43.さあさあ最後のお立合い!
こいつは本当に勝てない。
応援なんて来る気配が無い、私と
本来なら魔術師総出で立ち向かわなければならない相手だ。然し今街には裁を除いても三人もの魔法使いがいる事になっている。流石にそちらの正体も〝魔の八丁荒らし〟とは思いたくないが、裁一人に専念出来る状況じゃない。
その上裁が街に撒いた自身にそっくりのゴーレムが、何体いるのかも不明だ。それを追いかけている鉄村の無事も、電波が届かない〝館〟の中では確かめられない。断言出来るのは今目の前にいる裁は、魔法が使えている以上本物であるという事だけ。
裁が部屋に到達するまでの距離も、あと少し。そろそろ時間を稼いでいられるのもお終いだ。魔術師が魔法使いを見逃さないように、魔法使いも魔術師を逃がす理由が無い。まして私は最も裁の正体を知る者だ。奴の目に私がどれ程弱々しく映っていようとも、逃がす選択肢は存在しない。〝患者〟を収めている瓶の強度には限度がある、〝館〟じゃ周りを巻き込んでしまうから戦えないとか、そういう問題では無かったのだ。ただ最初から、相手が余りにも悪過ぎたのである。
全く、朝から本当にツイてない。
裁は、まるで立ち上がる素振りを見せない私に冷笑を湛えた。
「そこまで聡明であるなら分かるでしょう。今
部屋が揺れる。全ての配管とキャビネットが軋み、瓶とシャンデリアがガチャガチャ喧しく音を立て、
……ああ。
真夜中に落ちたような闇の中、天井を見上げ、何が起きているのか理解する。
ゴーレムだ。工場のように高い天井にぶら下がるシャンデリアに届きそうな程巨大ゴーレムが、背を丸めて私を覗き込んでいた。仁王を彷彿させるデザインは息も忘れる迫力を撒き散らし、カッと開かれた口で今にも飲まれそうな気分になる。
だが部屋全体が暗くなった事から考えるに、ゴーレムはこいつ一体でないだろう。恐らく何体も湧き出したゴーレムが、その巨体でシャンデリアの灯りを阻んでいる。つまり私が逆らえば〝患者〟が収まる瓶をこいつらに、キャビネットごと踏み潰される。
こんなデカブツが産み落とされる最中も、悠然とした靴音は止まらない。天井を見上げたまま、目線だけ廊下へ投げる。変わらぬ調子で歩く裁を捉えた。もうその笑みに、美術館で見せたような可憐さは無い。あんな惨たらしい笑みを浮かべる人間と、今日まで出会った事が無い。
たとえるなら映画で観た、敵兵をいたぶる独裁者。たとえるなら小説で読んだ、呼吸をするように人を殺す殺人鬼。冷酷で嗜虐的な、魔法使いとしては完璧だろう、願望の達成を控えた喜びを孕んだ笑み。もう〝館〟の職員を皆殺しにした事を覚えていないと窺い知るに十分なその笑顔を、いっぱいにして裁は言う。
「骨の髄まで後悔させてあげますよ。天喰先輩」
ここまで不気味さや異常さを撒きながら、容姿においては醜いと一切感じさせないのだからこいつとは、生来おかしな奴なんだろう。
こんな意味の無い所業を引き立て役にするぐらい、悪と闇に映えているのだから。
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