第12話・長閑な村


 エルト小国の最果てにある名もない村は文字通り名もない寒村です。


 その中心部には約50軒程の家がぽつりぽつりと立ち、周囲には魔物の棲む森が有り、村の外周部には何代も前から増築に増築を重ねた高くて強固な木造の壁が有り、西側の平野部には多少の野菜畑や甘芋や麦の畑が広がっていました。


 北門からは北の方向に有る小道を歩いて緑豊かな森や山、平野を通り抜けて歩いて六日から十日の約百数十キロ程離れた距離の巨大な山にはセレニムと呼ばれるドワーフの都が有り、名もない村との間には、名もない村と同様の名もない小さな村が細々と点在しており、稀に来る行商人を除けば、ほぼほぼ外部との交流は有りません。


 名もない村から南東に半日ほど行けば外海に出ますが、昔は若い漁師が魚を釣っていた時期も有ったものの、今では村の誰もがほぼほぼ海には行かず、海までの道も草木が生い茂って使えなくなっています。


 南西の門から更に南西方向にゴブリンなどの魔物達が多く生息する深い魔物の森を抜けて約六日から十日の百数十キロ程を進めば、そこそこ大きなエレノ町が有り、名もない村の若者の大多数は名もない村の生活を嫌って近代的なエレノ町に出ていきました。


 そんな名もない村には、既に全盛期を過ぎて隠居したような五十過ぎから六十歳を越える年寄りと、十二歳未満の天職を得る前の子供数人ばかりの九十人程が住んでいます。


※天職というのは12歳を過ぎた者がアイエスの審判システムと呼ばれる神にも等しい神代のアーティファクトから与えられ、その才能が一番活きる職業なのですが、これに拘る必要はなく人々は自由気ままな職業に就いています。


 現在、名もない村に居る成人した若者はたった3人であり、その一人は歳をとった母の面倒をみる為に村に残った木こりで大工で有る巨漢の心優しい男であるオルソン、そして先祖代々村の食を支える腕の良い猟師のパスカル、エルト小国の中心部辺りに有る食の都であるグラントの街の傭兵ギルドに所属しており、たまたま里帰りしていた熟練の傭兵の分隊長であるジルの3人が居ました。


 寂れた寒村といった様子の名もない村では聖光教会の元司祭候補のアニスが建てた粗末な孤児院に住む孤児達とアリシアが年寄り達とそれなりに楽しく生活をしています。


 聖光教会とは東の空に浮かぶ銀の月を象徴する古の光の女神であるリージアと双子の癒やしの神リーシアを奉じる教えを信仰し、清貧を美徳とするリアナ大陸東部の一宗教であり、あまり広くの国々では布教されていません。


 アニス院長も元々が敬虔な聖光教会のシスターであり、司祭になる修行の為、大陸の比較的大きな修道院から名もない村に流れて来た経緯が有ります。


 そんな寒村の娯楽と言えば専ら年寄りの武勇伝や昔話であり、長い日々の間に数度食べる事ができた贅沢な食事の話で有ったりであり、今日もアリシアは以前から身を寄せている聖光教会の孤児院の子供達に巨体のホーンラビットの肉をおねだりされ、南西の森でホーンラビットを狩りに行く予定でした。


「おはよう!」

「おはよー!」


 アリシアは孤児仲間だった少女と元気に挨拶を交わします。


「おはよー!アーちゃん、木こりのオルソンさん家のエルさんがお願いが有るって~!」

「分かったよー!」


 村に一人の木こりで家具職人のオルソンには五十を過ぎたばかりの年老いた母親がおり、長年腰痛を患っているので、心優しい巨漢のオルソンは都会への憧れなどは早くの段階で捨て去り、大事な母親の近くで生活をする道を選びました。


 ちなみにこの地方の人々の平均寿命は六十歳程です。


 村で只一人の薬師であり、怪我の応急処置が出来るアリシアも村人達から頼りにされ、オルソンの母親のエルさんもアリシアを頼りにしている一人でした。


 今日もアリシアは孤児仲間に話を聞いてカバンに入れた薬を確認します。


 ちなみにアリシアは魔物の棲む森以外での魔法全般の扱いを師匠から禁止されており、普段は必要に応じて大きな手製カバンに魔物の棲む森で手に入れた薬草などを入れ、それを担いで村をあちらこちらへと移動していました。


「うーん、また腰痛かなぁ。よし、湿布を用意しよう!」

「アーちゃん、頑張ってねー!」

「ふふふ、エルさんは甘芋の干し芋をご褒美にくれるから頑張りますよー!」

「あー、エルさんの干し芋、私も欲しいなー!」

「あげません! あれは数少ない甘味なのですから! ちゃんと働けば分けてくれるんですから、畑仕事の手伝いをしましょうね!」

「アーちゃんのケチー!」


 名もない小さな村では皆が家族のような親しい隣人ですので、道を歩けば誰かが声を掛け、アリシアも元気に返事を返していきます。


「うんうん、今日のお昼は南西の魔物の森でのホーンラビット狩りも有るから頑張らないとね!」

「アーちゃん、ホーンラビットのお肉のお土産よろしく~♪」


 名もない小さな村の孤児達も実に逞しい性格をしているので、エルさんの干し芋の話はなんのその、アリシアへのホーンラビットのおねだりは忘れないのでした。


「はいはい、任されましたよー! 期待しててくださいねー! アニス院長によろしく!」

「アーちゃん、無理はしないでね? またマッドベアとかと戦っちゃダメだよ?」

「あー、はい、分かってマスヨー!」


 アリシアは小さな村の中でも東の魔物の棲む森以外に南西の魔物の森に狩りにいく唯一の人間でした。


 ホーンラビットは石級下位にあたるモンスターであり、南西の魔物の森の浅い場所に無数に生息していて、一般の訓練を受けた兵士がやっと勝てる相手であり、ホーンラビットはジャイアントラットよりも強く大きく、その肉はプラナが豊富でとても美味しく、その角は工芸品の原料となるのです。


 基本的に大気中に溶けたマナを大量に摂取したホーンラビットなどのモンスターは普通の家畜よりも数段美味しく、それに見合った巨大さや狂暴さであり捕獲が難しいといえました。


 一般人的なモンスターの捕獲はあくまでも中型犬並みのビッグラットや猪クラスの大きさのジャイアントラットなどの低級の魔物に限られており、それも単体に限られているのです。


 アリシアが朝の日課として数刻前に闘ってあっさりと勝利したマッドベアなどは銅級と呼ばれる恐るべき強さであり、ベテランの兵士が数十人単位で戦うモンスターであるので、一人だけで戦うのは無謀かつ、やりすぎであり、以前にも一人で狩った際に村人にマッドベアの肉を振る舞うと、アニス院長に盛大に叱られたのはアリシアの苦い思い出でした。


 それでも毎朝のように魔物の棲む森に入ってはマッドベアやジャイアントラット等を狩っては加工してアイテムボックスに大量に確保して自宅で楽しんでいるのですが。







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