39.何て身軽な快進撃!


 〝患者〟が収められた部屋の作りに大差は無く、どれも受付から伸びる廊下としか繋がっていない。瓦礫に埋もれるように床へ倒された私は、起き上がろうと上体を持ち上げた。


「クソ……!」


 粉塵の向こうから、悠然とさいは語り出す。


「……泥をこねて人形を作った所で、完成するまで言う事を聞くか分からない。持ち運ぼうとすれば、小さなものを少しだけしか作れない。ガラクタに自分の意思を実現させる魔法なんて使うぐらいなら、自分の手から火を放つ魔法でも使う方が賢明だ。材料が無ければ何も出来ない最弱の魔法使い、付与の魔法使いエンチャンターなんて、現役の魔法使いにいる筈が無い。なんて、思い込むからやられるんですよ。天喰あまじき先輩」


 私は立ち上がると、壊れていないキャビネットに背を預けて隠れた。粉塵が晴れるまで一分ぐらいか。


 辺りに目を凝らしながらがなる。


「うるせえぞ手品師が。ただの付与の魔法使いエンチャンターがこの街に侵入出来る訳えだろ。付与の魔法エンチャントとは対象に命令を与え実行させる魔法だが生物には使えない上に、その対象に命令を実行するに当たって必要な能力が欠けていたとしても補ってやれない出来損ないだ。石に空を飛べと命じれば地を跳ね回らせるだけのお前らが、〝不吉なる芸術街〟に立ち入れる訳あるか」


 さいは呆れたように、鼻から息を吐く。


「耳がいいんですね。私は天喰あまじき先輩の声が大きいかつ、ここが静かな建物だから聞こえてますけれど」


 声の方向から、こちらの部屋に繋がる廊下を歩いている最中。


 裁の居所を掴むと走り出す。粉塵を振り払いドアを蹴り破って猛進すると、寒々しい廊下の遥か遠くで裁を見た。更に加速しようと強く踏み出す。


 付与の魔法エンチャントとは対象に振り回される。命令の達成率を高めるには、その命令に相応しい対象を用意しなければならない。故に付与の魔法使いエンチャンターはゴーレムを作る。人間の姿を模したゴーレムなら、人間の願望の多くを代行出来るから。材料は命令内容によって変えて来るが、人型の何かを動かすのが付与の魔法使いエンチャンターの基本であり鉄則だ。


 だが裁はゴーレムを用意するという事前準備をすっ飛ばし、目ぼしい材料を見つけるとその場でゴーレムを作って命じてみせた。丸木杭もその場で作ったのだろう。腕の束と言いどれも灰色だったのは、〝館〟の建材であるモルタルを拝借したからだ。優秀なのでは無く、要領が悪い。


 跳ね回らせる程度で終わるが石に空を飛べと命じる事は出来るように、命令そのものは拒否されないのも付与の魔法エンチャントである。裁はそのような、対象が命令に従おうとする事により生じる微動を、瞬間的に重ねているだけだ。


 先の大男も一瞬で作ったように見せているだけで実際は、天井のモルタルに寄り集まってゴーレムになれという付与の魔法エンチャントを何十何百何千も連続でかけ強引に高速で完成させた上に、私を殴り飛ばせと追加の付与の魔法エンチャントをかけただけである。杭が飛んで来たのも同じ理屈だ。


 そして魔法の動力源は、魔術と同じく生命力。使えば脳にも筋肉にも疲労が溜まり、限界を超えれば絶命する。この短時間で法外な回数の付与の魔法エンチャントを重ねた裁が動ける時間は長くない。


 一直線に距離を詰める私を阻むように、眼前の床から先と同じデザインのゴーレムが湧く。ゴーレムは現れるなり、右手に握った棍棒を振り上げた。棍棒は天井を削りながら、真っ直ぐ私の頭へ打ち落とされる。


「てめえはコソコソと下らねえな!」


 棍棒が頭に届く間際で、ゴーレムの右下膊を左下膊で受け動きを阻んだ。左半身にゴーレムの腕力と棍棒の重みが伸しかかり、足元の床に亀裂が走る。


 その圧力を支えに足を急停止させつつ、右の拳でゴーレムの腹を打った。ゴーレムの胴は、腹から上下で分かれるようにぶち折れる。


 透かさず左手で奪った棍棒へ、右腕を引き戻した。棍棒をバットのように構え、落下していくゴーレムの上部に意識を集める。


 集中の所為か、時間の流れが停滞した。鈍臭く流れる刹那の中、狙い澄ましたゴーレムの頭部を打ち抜く。砲弾の如く放たれた頭部の目標は、裁の顔。


 走る頭部は影となって裁の顔に浮かび、辟易するような表情を浮かべる奴の前髪を跳ね上げた。


 裁を守るように両脇の壁がせり出し、分厚い一枚に繋がると頭部を受ける。


 阻まれた頭部は粉砕され、それを放つと跳んでいた私は壁の前へ着地した。頭部を阻んだ壁は迎撃するように、槍状のモルタル塊を突き出し眉間へ走る。


 頭を右へ傾け往なした。遅れて流れた髪が数本断ち切られ宙を舞う。往なしながら振り上げた左腕の棍棒で、槍ごと壁を叩き割った。折れた棍棒を捨て、飛び散る壁の奥で目を見開く裁へ跳ぶ。空になった左手で両目を覆うように裁の顔を引っ掴み、そのまま後頭部を床に叩き付けて着地した。


「ここまでだ、ド三流」


 付与の魔法使いエンチャンターに目分量は有り得ない。物体に命令を与え実行させるという付与の魔法エンチャントの性質上、どの物体にどのような動きをさせるかというように詳細な設定を求められる。


 まして命令対象の作成から始める裁の場合より細やかだ。作成には均一かつ連続で付与の魔法エンチャントを用いる。少しのズレが大きな差異となって現れる上に、莫大なコストも要するのだから失敗も無視出来ない。つまり視界が遮られた今の裁に、付与の魔法エンチャントは使えない。


「さあどうやって街に侵入した。お前の目的と、美術館での魔法使いとの関係を吐け!」



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