前まで追い込むと、鉄村は背をドアにべったり貼り付けて縮み上がる。


「だから何なんだよ急にっ! 話してくれよ!」


 無視して吠え続けた。


 ドアを開ける気配が無い私に、鉄村は両手を突き出す。ハンバーガーみたいに頬をがっちり掴まれ口を閉じられた。吐き出し損ねた声を喉で唸らせながら、すぐに力任せに顎を開いてまだ吠える。


「オキャー!?」


 振り払われた鉄村はもう余り、女性のような奇声と共に飛び上がった。そのデカい図体の所為で屋根に頭をぶつけ、「いでっ」と間抜けな声を漏らす。


 私はその間も吠えるのを決して止めない。いい加減喉が痛くなって来たし、水の一杯でも欲しいのだが。


 鉄村は痛みで少し冷静になったのか、頭を擦りながら私の様子に何かを読み取る。だがすぐにイライラ顔になると、乱暴に下ろした手でスマホを取り出した。


「ええい、この、馬鹿犬めっ! これでも食らえ! ゴライアスオオツノハナムグリィ!」


 鉄村は言いながらスマホを操作すると、画面を見せ付けて来る。それを目にした私は、キャインと情け無く吠えて跳び退いた。


 鉄村は操作を加えたスマホの画面を突き出すと、開いた距離を埋めるように摺り足で近付いて来る。


「下がれ下がれ! 悪い子め! 全くお前は、都合が悪くなったらすーぐだんまりか、そうやってワンワン吠えて! うるせえぞ!」


 私は後退しながら吠える。


 鉄村は前進しながら、もう一度操作を加えたスマホをまた突き出した。


「しつこいぞ! この巨大コガネムシのドアップ画像が目に入らぬかあ!」


 私は透かさず、ぎゅっと目を瞑る。


「虫嫌いな奴にそんなもの向けるとか最低だぞ」


「急に喋るなびっくりするだろ! つか突然吠え出したお前に言われたくねえよ!」


 怒鳴る鉄村に、目を瞑ったまま言い返した。


「仕方無いだろ。〝患者〟の症状だ。こんな格好だと走り回りたくなったり、吠えたくなってくるんだよ。上貂かみはざがニンジンしか食べないのと一緒だ。このまま我慢して、魔法使いを見つけた時に耐えられなくなったら大変だろ」


 鉄村は無言になったと思うと、疲れたように長嘆する。閉じたままの私の瞼に、がっくりと肩を落とす姿まで浮かんだ。


「……あぁー……。お前悪魔喰らいだから、魔法に多少耐性持ってるもんで忘れてたよ。〝患者〟の症状を治せは出来ないけれど、抑えられるもんな。普段は見た目、完璧に人の姿を保ててるみたいに」


「これがあるから、〝館〟の外で生活出来てるよ」


 うんざりと答えながら、右手を肩まで持ち上げると下へ払う。それを三回繰り返した辺りで意図を理解した鉄村は、「直したよスマホ」と声を発した。目を開けると言葉通りにスマホは持っておらず、両手はただぶら下がっている。


 鉄村は、太い眉をハの字にして目を伏せた。


「……そうだな。悪かった。俺が無神経だったよ。本当だったらお前もお前の親父さんも、魔術師以前に〝患者〟だから、〝館〟じゃないと暮らせないんだもんな。犬になっちまうから」


「いいさ別に。現実ではある程度、人らしく生きられてるんだし」


 鉄村へ近付くと脇へ退かせて、ドアノブを掴む。


 荷物は美術館に置いてけぼりのままなので、当然そのまま力任せに引っ張った。ドアは、ちょっとした交通事故でも起きたような鈍い音よ共に容易く開く。壊れたドアノブをぶら下げて。


 鍵を開けると思っていたらしい鉄村は、私の背後から覗き込んだその様子に放心する。


「……女子って家の鍵はスカートのポケットとかに入れないの……?」


「荷物は鞄に入れるのが女性だ。何でもポケットに入れるのは男性だよ」


 答えながら玄関に入り、ロ―ファーを脱いだ。


「ならお前は何なんだ……」


 鉄村はまだぼんやりしながら、閉まって行くドアを掴むと押し広げて後に続く。律儀に「お邪魔します」と声も続くが、それは足音と共に途切れてしまった。


 私は、リビングに続く廊下を渡り切りながら振り返る。


 一切の明かりが点いていない薄闇の奥で、鉄村は悲しそうに尋ねた。


「お前いつからここに帰ってないんだよ」


 何故バレた? 


 両親が死んだので帰宅する理由が無くなったからこの頃はネカフェで寝泊まりしているとは話したが、うるさくなるだろうから月に一度も帰っていない事までは喋っていないのに。


 情報源を探ろうと辺りに目をやる。それはあっさりと、靴箱の上で写真立てを埋める程山積みになっている郵便物が見つかった。


 矢張り家とは人を入れるものじゃないな。どうしても無防備になってしまう。苦笑を浮かべると、廊下の壁へ手を伸ばした。


「PCのパスワードは忘れてないから安心しろ」


 鉄村の目を郵便物から背けさせるように、玄関の電気のスイッチを入れる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る