第7話 逃亡劇の始まり
時刻は深夜1時。
内職もノルマを達成してひと段落。
いつもより早くベッドに潜り込んだ私は、今日一日に有った事を思い返していた。
「あんな事が有ったとはいえ、拷問(アレクシス様と一緒にいる時間)は短縮されたし、お金もあまり使わずに済んだし、内職は捗ったし。うん、上出来」
うむうむ、余は満足じゃ。
そう思いつつも、何故か心の中に虚しさが残る。
いつまでも未練たらしいぞ、アレクシス様には好きな人がいたんだ。
それが分かっただけでもスッキリしただろう?気持ちを切り替えようじゃないか。
「あの後、アレクシス様とコリアンヌ姫様はどうしたのかな。私なんか気にせず、身分や義理に縛られないで、お二人が幸せになれればいいな。どうせ私はこんなだし、私には最初から無理だって分かってたじゃない。アレクシス様には、あの綺麗なお姫さまの方がお似合いだよ。うん、そうだよ!」
よし、気持ちは切り替えた。
ただし卑屈な方向に。
彼女はアレクシス様が留学してからずっと一緒だったと言っていた。
おまけにエルトランジェの姫君だ。
つまり文句が付けようの無い、お似合いの二人だ。
彼は王族といえど次男、ならばあちらに婿入りする事だって考えられるわ。
もしかすると、もう二度とお目にする事も無いかもね。
「王族と貧乏貴族、結婚を考える事すら烏滸がましい。元々無理な話だったんだよ。バッカみたい」
これでもう破談は確定だろう。
いや…待てよ……?
アレクシス様はお優しいから、もしかしたら婚約した義理を引きずって、陛下達に破談を言い出せないかもしれない。
もし言い出せたとしても、私と婚約破棄をした事で、自分を責め続けるかもしれない。
最悪、負い目を感じて、いつまでもコリアンヌ姫と幸せになれない可能性もある。
大体にして、アレクシス様はコリアンヌ姫と結ばれない事で、自暴自棄になってこんな私に結婚を申し込んだのだ。
どちらかと言えば、私は身分なんて犬にでも食わせてしまえと思う方だが、アレクシス様はそんな事出来ないのだろうなぁ。
本当に好きならば、身分も体裁もドブに捨てて、自分達が幸せになる事だけ考えろって応援するよ?
でもお二人が本当に幸せになるためには、一体どうすればいいの?
エルトランジェの王を説得する……事は、私には出来ないな。
二人の逃亡の手助けをする……のも無理だ。
そう悩み続けると、なかなか眠りは訪れず、うだうだと考え続けた。
もしこのまま二人の仲が反対され続け、追い詰められたらどうなるのだろう?
駆け落ち?
いや、下手すりゃ心中?
………だ、駄目だ~~!!
ど・ど・どっ・どうしよう!!
この時の私は妄想が膨らみ、完全に自己を失っていたのかもしれない。
自分の思込みが、どんどん悪い方向に進み、どうしたらいいのかよい考えも浮かばない。
パニック状態になりながら、あらゆる可能性を思い浮かべ、ふと一筋の光明が見えた(気がした。)
「私が婚約者として存在しているのが悪いんじゃね?」
取り敢えず今現在は、私が婚約者(候補?)だ。
ならば私がいなくなれば全て丸く収まるのかもしれない。
もし事がそんな単純な事では無いとしても、障害となっている問題が少なくとも一つ減るはずだ。
うん、例えば五つ障害があるとして、それが四つに減る。
それならば、私はこの場にいない方がいい。
私のような邪魔者がいなくなれば、アレクシス様は心置きなくコリアンヌ姫にプロポーズできるじゃないか。
「よし!」
方向は決まった。
後はゆっくりと作戦を練ればいい。
それでは皆様お休みなさ……………。
じゃない!!!!
