第6話 彼女いるじゃん
「アレクシス様!!!」
私達が馬車に乗り込もうとした時、町の喧騒の中に突然響いた叫び声。
続いて横に止まった馬車の扉が慌ただしく開き、中からやたらキラキラした女性が飛び降りてきた。
「お探ししましたアレクシス様!」
「これは………コリアンヌ姫。どうしてここに…」
「城を訪ねたところ、あなたが街に出ていると聞いたのでお探ししていたのです」
お知合い…ですよね?
「アレクシス様ひどいです!私に一言も無く、いきなり帰国なさるなんて………」
そのコリアンヌ姫様とやらは、目に涙を浮かべ、必死にアレクシス様に縋りついる。
「いや、その話は以前から決まっていた事であって、決して急では………」
「言い訳などいいのです。帰国を強いられたあなたは、私を悲しませないため黙って国に帰る事にしたのでしょう?分かっております。でも喜んでくださいませ、私はあなたのためなら国をも捨てる覚悟でございます」
………なんだ、ちゃんと恋人がいるじゃない。
「私達は幼い頃から一緒だったではありませんか。今更何の遠慮がありましょう。これからはたとえ地が引き裂かれようとも、神が雷を降らせようとも、わたくしたちはずっと一緒です」
なるほど、恋人がいるのに帰国が決まったから、泣く泣く別れたと。
立場が有る人は大変だね。
そう思うも、胸の奥がチクリと痛むのはなぜだろう。
「アレクシス様、本日はありがとうございました。僭越ながら私はこれでお暇致させていただきます。どうか私の事など気にせず、コリアンヌ様とお帰り下さいませ」
ここからなら1時間も歩けば家に着くし、途中でミクリ雑貨店に寄ってから帰るつもりだから、どうかご心配なく。
「まあ、なんて気が利く侍女ですの、褒めてさしあげますわ」
「エ、エレオノーラ、これは違うのです!」
どうやら込み入った話のようだし、違うと言われても、何がどう違うのか分からないしなぁ。
とにかく私は二人に会釈をし、家への道を歩き出した。
アレクシス様はと言えば、コリアンヌ姫様の馬車に、半ば強引に押し込まれていたよ。
彼は必死な形相でこちらに手を伸ばしていたけれど、それでも彼女の手を振りほどく事はしなかった。
ふ…ん、私より、よっぽどお似合いよ。
「結局なるようになったか。たとえ勘違いから生じた関係でも、私に遠慮する必要なんてないのに。バカだよアレクシス様は。どうかお二人ともお幸せに」
ため息交じりで独り言を言う。
所詮うちは借金で首が回らない貧乏男爵だもの。
こんなにちっぽけな家への責任なんて取らなくていいのよ。
私だって一時の夢を見れたんだもの、良かったじゃない。
「エレオノーラ様」
後ろから私を呼び止める声がした。
「お屋敷までお送りいたします。どうか馬車にお乗りください」
王室の馬車の御者さんだった。
「いいえ結構です。私の事は放っておいてかまいません」
そう言い残し、私は再びスタスタと歩きだした。
時は金なり。
我が家に余計な事をする時間はない。
買い物をしながら急いで帰れば、予定より3時間は余計に内職ができるな、よしよし。
そう言えばアレクシス様とランチを取らなかったな、まあ気は楽だが、昼食代が浮くと思っていたから、ちょっぴり残念だった。
でも家に帰れば残り物にありつけるだろう。
それが残っていればの話ではあるが。
「おじさん、チクちゃん印のインクちょうだい。黒ね。」
「はい、いらっしゃいませ。只今お持ちいたします………って、エレちゃんじゃねえか。今日はどうしたんだい?ずいぶんとオシャレして」
まあ一応オシャレはしているつもりです。中身は残念なままだけど。
「デートもどきをしてきたの。たった今フラれたとこだけどね」
「それは………まあ、仕方がな…いや、元気出せや」
「慰めてくれてありがとう」
まあ予想はしていたから大丈夫だよ
「そうかそうか、健気だねぇ。よし、このインクはお見舞い代わりに半額にしておいてやるよ」
「プレゼントしてくれないの?でも嬉しい、ありがと!」
「おぉ、がんばれよ」
やった!気晴らしのつもりでワンランク上のインクにしたけれど、それを200ゼラで手に入れた!ラッキー!
でも半額にしてくれるなら、思い切ってハイランド製のインクにすればよかったかなぁ。
その後の買い物も、ミクリ雑貨店と同じ展開で、いろいろな物をかなり安く手に入れる事が出来たし、なかなかいい一日だったといえよう。
そうは思っても、やはり気持ちが沈む。
多分、今度こそ破談の連絡が来るだろう。
結局私はあの二人が結ばれるための、ただのスパイス。
これが有るべき姿、王子様とデート出来ただけでも御の字じゃない。
これ以上の事を望むほうがおかしいのよ。
「アレクシス様……」
乳兄弟であるアレクシスが帰ってきた。
エレオノーラ嬢と、どう過ごしたのか興味はあったが、まさかコリアンヌ姫を連れ帰るとは…これは一体どう言う事だ?
