66.食い違いたいのは恐らく私


 動揺に張り詰めていた耳と尾が、萎びるように垂れる。


 この格好になると心情が漏れやすいから嫌だ。この通り尾と耳が、勝手に喋ってしまう。閉ざしてしまいたくて石みたいに重くなった口を、こじ開けるように小さく開いた。


「……そんなものは誰にでもあるよ。秘密が無いと言える程、私とは正直者でも聖人でも無い」


 たとえば心臓に阿部さんの刀の破片を仕込まれていて、いつ殺されてしまうか分からないとか。裁の目のよさは尋常ではないし、この情報すら口にしていいのか分からない。御三家に捕まったとは言え、まだ奴の全力は拝めず仕舞いだ。


 鉄村は当然不満そうだ。


「そういう世間一般についての話じゃねえ。俺はお前について話してるんだ」


「だろうな」


 そう応じるしか無い。


 堪らず目を伏せたい気分だがせめて誠意は示そうと、肩を竦めるまでに留めた。尾と足が宙でぷらぷら揺れる感覚が、虚しさを酷くする。


 鉄村はそれ以上喋り出さない私を、たっぷり五秒は見てから口を切った。


「……こういう問答をわざわざさせるって事はそのだんまりは、お前自身が言わないと決めたものじゃなくて、外部の事情によって言えないって判断をさせられてるものだ。お前はお前のじいさんの願いの影響で、その気になりゃあ誰だって魅了して従えられるのに、俺の口を封じる為にそれを使ってこない」


 正解だが裁が見ているかもしれないので、表情は変えないし返事もしない。


 答えない私に鉄村は、太い眉をハの字にさせて嘆息した。


「……分かったよ。困った奴め。今回のだんまりに関しては見逃してやろう。その自分をテキトーに扱う癖は認めねえけどな!」


 鉄村はまたむすっとして言うと、私を下ろす。やっと解放されたと息を吐こうとすると鉄村のでかい手が、離れると見せかけぐんと私を引き寄せた。


 私の輪郭で影が出来るぐらい近くなった鉄村の顔が、釘を刺すように私を睨む。


「帯刀が〝患者〟になっちまったのと同じぐらいに、お前が死んだら俺は悲しいからな。何かあったら、ちゃんと言うんだぞ」


 もし何かあったら絶対に私より先に死ぬくせに、何でそんな事言うんだよ。私は自分が頑丈なだけで、お前に何かあっても輸血すらしてやれないのに。余り私に気持ちを傾けないで欲しい。胸が潰れる。私はまだ平気なんだから、下手に心配して近付いて来ないでくれ。


 なんて言ったってお前こそ、聞かないんだろうけれど。


「返事はァ!」


「……分かったよ」


 鉄村はふんと鼻で息を吐くと、やっと私を離す。私に視線を合わせようと丸めていた背を伸ばし、勝手に前を歩き出した。


「何だ、裁のゴーレムの話だったか? お前の言う通り美術館を出た後追っかけたけれど、路地に入ったりして逃げ回るように走ると思ったら、急に土の塊になって崩れちまったよ。丁度お前のドッグタグが、知らせを伝えたのとほぼ同時にな」


 尋常でないしぶとさを見せていたが、矢張り裁とはあれでもかなり追い込まれていたらしい。御三家の前では棺という交渉材料で強気に出ていたが、痛手を受けたのは事実と見ていいだろう。


 なら、もし裁が他にゴーレムを街に放っていたとしても、既に壊れてしまっているのではないか? 〝館〟での戦いの終盤では焦りの余り、魔法を上手く扱えていなかったし。あの圧倒的な手数を誇る裁が、その持ち味を殺してしまっている。そして今は、御三家と狩人の監視の下で交渉に入った。いつ殺されてもおかしくない状況に陥っておきながら、まだ私を殺していない以上悪魔の腸も諦めていない。このチャンス、逃す訳にはいかない。


 意を決すると、前を歩く鉄村のブレザーの裾を右手で掴んだ。


「ん?」


 鉄村は足を止めると、不思議そうに見下ろして来る。


 その間抜け面を見据え、コヨーテそのものの獰猛な声で、思い切り吠えた。



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