アレクシス様は、勘違いした事に負い目を持ち、プロポーズを取り下げず、デートや茶番に付き合ってくれるような人だ。
下手をすれば、今日の事をさらに申し訳ないと思い、明日早々に我が家を訪ねて来るかもしれない。
あの性格なら、更に婚約解消を言い出せなくなって、どんどん精神的に追い詰められちゃうよ!
これは早急に行動を開始したほうがいい!
思い立ったが吉日、幸いにして、置物のブタさんの中には、短期間なら食い繋げる程度の貯金が隠してあるし、足りなくなれば出先で稼げばそれなりにやって行けるはずだ。
私がいなくなり、この結婚話が頓挫すれば、アレクシス様もコリンヌ姫にプロポーズしやすくなるはず。
私はバッとベッドから飛び起き、服を着替えてから窓に掛けられたカーテンを引っぺがした。
それを広げ、身の回りの物、服、下着、タオル、必要な物は片っ端からカーテンの上に積み上げていく。
それからタンスの上に飾ってあった可愛いブタの置物を手に取り、割れないようそっとその一番上に置き、カーテンの端と端を結んだ。
「こんなものかな」
持って出る荷物を前に、今更ながら我が家の経済状態を思い知った。
腐っても貴族、しかし内情はこんなものだ。
「母様達に置手紙って必要かな?」
何も言わないで家出しても平気だろうと思ったが、やはり家族は心配はするだろう。
だから買ったばかりのインクとレターセットを取り出し机に着く。
『父様、母様、兄様達。我儘をお許しください。私はアレクシス様とコリアンヌ様の幸せのために身を引きます。邪魔者は消えたほうがいいのです。そして私は遥か遠くから皆様の幸せをお祈りします。どうか探さないで下さい。 コリアンヌ 』
(エレオノーラ心の声:みんな、内職もほったらかし、逃げ出してごめんね。私はアレクシス様にはコリアンヌ様のほうが似合ってると思うんだ、でも向こうも私がいるから引っ込みがつかないと思うし、こっちから断る事って出来ないよね。だからしばらく身を隠すよ。けっこう遠くに行けば見つかりにくいし大丈夫だよね。ほとぼりが過ぎたころ帰ってくるつもりだから探さなくていいよ。後の事は適当にごまかして。ホントごめん)
書き上げたそれをそっと封筒に収め、そっと机の上に置いた。
私がいない間は内職収入が減るけど、その分、私の食費が浮くから、私が帰るまで何とか頑張って!
心の中で何度もあやまってから荷物を背負い、私は誰にも気づかれないよう、注意しながら逃げだした。
そうして私は今現在、逃げる事に成功している。
あの夜は、朝になるまで歩き続け、何とか隣町に着いた。
そこからは始発の乗合馬車で移動をした。
平坦な道では歩き、起伏の激しい道は乗合馬車に乗ったり、ヒッチハイクをした。
寝泊りは安い宿の大部屋に泊まったり、安全そうな所では公園でも寝た。
食料はやはり閉店間際の店が狙い目だ。
値引き品を買い、翌日の朝食用にもした。
雑貨店で、特売の小さな鍋やナイフを買った後は、キャンプをする事もあった。
あの時はラッキーだったな。
薄汚れはしてたけれど、毛布を拾う事が出来たもの。
だから私は、雨露をしのげるところを探し、寝床にする事が出来たのだ。
薪を集め、森などで採ったキノコや野草で料理もした。
「こんなに美味しい物を知らないなんて、みんな損をしているわ」
私は自由を満喫できるキャンプを、かなり気に入っていた。
旅を始めてから20日ほど経った頃だろうか。
そろそろ里心も付いてきたある日、大雨のためサバストで足止めを食らい、安宿に2泊した。
いつものように大部屋だったけれど、同室となった同い年くらいの女の子と気が合い、退屈する事無く過ごせたのは嬉しかったな。
彼女とは、一緒に布団に潜り込んで、いろいろな話をした。
それから1階のバルで一緒に食事をした。
楽しかったなぁ。
こんな事になるならば、もっとたくさん話をしておけばよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます