第20話・アピール完了からの迷子

 エレノの町にエルダーゴブリンジェネラルが襲来して丸1日が経過する中、様々な問題点を抱えつつもエレノ攻防戦は、ややエレノ側に優位に傾いていました。


 しかしながら、エルダーゴブリンジェネラルの統率力と戦略眼は高く、東門に主力のゴブリンソルジャー、アーチャーなどを展開しつつ、ゴブリンナイト数体に指揮を任せたゴブリンの群れを別動隊としてエレノの町の北と南にまわりこませてきます。


 一方、アリシアは非戦闘員として兵士達に保護されてエレノ町役場に避難していました。


 しかし、ゴブリンに殺された名もない村の仲間達の敵討ちをしたいアリシアは、近くに居た兵士に自分が攻防戦に使える人間だと猛アピールするも空回りして兵士達には大人しく避難所で隠れて居るように言われます。


 これにはアリシアの魂の中で助言する銘もなき覇王も頭を抱える位の交渉の下手さでした。


 アリシアは戦いで使える人間アピールをやめて師匠から伝授された自分の別の価値を再度アピールする事にします。


 アリシアの名もない村での仕事は主に2つ。一つ目は優秀な狩猟者としての肉や素材の提供であり、2つ目は優秀な薬師で村の人々の頼れる医師でも有りました。


 実はエレノの町に有る薬は、その全てが名もない村のアリシアが二束三文で行商の悪徳商人に買い叩かれて高額転売された物であったりします。


 アリシアは軽い小遣い稼ぎとして傷薬やポーションを作成していたのですが……その本来の価値を知れば卒倒するかもしれません。


 何処の町でも優秀な薬師や医師は貴重です。


 傷薬程度でも一般人が適当に薬草類を混ぜて作った粗悪品の傷薬と、薬師が作る粗悪品+の傷薬では効果がまるで違うし、ポーションに至っては専門の錬金術師や薬剤調合師が必要なので、そこをアピールしてみました。


「あの、私は東の名もない村の狩人ですが……ついでに村で只一人の薬師ですので傷薬やポーションなんかも作れるのですけど…薬やポーションの調合が出来る人間はどうでしょうか?他にも色々と出来ますし、医師の真似事もしてましたので簡単な怪我なんかの応急処置も出来ますよ?」


《はあ、やっとアピール出来たねアリシア……その調子でいきなさい》


「な、何!?お嬢さんは薬師なのか?傷薬とポーションが作れると?」(おいおい、マジかよ?)


「はい、私は名もない村の狩人兼薬師なんです」


(ここはアピールしないと…)


《よし、相手が食いついたぞ!》


「で、本当に応急処置が出来てポーションも作れると?」(本当に?)


「はい、村では医師の真似事もしていましたので応急処置はバッチリです!」(よし、さらにアピールしよう)


《よし!そこでもう一押しだ!畳み掛けろアリシア!》


「隊長、やはりアリシアお嬢さんには薬師や医師として後方支援の形で正式な依頼を出しましょう」


(美少女医師かよ、コレは後方要員確定だな)


「そうだな。ポーションを作れる薬師なんて、うちみたいな辺境の町には一人も居ないからな。ポーションの数も全く足りんし助かるよ」 

(うわ、めっちゃ助かるわー)


「では、私もエルダーゴブリンジェネラル戦に参加させて貰えるんですね?」


《ふむ、これで一応エルダーゴブリンジェネラルの攻防戦に参加させて貰えるのかな?》


「是非とも、お願いするよ! 今から直ぐに正式な書面を書くので冒険者ギルドへ持っていってくれるかね? なるべく沢山の傷薬とポーションを作ってくれると助かるよ」


「はい!薬作りも戦闘もお任せです!」

《サラッと戦闘も入れてるなアリシア……》


「あははは、戦闘はしなくて良いから後方支援要員で登録しとくよ。少し待ってくれるかね?」


《サラッと断られとるな》

「分かりました!」


 アリシアが傷薬やポーションを作成出来る薬師で有り、名もない村での医師の経験も長く応急処置も出来る話を聞いたエレノの兵士達は直ぐに態度を軟化させて後方支援要員としてアリシアを起用する事にしました。


 実に見事な手のひら返しです。


 実際、エレノの町も含むエルト小国には薬師はアリシアと首都のエルトラに居るらしい二流に僅かに届かない三流の薬師の二人しかおらず、ほぼほぼ薬剤などは他国からの輸入便りであり、エルト小国のグラントから南東部に流通している薬剤などに関しては、名もない村に出入りしていた悪徳商人が転売した傷薬やポーションで、そのほぼ全てがアリシアの手作りの品だという事を本人すら知らない状態だでした。


 さらに悲しい事実があり、そこそこのレベルの腕を持つ医師もエルト小国の首都エルトラとグラントの街に一人、二人居るかどうかだったのです。


 エレノの町にも医師を名乗る人間は居たもののグラント方面へいち早く去り、その腕はせいぜいで三流かヤブでした。


 役場の警備隊長はその場で公式な雇用書類を作成し、アリシアを冒険者としての扱いで正式な書面で依頼を出します。


「これでよし、アリシアさんだったね? この書類を冒険者ギルドに持って行ってくれるかね。先ずは冒険者ギルドで登録して貰ってから、こちらの依頼書を見せて欲しい」


「はい! 分かりました!」


タタタタタタタ……


「あ、ちょっと! 行っちゃったな……あの子、冒険者ギルドの場所は分かるんだろうか?」


「どうなんですかね? 今は町の中には冒険者位しか歩いてませんから大丈夫かと思いますが……」


 アリシアは依頼書を持って直ぐに走り出して気付いた。


「あ、冒険者ギルドって何処だっけ?」


《アリシア……ちゃんと考えてから動こうな》


「あ、師匠、彼処に人が居ますよ!聞いてみますね!」


《アレは人か?アレに聞くのか?俺には面倒事が起きる予感しかしないな……》


「すいませーん!」

「あ?迷子かー?」

「冒険者ギルドの場所を教えてくださーい!」

「はあ?冒険者ギルドだー?」


 アリシアは中央の道を歩く赤髪強面の銀級上位冒険者達と出会い、冒険者ギルドの場所を聞こうとしました。


 しかし、しっかり区画整理されたエレノの町の中央通りを歩いていた銀級上位冒険者はアリシアの持って来た衛兵隊長から渡された依頼書を読んでから、あからさまに不機嫌な態度をとります。


 どうした事なんでしょうか?



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