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63.コこカら先は危険エリアに入りマす


 鉄村が受け取らないスマホを、互いのトレイの間へ置く。


「疲れていい加減な返事になっただけだよ。さいにはさんざ振り回されるし、悪魔らいってのが嘘なぐらいに死にかけるし、お前に大食いチャレンジはさせられるし。いつだって愛想よく出来る程、私は聖人じゃないさ」


帯刀おびなたが〝患者〟になった日、大泣きしてたじゃねえか」


 私は残りのスープを飲み続けるが、鉄村は箸を止めていた。冷えた目をする私を、非難したいような熱を帯びる目で見据えて来る。


「……お前あの日から、全然笑わなくなった。口数はもっと減った。折角帯刀おびなたが無事だったんだから、もっと喜ぶもんなんじゃねえの?」


 私は苦笑を浮かべた。


「ならきっと、それが続いてるんだよ。今回も無事だっただけで、〝患者〟でなくなった訳じゃないんだし。まして帯刀おびなたは私の所為で〝患者〟になったようなもんなんだから、こんな程度で喜んだって仕方無いよ」


「あれはお前の所為じゃねえよ」


 大真面目に言う鉄村。


「そうかな」


 つい苦笑が濃くなった。


 鉄村はもどかしそうに、少し身を乗り出す。


「そうだよ。気にすんなよ周りの奴らの事なんか。少なくとも鉄村家は、お前の味方だ。周りが文句言って来るからって、友達を心配出来なくなるのはおかしいぜ。上貂かみはざのじいさんはまたぶちぶち言って来たけどよ。いいんだよあんな奴」


「つか〝館〟の魔術師に、〝患者〟の家族の名前挙げさせた事はスルーなのな」


「帯刀へのリアクションの方が気になった」


 つい、小さく噴き出してしまう。こいつ魔法使いはこれっぽっちも信じない代わりに、身内となったら無防備過ぎる。


 鉄村はむっとした。


「何だよ」


「いや」


 それ以上不機嫌にさせると面倒そうなので、笑みを堪えてから言葉を継ぐ。


「七ヶ月以内って事は〝鎖の雨〟の範囲内なんだから、帯刀以降新しい〝患者〟は一度も出てない筈なのに、ああもお経みたいに流れたのは不自然が過ぎるだろ? どうしてそうなると思う?」


 鉄村はまだむっとした様子だが、思案顔になった。


「……過去に〝患者〟が出た家族が、遅れて連絡先を〝館〟に登録したから?」


「そう。それも結構な数が。お前あの名前の中に、帯刀って聞こえたか?」


「まさか。聞こえてねえよ。珍しい苗字なんだから他人でも耳に残る。ご両親がすぐに〝館〟に連絡先を教えたんだろ」


「それか帯刀の両親が帯刀を置いて、街から逃げ出したから連絡がつかないか」


 鉄村は硬直する。


 私は肩をすくめて苦笑した。


「あいつの両親、夜逃げでもしたのかっくに行方不明になってるし、そもそも長らく不仲で離婚協議中だったんだ。そこに帯刀が魔法使いに襲われたのが重なって、嫌になったのか丁度いいと思ったのかこの様さ。私、帯刀のお見舞いで毎日〝館〟に行ってるけれど、あいつの両親が訪れた事も、連絡を寄越して来た事も一度も無い」


 喧しいアイドルソングを店内BGMとして吐き続けていたスピーカーから、ノイズが走る。直後に無音が挟まり、読み上げソフトにでも喋らせているような、年齢の掴めない不自然な女性の声が流れ出す。


「……こちら、魔術師御三家からのお知らせです。街に魔法使いが侵入しました。皆様の安全性の向上と、魔法使いの殺害を助ける為に、ただいまからロックダウンを開始します。街には魔術師と狩人を配置しますので、彼らの指示に従い、速やかに帰宅して下さい。食糧などの生活必需品は市役所等と連携し、後程全世帯へ配送させて頂きます……。繰り返します。こちら、魔術師御三家からのお知らせです……」


「おっと」


 スピーカーへやっていた目をテーブルに戻して、残りのスープをレンゲで飲み干す。鉄村はまだ呆然としているので、残っているチャーハンも平らげた。最後にお冷を呷って、席を立つ。店内は押さえ付けられたようにざわめき立つが、何の興味も無かった。


「私の家に行って、文字化け作家からDMが来てないか確かめよう」



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