「アレクシス様、これは一体…?」
「私にも……よく分からないのだ」
見ればアレクシスはとても辛そうな表情をしている。
「愚痴る相手が必要じゃないか?」
アレクシスの耳元で聞いてみた。
この様子じゃ、かなり混乱しているのだろう。
「グレック……頼めるか?」
「わかった、話ぐらいだったら聞いてやるよ」
「悪いな。出来れば知恵も貸してもらいたいのだが」
「遠慮するな、乳兄弟だもの、あまり力になれないかも知れないが、一緒に考えるぐらいはしてやるよ」
で、俺は食事もそこそこに、酒瓶を下げアレクシスの部屋に向かった。
お花畑で暮らしているコリアンヌ姫は陛下達に押し付けて。
「どこをどう取れば、私がコリアンヌ姫に惚れていると思うんだ!」
アレクシスはグイッとグラスをあおり、タンッとテーブルに叩き付ける。
「そりゃぁ普段のお前の行いからじゃないのか?」
「私は今まで彼女とは、最低限の礼儀だけで接してきた。それなのになぜ…他の令嬢だって俺の態度を察し、だれ一人寄ってこなかったぞ。それも一重にエレオノーラの事を思って…」
「そりゃあ彼女はお花畑の住人だからな。何事も自分の都合のいい方向にしか考えられないし、何を言われようと自分に甘く理解する。悪い事に、金も権力も持ってらっしゃるから始末が悪い」
「そうだよ、その通りだ。だがな、それに振り回される身にもなってくれ!なんて可哀想なエレオノーラ」
いや、そのセリフは、エレオノーラでは無く私だよな。
だが聞きたいのは、コリアンヌ姫の事じゃなく、彼女との事だったんだよ。
「彼女はどうしたんだ?」
まあ当然送っていったよな。
「帰ったよ、一人で…」
「ばっ馬鹿かお前は!ただでさえ周りを巻き込んで、お前の我儘を通し、何とか婚約までこぎ付けたってのに、そこまで恋焦がれた女性を放っておいて、あんな女と帰ってきたのか!」
アレクシスがドン!とテーブルに拳を叩きつける。
続いてそれを思いきり蹴り飛ばした。
こいつは表面は温厚そうに見えるが、こういう面もあるのだ。
「どうすればよかったんだ!?相手は一国の王女なんだぞ!」
ああ、地位のある奴の、あるあるってやつだな。
そう思い、自分の境遇をありがたいと感じた。
「悪かったよ。で、エレオノーラ様は?」
「馬車を断り歩いて帰った。振り返りもせず…。だが引き留めようとしたんだ!それがあの女が!!」
大変だったんだな。
「でもまずくないか?そこまですれば、普通だったら振られるパターンだぞ」
考えてもみろ、ようやくデートにこぎ着けた出先で、知らない女が会いたかったと抱き着いてきたんだぞ。
おまけに、二人にはもう障害はない、私たちは何も気にせず結婚できるんです、なんて言ってみろ。
それを聞いた婚約者は身を引くか、怒り狂うのが普通だろう。
「そ、そんな…。彼女にそんな様子はなかった。これでお暇しますと、コリアンヌと話をしてくれと言ったのだ。それもいつもと変わらず優しく慎ましい様子だったんだ」
「これでお暇しますだと?本当にそう言ったのか?まずいぞそりゃあ」
「何が?何でまずいんだ?」
確か今日、暇つぶしに開いた辞書に、ちょうど出てきた言葉だ。
「いいかよく聞け。お暇しますという言葉だが、確かに帰るという意味もある。だがそれ以外にも意味があるらしいんだ」
「えっ!?」
「古い使い方で、お暇しますと言うのはだな、別れる、辞める、ひいては絶縁をも意味するそうだ」
「何だって!!」
焦るよな!分かるよ。
俺だってお前の話を聞いて焦ったもの。
「そんな!ど、どうしよう、俺はエレオノーラに見放されたのだろうか。いや、今すぐ彼女の家に行って誤解を解かなくては!!」
「待て待て、そうと決まったわけではないし、今日はもう遅い。今は策を練り、明日早々に尋ねたほうがいい」
「そんな事を言っている場合ではないだろう!今すぐ言って説明を………」
アレクシスはかなり興奮しているようだ、
だが、この感情のまま突走るのはまずい。
普通の女性なら絶対に、もて遊ばれたと思うだろうな。
当然彼女も、今はまだ怒り混乱している頃だろう。
慌てて駆け付け、言い訳を並べたところで信じちゃもらえない。
今は少しでも策を練り、双方落ち着いてから会ったほうがいい。
せめて朝になればきっと彼女も……数時間じゃ怒りが収まるわけねえか、神に祈るしかねえな。
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